真竜フォーマルハウト、浄滅。  地球が滅亡の危機を脱して、既に五年が経過していた。  その間、トゥリフィリたちムラクモ13班は忙しく過ごしていた。一部の戦闘不能者を除いて、全員での大規模な掃討戦が始まったのだ。  あっという間に最初の三年が過ぎた。  トゥリフィリたちはアフリカの大地で、アラスカの氷原で、廃都と化したパリでと、竜と魔物を狩っていった。フロワロの花を蹴散らし、生存者たちを救っていったのだ。  そして、次の二年を穏やかに暮らして今、再びここに集まった。  西暦2026年、春……桜の花が舞う中、東京は見事な復興を遂げていた。 「よぉ、キジトラ!」 「おう、貴様か。元気なようだな」  各地に散らばり転戦していた者も、休養していた者も、13班が全員大集合だ。  ずっとトゥリフィリと一緒だったナガミツは、キジトラと再会するや互いに拳をコツン! とぶつけ合う。他にも懐かしい面々もいて、トゥリフィリもアヤメやゆずりはと挨拶を交わす。  かつてムラクモ機関があった国会議事堂も今は国府としての機能を取り戻していた。  トゥリフィリたちが今いるのは、夕暮れ時の上野公園である。  周囲の花見客は、既に竜災害など忘れたかのように歌い踊って宴を連ねていた。 「フィー! フィーではありませんか! 元気そうでなによりです!」 「あ! アダヒメちゃん。そっちも元気そうで、っぷ、ぐぐぐ!」  突然、和服姿の長身が飛び込んできた。  アダヒメとの再会は、突然の抱擁。ふくよかな胸に顔をうずめて、息が切れそうになりながらもトゥリフィリは抱き返した。  彼女やキリコ、アゼルといった戦線離脱メンバーとは五年ぶりである。  アダヒメの隣にはマリナもいて、二度目の抱擁はより強くぎゅーっとトゥリフィリを抱きしめてくれた。こうしてみると、あの日の決戦が昨日のことのようである。  他にも、次々と懐かしい面々が集まってくる。 「ああそこ、足元に気をつけてください、ミクさん。どうぞ、お手を」 「ありがとう、ノリト」 「……あの姉さんが、なんて笑顔……それは、ふふ、私もか。奇妙なこともあるものだ」  ノリトに手を引かれて、初音ミクが来た。勿論リコリスも一緒だ。  あの日、彼女たちの歌がなければ世界は終焉を迎えていた。  アダヒメやミク、なによりもアヤメの歌が地球を救ったのだ。その歌は星に満ちてたゆたい、あのリコリスまでも歌わせてしまったのである。 「おぉい、シロツメクサちゃん。みんなも、こっちだよぉ。だーれかなあ、オジサンに場所取りさせたのはさーあ?」  向こうでは茣蓙の上に座って、カジカが手を振っている。キリノやナビたちも一緒で、顔馴染みの元職員も大勢いる。皆、笑顔で今日この日を迎えていた。  トゥリフィリは、どつきあいながら歩くナガミツとキジトラの背を追う。  そして、異様な光景に目を疑った。 「ほら、危ないからばぁばと手を繋ぎましょうねえ。なんでも買ってあげますからね」 「……アダヒメちゃん、あれ、誰? ってか、何?」 「わたしのお姑様の、おタチ御前様ですわ」 「あの子供たちは?」 「わたしが産みました!」 「……は?」  そうそう、そうだったと思い出す。  アダヒメは正式にキリコと結婚し、家族が増えたのだ。  それにしても、当初から心配していた嫁姑問題だが……孫は最高の緩衝材ということだろうか? 豹変して人が変わってしまったタチを見ながら、トゥリフィリは目を白黒させるばかりである。  ここにはもう、二つのS級能力を持つ過去最強の羽々宮の女、皇居の守護神はいない。  二人の孫を連れて、とても楽しそうに微笑む妙齢の女性は、時を経て何故か前より若々しく見えた。 「みんなで仲良く暮らしてるんです。もうすぐキリ様も来ますから」 「……あの、おタチさん、が……い、いやあ、時の流れって凄いね」 「そうなんです、フィー! それに、わたしが色々わからせましたので!」 「は? わから、せた?」  アダヒメはとんでもない真実を明かした。  もともと羽々斬の巫女は、その純潔こそが力の源だ。故に、子をなせば自然と力を失うし、純潔を奪われれば戦えないのだ。むしろ、引退して子をなしてもS級能力を二つも保持し続けたタチ、先々代の巫女が異常なのである。  彼女は巫女として生き、次の巫女を生むために次々と一族の指名した男と寝たのだ。 「でも、お義母様は子作りはしたことがあっても、女の悦びを知らなかったんです!」 「ちょ、ちょっと! アダヒメちゃん、言い方、言い方っ!」 「今では家族三代、仲良く暮らして……あっ、キリ様! こっちです、キリ様! おキクちゃんもエリヤちゃんも、こっちです!」  ぴょんと跳ねてアダヒメが手を振る。  そしてトゥリフィリは再会した。  神話の古代より日ノ本を守りし、禍祓の一族……羽々斬の巫女だったキリコと。過去形で今は語れるのは、彼女の腕に小さな小さな乳飲み子が抱かれているから。 「うわーっ! キジにい! ミツにいも! 久しぶりすぎるよおおおおおお!」 「Hey! ナガミツ! キジトラも! 久しぶりデース」 「うおお、じゃれつくな、抱き着くなっ! ククク、大型犬コンビも元気そうだな!」 「どう! どうどう! ……それと、お前……キリコ、だよな? その赤ん坊は」  エリヤとガーベラにもみくちゃにされつつ、それとなく二人を引き受けキジトラがナガミツを押し出した。トゥリフィリもアダヒメに促されて、キリコの前に出る。 「久しぶり、トゥリねえ。ナガミツも。一緒に戦えなくてごめんね」 「気にしないで、キリちゃん。……もう、キリちゃんだって身体が。でも、この子が?」 「へーっ、このチンチクリンが次代の巫女か。……安心しな、キリ。この子が戦わなくていい未来、きっちり作っておいたぜ? あ? なんだよ、抱いてみろって?」  その小さな女の子が、次の羽々斬の巫女だという。アダヒメが産んだ子は二人とも男児だったが、キリコが産んだのは女児だったのだ。  出産の痛みに物理的に男性は耐えられないという話を、実際味わって死ぬところだったとキリコは小さく笑う。その腕から赤子を託され、あの斬竜刀ナガミツが狼狽えていた。 「ちょ、ちょと待て、えーと……温かくて、やわらけえな。あっ、な、泣き出しちまった! おいキリ! フィーも! どうすんだこれ、おい、助けてくれよ! 斬竜刀なんだぞ、お前。次の時代の。永遠に鞘の中でもな。だから、泣くなよおい」  赤子は火が付いたように泣き出し、慌ててトゥリフィリがあとを引き継ぐ。自分もこの五年で少し成長したらしく、成人した女性のぬくもりは母性となって赤子を落ち着かせた。  ナガミツとキリコ、エリヤやガーベラといった連中だけが、一同の中で全く当時から姿が変わらなかった。向こうではカグラが酒と料理を用意し、他の仲間たちも続々集まってくる。  そんな中、赤子を抱いてあやしながらトゥリフィリはナガミツに寄り添う。  ナガミツも自然と、トゥリフィリの肩を抱き寄せていた。 「ね、ナガミツちゃん。なんか、変な感じだね。ふふ……見て、寝ちゃった」 「フィーの胸の中が気持ちいいんだろう。これが赤子……俺ぁもう、参ったのなんのって」  フレッサたちも合流し、いよいよ全員集合となった。  そんな中、車椅子を押して最後にシイナがやってくる。 「ついたよ、アゼル君。やっほー、みんな元気? 南米のケツアルナンタラって竜を倒した時以来だねー?」  もう既に、車椅子のアゼルは髪が真っ白になっていた。喋るのも苦しいのか、そっと右手を小さく上げて一同を見渡す。すぐにフレッサが寄り添い、どうにか彼は喋り出した。 「待って、いたよ……ナガミツ。考え、直さないかい? ……愚問だったね、行くん、だね?」  花見の雰囲気が瞬時に凍り付き、同時に皆が深刻な表情になる。  トゥリフィリも過去五年、何度も心の中で反芻してきた問だ。  そして、トゥリフィリだからこそわかる……アゼルやこの場の全員以上に感じていた。  今日が旅立ち、別れの日。  次なる竜災害に備えて、それぞれがここから己の旅を始めるのだ。 「……わりーな、じいさん。俺は行くぜ」 「後継機の量産を待って、その使命を託すという、手段も、ゲホゲホッ! ……あるん、だよ?」 「カネサダやカネミツもそうだし、俺の弟たちにはまだこの世で仕事がある。俺ももう、型落ちの旧式になっからな……なら、未来へ跳ぶのは俺が適任だろう」 「そう、かい。なら、道は……ゲートは、僕が開く。それまで、少し……飲もう、か」  最後の宴が始まった。  皆、心から笑って平和を甘受し、この五年の思い出、なによりも2020年からの竜災害の記憶を共有し合った。  そしてそれが、ナガミツとトゥリフィリの最後の安らかな日になったのだった。