その事象の名は、幻影首都東京。  古来より、日ノ本の最古の末裔、まっとき皇家や将軍職の者たちが使う最後の砦である。  密教の秘術と陰陽道、ありとあらゆる呪術で守られた、それは神域。  真竜が生み出す奇跡の空間に等しい力を持ち、ここでは次元も時間も意味をなさない。  そういう日ノ本の最後の神秘に、アゼルは仲間たちのために門を切り開いた。 「ん? なんだナガミツ、貴様……ガチャでも引いてきたのか?」 「それがなあ、キジトラ。シイナが持ってけって……クソデカいルビーに見えるがこれは」 「クク、ク、クハハハ! であれば持って行け! 冥途の土産ならぬ未来への土産だな」 「ま、そういうもんか。……アゼルのじいさんは」 「もう長くはない。だが、だが、奴の想いは本物だった。あと、スケベ根性もな」 「後半についてはおおいに同意だぜ。まあ、今頃はシイナと、なあ」  一緒に歩くトゥリフィリは、まあそうだろうなあと納得していた。既に戦いは終わり、竜災害は排除された。ただ、そのために祓われた犠牲は今になって、平和な世を彼氏彼女から奪ってゆく。  それでも笑顔で差し出し運命を受け入れる、そんな仲間が誇らしかった。  それはそれとして、幻影首都東京の旅路は厳しい。  マモノも竜も強いし、刻の止まった空間では外界との誤差も気になった。  だが、ナガミツの強い希望でこの異次元をトゥリフィリは進む。  もう既に、栄光のムラクモ13班でも戦える者は限られていた。 「よぉ、なんか……フィー、あのな。さっきあの竜を倒したらこれが」 「クハハハハ! これは素人目にもわかるぞ、名刀であるな!」 「すげえ刀っていうか、神剣? さっき拾ったんだけどよ。でも、でもなあ」 「とりあえず羽々宮のばあさんに預けとけ! オレたちの手に余る業物だ」  今日も一緒のナガミツとキジトラは、互いに友をド突き合いつつ笑っている。  そんな二人を見るといつも、かなわないなあとトゥリフィリは思うのだ。  同時に、この二人がいてくれてよかった、ここの絆に奇妙な愛おしささえ感じてしまうのだった。  そして三人は、長い長い螺旋階段の果てに辿り着く。  幻影首都盗用に封印されし、人類の最終兵器が眠る場所に。 「13班……フィー、ナガミツ、そしてキジトラ。よくきてくれました」  静かに響く通りのよい声は、アイテルだ。  彼女が立つすぐそばに、玉座にも似た御座がある。  そこからユックリ立ち上がる男は、トゥリフィリたちを一瞥して溜息を零した。 「やっぱり来たか、来ちまったか……久しぶりだな、フィー。みんなも」  男の名はタケハヤ……かつてそういう名の人間だった存在だ。今は違う、違ってしまった…七匹の帝竜の因子、ドラゴンクロニクルを我が身に招いて、彼は人を超えた。人ではいられなくなったのだ。  皆は彼をこう呼ぶ……人類戦士タケハヤと。  敵としても味方としても危険すぎる彼は、この幻影首都東京に半ば封印された状況で生きているのだ。  そのタケハヤが、玉座から立つなりナガミツを睨む。  憎しみや恨みはないのに、とても冷たく痺れるようなまなざしだった。 「以前からアイテルに聞いてたぜ……お前、この幻影首都東京で未来まで眠りたいんだってなあ? ええ?」 「……ああ、そうだ。俺は最後まで、斬竜刀として生きていたい。機械風情がって、笑えるかもな……でも、いつどこでどんな竜が襲ってきても、俺は人々を守りたい」  その言葉に、トゥリフィリは奥歯を噛んだ。  ギリギリと、歯と歯が熱をあげる摩擦に耐えた。  そして、抱いていた確信の答え合わせに納得してしまう。納得できてしまう。この男は……斬竜刀として建造された人型戦闘機のナガミツは、最後までそうあろうと望むだろうと。  愛し愛されても、地球の全生命を秤にかければトゥリフィリは軽かった。  でも、軽くとも、人が見れば計測無用な軽さに見えても、トゥリフィリはしっかりその気持ちを身に刻んでいた。今こそ別れの刻……だが、互いの思いは交わり一つになって、遠い未来に芽吹くとわかっていた。 「タケハヤさん、ぼくのお願いです……ナガミツちゃんを」 「おいおい、フィー! それ、本気で言ってんのかよ」 「本気も本気、超本気です! いつかまた、真竜が襲ってきたら……そう思うナガミツちゃんの気持ちを! 想いを! 覚悟を、決意をぼくは」 「全然納得できてねえよなあ? その声、その涙……俺にはわかんだよ」  気付けばトゥリフィリは泣いていた。  何度も話し合ったし、気持ちを通わせてきた、肌を重ねて鼓動も呼吸も委ねる中で……ナガミツがなにを希望しているかを知った。そのことに、自分で応援すると決めたのだ。  遠い未来、再び真竜は地球を襲うかもしれない。  その時、斬竜刀と呼ばれる人類戦士は絶体に必要だ。  そのことをナガミツ自ら語り、タケハヤに歩み寄る。 「キリコの娘が次代のキリコだ。そうしてあいつは、血を残して巫女を存続させる」 「それな、それ……なあ、俺は竜の因子で竜を殺す最強の戦士、人類戦士だけどよ」 「ああ」 「俺が一人で頑張ってれば、お前たちはそこまで苦しまなくていいんじゃねえか? ってな」  タケハヤがニコリと笑う。  その姿はもう、人間にはありえない翼と尾があって、全身を甲殻と鱗が覆っている。竜を殺すために、竜の全てを飲みこんだ男……ドラゴンクロニクルによって人知を超えた力を得て、人類戦士となった男の言葉だった。  そこに、静かに黙っていたアイテルの声が響く。 「あなたはいつも、素直ではないですね……タケハヤ」 「あ? いや、どういう意味だよ。俺がお前を、なんか、騙した? それってないだろ」 「そうです、タケハヤ。私に常に優しく、深い愛を注いで想ってくれました。でも」  アイテルの頬を涙が濡らす。  それが、この場の者たちの最終回答だった。  キジトラがやれやれち髪をバリボリ?きむしりながら笑う。 「カカッカ! つまりはそういうことよ! ナガミツ、これをやる! 受け取れぃ!」 「え、あ、おい……これ、お前が愛用の」 「何の変哲もないサバイバルナイフ、幼少期にホームセンターで買ったものだ! しかし、よく切れる、あらゆる全てを引き裂く。いいから持っていけ、親友への手向けだ」  無理矢理にナイフをナガミツに渡して、キジトラは笑った。呆気に撮られていたナガミツもまた、笑顔になった。  そして、別れの時が訪れる。  トゥリフィリにはわかっていた。  この時この時間、この瞬間が訪れるのを。  気持ちを通わせ肌を重ねて行き交う体温が全てを教えてくれた。自我、人格、自尊心……そうしたものが全て、タケハヤには通じる気がした。 「かーっ! フィーがそう言うならなあ。あと、そっちのキジトラ君。おめーとは戦いたくねえよ。知らねえかもしれないけど、お前ぇは世界の救世主の一人だからよう」  トゥリフィリには訳がわからなかった。  ただ、アダヒメが自分に語った滅竜の輪廻を思い出す。  終ることなき、宇宙の支配者たる真竜たちの宇宙侵略…その中で今、トゥリフィリの愛した男が未来へと眠る。もしもの未来、もしかしたらの明日のために眠るのだ。 「まあ、そういう訳だからよ。じゃあな、フィー」 「……うん」 「分かってたぜ。分かってもらえてた……だから、俺は征くよ」 「うん、わかってる……ここでお別れだから、ぼくは言うね?」   その場の誰もが息を飲んだ。  愛し愛される男女の間では、決してあり得ない言葉だったからだった。  でも、その一言をトゥリフィリが発した時、誰もが理解した。キジトラは勿論、タケハヤやアルテイにもその気持ちは伝わった。 「ナガミツちゃん……未来のその先、最果てで待ってる」 「……ああ」 「だから、未来を、明日をよろしくね。ぼく、待ってるから」 「ああ。フィー、お前が俺の戦う理由なんだ。お前のために俺は明日を……未来を、守る」  最後に抱き合って、そうして二人は別れた。  その後、西暦時代の人類史が竜の襲撃を記録したことはなかった。  極東の島国日本で、勇敢にたたかった少年少女たちのことも、悠久の刻に埋もれて消えてゆくのだった。