目が覚めると、トゥリフィリは国会議事堂で長椅子に身を横たえていた。  ぬくもりと柔らかさは、膝枕だ。 「あ、アオイちゃ――ん、マリナさん」  優しく微笑む少女の表情に、後輩の面影が重なる。  だが、今の彼女はアトランティスの女王。一万年と二千年前から蘇りし、真竜討伐の切り札だったのだ。  そして、彼女のもたらした竜殺剣は、トゥリフィリたち人類に勝利をもたらした。 「目が覚めましたか、フィー?」 「は、はい。えっと、ぼくはあのあと」 「真竜フォーマルハウトは消滅し、その神域は消滅しました。13班のメンバーはみんな彼らが救出してくれたんですよ?」  マリナの視線を目で追えば、見慣れた顔がテキパキと仕事をこなしている。  ナガミツそっくりなその少年は、A級能力者のオサフネだった。彼はフミオやカルナに指示を飛ばしつつ、比較的無事な13班の面々と走り回っている。  彼らがいなければ、神域の崩壊に巻き込まれていただろう。  あの危険な迷宮は、S級能力者でも踏破は難しい。  A級能力者がたった三人でと思うと、頭が下がる思いだった。  そして自然と、行き交う人混みの中に一人の少年を探す。  普段と変わらぬ声が響いたのは、そんな時だった。 「ギャハハハハ! なんだナガミツ、そのザマは! ロボット三等兵か!」 「うるせぇキジトラ! みんな忙しいから、応急処置なんだよこれは!」 「昔、ネットで流行ったあれだな、あれ……そう、先行者! 中国ロボ!」 「しょうがないだろ、俺だけ特別扱いされてもアレだし。……お?」  こちらに気付いたナガミツが、ガシャガシャと駆けてくる。その手足は半分が、取ってつけたようなパイプフレームになっていた。  トゥリフィリも昔、21エモンという漫画であんなロボットを見た気がした。  ともあれ、ナガミツが無事で思わず起き上がって立とうとする。  だが、脚に力が入らず、その場に崩れ落ちそうになって抱き留められた。 「っとっとっと、大丈夫か? フィー」 「あはは、ちょっとまだ身体が」 「でも、生きてる。フィーが無事でよかった」 「ナガミツちゃん」  正直、お互い無事とは言えないほどに満身創痍だ。笑って見守るキジトラも、全身包帯だらけである。この場にいない者たちもいて、皆が手当てを受けているのだろう。  そう思っていると、白衣姿のフレッサが現れた。  彼女も疲労困憊で、いつもの美貌が翳って見える。  それでもフレッサは、必死に仕事をこなしていた。 「誰か、緊急輸血をお願い! キリちゃんの血が足りないの!」  トゥリフィリも瞬時に、血戦のおびただしい紅色を思い出す。あれだけの出血だ、並みの人間なら既に死んでいてもおかしくない。  キリコは自分の血に眠る奇跡を発現させた。  原初の斬竜刀、その名は天羽々斬……神代の刃。  その力は、真竜を貫通して異空間さえ切り裂く。  だが、その代償として今、羽々斬の巫女は静かに燃え尽きようとしていた。 「カカカッ! 俺様に任せろ! ……あいつ、血液型は?」 「そこらへん拘ってられる状況じゃないのよ。キジトラ君もみんなも、お願いできる?」 「委細承知! 他の連中にも声をかけてくる!」  少しふらつきながらも、キジトラが走り出す。  だが、そんな彼を呼び止める声があった。 「無駄よ、13班の忍者君?」 「む、あんたは……もう皇居の方はいいのか?」 「あなたたちのおかげでね。真竜フォーマルハウトの討伐、確かに見せてもらったわ」  いつのまにか、和装の貴人が目の前に立っていた。  キリコの母、先代の巫女であるタチだ。  彼女の言葉に、立ち上がったマリナが声をあげる。 「無駄なんかじゃ、ない。あの子は助かる……わたしたちで、助けるよ!」 「そう簡単な話じゃないのですよ、女王陛下」  タチは一瞬、憂いに表情を曇らせる。だが、すぐにいつもの毅然とした態度を取り戻した。そんな彼女から、意外な真実が告げられる。 「羽々斬の巫女は純潔こそが力の源。だから、例えば私なんかはもう既にただのS級能力者……巫女の力はないのよ。そして」  天ノ羽々宮と呼ばれる血族の血でしか、キリコは救えない。普通の人間の血を、巫女としての肉体、その神性が受け付けないのだという。 「と、いう訳で……私が数十リットルほど抜いてきてもらうわ。気持ちだけいただくわね、忍者君。女王陛下にも感謝を」  真っ先にナガミツが身を乗り出して叫ぶ。  その身体を支えつつ、互いに身を寄せ合ってトゥリフィリも叫んだ。 「おタチさんっ! そんなことしたら、こんどはあなたが」 「なに考えてんだ、手前ぇ! そんなことしてキリが喜ぶものかよ!」  だが、タチは微笑み首を横に振るだけだった。  彼女なりに母親としての矜持もあるだろうし、日ノ本を守る巫女としての責任もあるのだろう。そんな彼女に異を唱える声が響き渡る。  誰もが振り返る先に、一人のルシェが立っていた。 「義母様、それはなりませんっ! 義母様だけそんな危ない真似は」  アダヒメだ。  彼女もまた、地ノ湯津瀬と呼ばれる古の血を持つ女性だ。  今は失われし、太古の力、超常にして異能なる力。  その血を持つ者ならば、あるいは。  それに、アダヒメの覚悟はタチのそれを遥かに凌駕していた。 「義母様、次の巫女はわたしが生みます! キリ様はもう、戦わなくても……だから」 「湯津瀬の長アダヒメ。あの子に残された時間は少ないわ。それでも」 「生みますっ! それに、もう羽々斬の巫女が一人で戦う時代は終わったのです!」  その時だった。  混みあう廊下で避難民たちが不安そうに見守る中、いつもの仲間たちが押し寄せてくる。 「おっ、シロツメクサちゃん、おはよ。んで? キリ坊の血が足りないって聞いたよん?」 「わっ、わたしの血でよければ! もうわたしは歌えたから……歌うだけじゃないから!」 「エリヤも輸血するー! わたしなら、ほぼ全部抜いちゃってもだいじょーぶっ!」  そっとアダヒメが、皆を見渡し、タチへ手を伸べる。  タチもまた「かなわないわね」と苦笑しその手を取った。  フレッサの処置ですぐに、タチとアダヒメの血が使われることになるのだった。  二人を医務室へと見送り、トゥリフィリは改めてナガミツを見上げる。彼の胸の中で今、互いが生きてることが実感できた。 「キリちゃん、大丈夫だよね?」 「殺して死ぬようなタマかよ、あいつが。死なねえよ、斬竜刀は、俺たちはさ」  集まった仲間たちも、それぞれ傷付き疲れながらも再び仕事へと散っていった。マリナも医務室に向かうので、あとを追おうとしたその時……ガチャン! と輪っかのほうな手で掴まれた。  振り向くと、ナガミツがもう片方の手でトゥリフィリを抱き寄せてくる。  ひっきりなしに人が行き来する廊下のド真ん中で、二人だけの時間が一瞬繋がる。 「わ、悪ぃ。でも、いいか? もう少し……俺の隣を一緒に歩いてほしい」 「ずっと一緒に、じゃないんだ?」 「……ゴメン。やっぱり俺は斬竜刀だから。キリのやつが血を紡いで未来を守り続ける、そんな明日に少しは付き合ってやりたい。だから、今だけは」  今だけしか一緒にいられない、そんな予感をトゥリフィリは微かに感じていた。いつもずっと一緒だったから……それが限られた時間なんだとわかっていた。  だから、その先は言わせない。  謝ろうとするナガミツの唇を唇で塞ぐ。  やっぱりいつも通り、不器用なナガミツのキスは下手で、とても柔らかくて温かかった。