朝日がカーテンの隙間を埋める朝。  小鳥のさえずりにナガミツは目を覚ました。覚醒したようででも、頭がぼんやりとして思考が働かない。身体もまだまだ眠りを求めているようにも感じた。  そうして再びまぶたを閉じた瞬間だった。  ドスン! となにかが馬乗りに落ちてきた。  見れば、腕組み一人の女声がフフンと笑っていた。 「おはよ、ナガミツちゃん。起きた? 因みにぼくは燃えるゴミを出して、朝食を作りました!」  差し込む朝の光で、顔は見えない。  でも、その表情はドヤ顔で優しく微笑んでいた。  だからつい、身を起こしてそっと唇を寄せる。  昨夜を思い出せるような、一瞬のくちづけ。  だが、やっぱり彼女は無邪気に笑う。 「もー、相変わらず下手だなあ、キス。こーする、のっ!」  逆にキスされ、ついつい抱きしめたくなった。  けど、その人はするりとナガミツの両手をすり抜ける。  軽快にベッドから飛び降りると、ドアの外で振り返った。 「今日はふわとろオムレツにベーコン、ざっくり雑に刻んだ残り物サラダだよ。あと、歯ブラシ新品に取り替えといたからね、ほらほらさっさと起きた! っと、コンロのポットが」  軽やかに涼やかに、その人は去っていった。  逆光で見えない中、まるで朝日に溶けてゆくようだった。  眩しくて、本当に真っ白で、なにも見えなくなる。  だが、なくならないと感じていた。  なくさないと誓って、ナガミツはようやく本来の自分を取り戻す。 「……アイテル、すまん。もういい、ありがとな」  瞬間、周囲の景色が一変する。  まるでテクスチャが剥がれるように、偽りの平穏が割れて消えた。  そこには殺風景な風景が広がっている。  時間の止まった事象、幻影都市東京だ。  その中心に位置する建物の片隅で、ナガミツは立ち上がる。  すぐ枕元に、蒼い髪の少女が立っていた。 「おはよう、ナガミツ。今、タケハヤを呼んでくるわ」 「おう、頼むわ。さて、荷物はと」 「……余計な、お世話だった?」  どこか儚げにその少女は問うてくる。  名は、アイテル。  愛を司る、精神生命体だ。遥か銀河の果て、遠い異星の末裔でもある。姉のエメルと共に母星を真竜に滅ぼされ、ヒュプノスと呼ばれる感情の具現体となった人類の同胞だ。  そのアイテルが見せてくれた夢に、ナガミツは黙って首を横にふる。 「迷惑なもんかよ。むしろ感謝してるぜ? ……夢は見終わり見果てた。俺が覚醒したってことは」  そのナガミツの言葉尻を、奥から現れた男が拾う。  見れば、人竜とでも言うべき異形の青年が翼を広げていた。  鱗と甲殻に包まれた、彼は人類戦士タケハヤ。かつてドラゴンクロニクルをその見に招いて、人の姿を捨てた地球の守護神である。 「それがな、ナガミツ。俺にもよくわかんねえけど、エデンは平和そのものだ」 「エデン?」 「おう。それがこの星の今の名前だ。お前たちの社会文明は、もう何百年も前に一度滅んだ。それでも人類は消えないからすげえよなあ」 「……竜の襲来は」 「一度だけ、お前を起こすまでもない真竜だったから、俺と羽々斬の巫女で片付けといた。文明崩壊直前だったかな? ひでー巫女でよ、コソギとかいう名のサメみたいな暴力女だった」  あれから少しして、アイオトと呼ばれる真竜が現れたらしい。  まるで昔から地球にいたかのように、地を割り文明を睥睨して、タケハヤたちを前にあっさり地の中へ眠りについたという。  おそらくナガミツが起動しなかったのは、人類の危機ではなかったからかもしれない。  そして今は逆に、再び文明を築き始めた人類は平和を享受しているという。 「まあ、とりあえず……目覚めたからにはなにかあんだろ」 「だな。斬竜刀が必要になる。それも片方じゃねえ、大小二振りが揃って必要になる、そんななにかが迫ってるのかもな」  ナガミツは頷き、瞬時に自分の状態をチェックする。  自己診断プログラムが全身を精査してゆく、その反応すらも鈍く感じた。千年以上の眠りが、確実にナガミツという人型戦闘機を経年劣化で蝕んでいた。  稼働可能出力、38%。  メモリ破損率、27%。  なによりもう、ボディが激しく風化し始めていた。  キリノが事前に封印処理をしてくれてなかったら、今頃フレームだけの骸骨状態になっていたかもしれない。人工筋肉の伸縮は鈍く、回路を駆け巡るパルスも途絶えがちだ。  とにかく、今までみたいに身一つで戦うパワーは出せない。  だが、それはとっくに想定内の話だった。 「いくのか? ナガミツ」 「ああ。平和な新時代ってのを見て、まあ……なにもなかったら戻ってくるわ」 「それがいい。……まあ、これは俺の勘というか、竜の本能みたいなものだが」  ――奴らは、必ず来る。  神妙なタケハヤの言葉に、アイテルも重々しく頷く。  ならばやはり、目覚めて正解だったとナガミツは前を向いた。  そして、眠る前に預けていた荷物をアイテルから受け取る。 「服はこれに着替えて……その格好では、今のエデンでは目立ち過ぎるから」 「おうよ」  アイテルに渡された装束に着替え、軽装だがしっかり急所を守る防具を全身で確かめる。今出せる出力を最大限に活かせば、人間並みかそれより僅かに俊敏に動けるだろう。  そして最後に、荷物から一振りのナイフを取り出した。  かつての友が託してくれたもので、拳と蹴りに代わるナガミツの新たな力だ。  鞘から抜いて、その輝きに目を細める。  無銘ながら、本物の専門家が鍛えた業物だ。  そこには錆一つなく、酷い顔のナガミツが映り込む。  外観の損傷もしかたなしと思って、ナガミツはフードを被ってマントを翻した。 「手近なポータルへと飛ばすわ。そこからはわたしもタケハヤも、しばらく連絡がとれなくなるけど」 「ポータル?」 「旧文明の残滓、量子テレポート機能を有したターミナルよ。この時代ではオーパーツながら、各地でハントマンたちが活用してるわ。原理も仕組みもわからなくても、使えちゃうのね」 「ハントマンってのは」 「いわゆる、無宿無頼の冒険者。この時代でも、マモノはあちこちに出るから」  昔、キジトラやノリトが遊んでいたRPGを漠然と思い出す。  さては地球は……エデンは今、どんな世界になっているのか。  一狩り行こうぜ! みたいな蛮族集団なのか。  はたまた、剣と魔法のファンタジー世界になっているのか。  迫る脅威を感じつつも、ナガミツの胸に好奇心と探究心が湧き上がる。  こうして、ナガミツは旅立った。  斬竜刀としての最期の旅、巡る因果を断ち切る旅のはじまりだった。