世界を白く染める、光。  そして暗転。  気づけばトゥリフィリは、地に伏して倒れていた。自分でも、なにが起こったのかわからない。流血の痛みと共に、頭上に肌を灼く苛烈な輝きが浮いていた。  七色の光を帯びて、金色に輝くそれは、竜。  倒したかと思われた真竜フォーマルハウト、その心なる姿だった。 「家畜ドモ……今コソ収奪ノ時。コノ神体ヲソノ目ニ焼キ付ケヨ」  身体が動かない。  全身がまるで、冷たく氷になったよう。  それでもトゥリフィリは、必死で顔をあげた。  見上げるフォーマルハウトを中心に、真っ赤な花が広がってゆく。フロワロだ。しかも、その花びらが徐々にドス黒く染まってゆく。  もう、アダヒメの歌が聴こえない。  耳をすませばすますほどに、細く弱く消えてゆく。 「う、歌が……キリちゃん、ナガミツちゃんも、みんな……」  必死に身を起こして、立ち上がろうと四肢に力を入れる。  だが、膝がガクガクと笑って、全く力が入らなかった。  それでも周囲を見渡せば、すぐ前にナガミツとキリコが倒れている。バチバチと青いプラズマをショートさせながら、ナガミツは焦げた臭いと共にフロワロに包まれてゆく。  キリコも血溜まりの中で、さらなる紅い花に飲み込まれていった。 「クハ、クハハハハ! ヨモヤ歌モ絶エ、生命ハ我ガ内ヘト還ル」 「ま、まだ……まだっ! 動いて、ぼくの身体……立って、立ち上がって、戦わなきゃ!」 「愚カ、愚カ、愚ノ骨頂! 歌デ世界ガ救エルモノカ! 我、狩ル者ヲモ超克セリ!」 「だ、まれ……ぼくは、ぼくたちは、まだ……」  そして気付く。  あの瞬間、フォーマルハウトを倒したと思った瞬間に油断があったと。  その刹那、ナガミツとキリコが前に出て、自分を庇ってくれたのだ。  二人の気配が急激に小さく遠ざかってゆく。  トゥリフィリも、意識が朦朧として視界がぼやけた。  そんな彼女を睥睨し、神体フォーマルハウトが頭上に光を広げる。その中に、東京スカイタワーの頂上が映り込んだ。  キジトラが倒れていた。  右腕のもげたリコリスももう、動けない。  そして、血を吐きながらもアダヒメも膝をついていた。 「見ヨ、家畜ドモ! オトナシク、ニエトナレ! ――!?」  空気が震えた。  その振動が旋律に乗って、言の葉を紡ぐ。  それはまるで、楽器が歌うような声。  神体フォーマルハウトは、その小さな歌声に初めて動揺を見せた。  そして、頭上の映像がきりかわる。  今にも黒いフロワロに飲み込まれそうな国会議事堂……その屋根に、歌姫はいた。  響き渡る声の主は、初音ミク。  彼女の歌が、辛うじて黒いフロワロの侵食を食い止めているのだった。  だが、様子がおかしい。 「クハ、クハハハハ! 演奏人形風情ガ、足掻キオル!」  ミクは国会議事堂を守って歌っていた。  先程のアダヒメの歌だ。  だが、あれは恐らく異能の血と、滅竜の輪廻と呼ばれる呪いが絞り出す力……それをただの人型シンセサイザーが奏でれば、それだけで限界を超えた負荷がふりかかる。  無数の放電にまみれて、ひび割れながらもミクは歌う。  そして、その声が奇跡を呼んだ。  突然、聞き覚えのある声が走る。  露骨に狼狽え、神体フォーマルハウトが映像を戻した。  東京スカイタワーの屋上に今、一人の小さな影が叫んでいた。 「歌じゃ世界は救えないっ! それでも、歌で救える人がいるっ!」  アヤメだ。  彼女は今、吹きさらしの空に向かって叫んでいた。  脚が震えている。  声が上ずっている。  今にも泣きそうな顔で、それでも彼女は上を、前を向いていた。  そんな彼女の背後に、寄り添うようにメロディが始まる。  消えゆくミクの歌を引き継ぐように、初めての旋律が広がってゆく。  そこには、キーボードを奏でるノリトの姿があった。 「フッ、これは神をも屠る葬送曲……私のっ! いいやっ、俺のぉ!」 「わたしたちのっ、歌を! きっっっっっけえええええええええええっ!」  再び、歌が広がる。  トゥリフィリをも包み込もうとしていたフロワロの、その漆黒の色が抜けてゆく。  それだけじゃない。  ありえないことが起こっていた。 「なに……アダヒメちゃんの歌、じゃない……けど、フロワロが」  アヤメの歌が、広がってゆく。  キーボードを奏でつつ、ノリトがその声を世界に広げる。  あらゆるネットワークを通じて、地球に歌が満ちた。  歌は、光。  歌は、命。  そして今、歌は奇跡となってたゆたう。 「バ、馬鹿ナ……コノ歌ハ! 憎シミモ恨ミモ、敵意サエナイ……アリエナイ! 我ガ神意ニ逆ラウ心サエ感ジナイ。コレハ……タダノ、歌!」  そう、ただの流行歌だ。  アヤメが歌っているのは、以前からノリトやミクが作っていた、避難民のための歌。そこには、ただのメロディーしかない。希望も勇気も、未来も明日も、あらゆる全てを内包した果ての素朴な歌だ。  だが、テンポがあがりアヤメの声が高らかに伸びやかに響く。  既にもう、フロワロは七色に輝き毒を忘れて広がっていた。 「フロワロガ……我ガ権威ノ竜花ガ! アリエヌ、コンナコトハアリエヌ!」  それはもう、フロワロではなかった。  様々な色に彩られて、花々は広がってゆく。  そこにもう、込み上げる瘴気の重さはなかった。  アダヒメの歌が黒きフロワロを駆逐する運命の歌ならば……アヤメの歌は、命を言祝ぐ明日への讃歌。ただただ歌でしかない、極めて純度の高い願いと祈りが羽撃き舞い散る。  そして、気付けばミクの声が重なり連なる。  いよいよ強く歌が響けば、ゆらりと立ち上がる影が二つ。 「いい歌じゃねえか……待ってたぜ、アヤメ」 「アダ、待ってて。すぐ片付けて、迎えにいくから」  ナガミツとキリコが立ち上がった。  だが、ナガミツの左腕は捻れ折れているし、キリコの太刀も刃が砕け散っていた。  それでも、よろけながらも二人は笑う。  そう、その表情には諦めを知らぬ笑みが浮かんでいた。 「ナニガオカシイ! 家畜ドモ! 我ガ神体ヲ前ニ、ナニヲ笑ウ!」 「へっ、笑えてたまんねえよ……それがお前の正体か。ふ、ははっ!」 「ふふ、そんなに笑っちゃ悪いよ、ナガミツ。教えてあげようよ」 「ああ! 神だかなんだか知らねえがな、フォーマルハウト! この斬竜刀を前に、手前ぇはただの竜だ! それで打ち止めってんなら、たたっ斬ってやる!」  花園での最終決戦。  アヤメの歌がクライマックスへと高まってゆく。  気付けば二人に引っ張られるように、トゥリフィリも立ち上がっていたのだった。