少女は少し、いやかなり驚いた。  故郷を飛び出てカザンに向かう中、マモノとの戦いは覚悟していた。 それなりに準備もしてきたし、兄弟や親族に疎ましく見られながらも特訓を重ねてきた。  でも、無駄だった。  本物のマモノを前にして、逃げることしかできなかった。  否、逃げきれずに殺されるところだった。  謎の二人組が現れ、助けてくれるまでは。 「えっと、ど、どうでしょう。私の着替えの予備で申し訳ないんですけど」  今、彼女は突然現れた美貌の全裸少年に自分の服を着せたところだ。  名は、スズラン。  カザンでハントマンを志すルシェの女の子だ。  先程は、大変なものを見てしまった。  自分と違って、圧倒的な戦闘力。  恐らくこの二人はハントマンなんだろうと思う。何故か全裸で現れた少年の長髪を、その豪奢な金髪をツインテールに結ってあげる。  本当に、とんでもないものを見せられてしまった。  同時に、魅せられた……彼女、にしか見えない彼の相棒は、ナイフ一本であっという間にラビを倒してしまった。しかも、ちゃんとスズランに一番近い、最も危険な位置取りの一匹を処理してくれたのだ。 「これで、よしっと。でも、大変でしたね……お、おいはぎとかですか? 何故、全裸で」 「ん、なんか胸がスカスカする。でも、この服はいいね。あんがと、えっと」 「スズランです。どうかそう呼び捨ててください」 「わかった。とりま、助かっちゃった。ふふ、シイナママと同じ髪型……あ、わたしはニシナ。さっきはごめんね、急いで助けようと思ったから、すっぽんぽんで」 「あ、いえ……ニシナ、さん? なんだか、家名っぽいですけど」 「二番目のシイナっていう意味で、ニシナだよ? ねー、ナガミっちゃん」  先程の長身のローグは、周囲を契機しながら「ああ? あ、ああ」と適当な返事を返してくれる。その背中を見ていると、不思議とスズランは胸が熱くなった。  そして、目の前で着替えを終えたニシナが、どう見ても美少女過ぎるので少し凹む。  スズランは割と地方でも有名な高家の娘だが、ハントマンを目指している。  笑われた、嗤われた、お前には無理だと親にも言われた。  でも、自分でも無理だと思うからこそ、そんな自分を変えたかったのだ。 「んー、ニシナさん。……ニーナさん、って呼んでもいいですか?」 「いーよー、ニーナかあ。それ、いいね。わたし、シイナママの二番煎じじゃないんだ。ねね、聞いて。わたし、ママの娘なんだー」  なんだか当たり前のことを言ってるが、にっぽり笑うニーナに自然とスズランも笑顔になる。  そして、周囲を見張っていた長身の男がこちらにやってくる。  不思議な人だ。  人なのかと思うほどに、あらゆる全てが洗練されている。  それでいて、スズランにはなにか儚さが感じられた。  その男は態度や口調とは裏腹に、自分の終わりを数えているような、そんな切ない空気をかすかに漂わせている。  ナガミっちゃんと呼ばれた男は、スズランの前で改めて頭を下げた。 「ありがとな、えっと……スズラン? あと、さっきは悪かった。忘れてくれ」 「あっ、いえ! お礼を言うのはわたしの方です。……は、初めて、その、見たんですが」 「いや、それな……本当に悪いと思ってる。このバカにはよく言っておくからよ」  朗らかに笑いながら、その男はコツンとニーナの頭を拳で小突いた。  そして、改めて身を正すと、そっと手を伸べ握手を求めてくる。 「俺の名は、ナガミツ。……まあ、ハントマン? になろうと思ってな」 「あ、じゃあわたしと一緒でカザンに向かってるんですね」 「そんなところだ。って、スズランもハントマンに?」 「は、はいっ! わたし、ハントマンになりたいんでびゅ!」  思わず張り切り声を上げたら、噛んだ。  恥ずかしい、本当に自分が内気で不器用、コミュ障気味の箱入り娘なんだと思い知らされる。でも、気持ちは一途で、それだけには迷わぬ決意がこもっていた。 「昔から歌劇や本で見てきました……神話の時代の御伽噺。天より襲来する竜と戦う、数多の英雄たち。……憧れました。わたしも、そんな生き方がしたいんです」  そう、今は記録さえ定かではない千年以上前の先史文明……今は神話の時代。星の海より竜が襲い来る中、人々を守った英雄たちがいた。  大小二振りの、竜を切り裂く正義の太刀。  ヒュプノスと呼ばれる二人の姉妹の、悲しくも儚い英雄たちへの愛。  そして、自ら竜を倒すために竜の力を得た、哀しき人類戦士の物語。  皆、今は作り話だと思われている。  吟遊詩人たちが歌う物語は、この時代では信じられない別世界の話だった。 「わたし、家にいればやがて嫁に出されて、夫との間に子を産んで育てる……そういう未来が待ってたんです。家同士の結びつきは大きな利権を生みますし。でも」  そう、でも、それでもと言い続ける気持ちが心の奥に燻っていた。  自信も確証もないけど、焦がれるような想いがはっきりとあったのだ。 「わたしはハントマンになって、世界中を旅したい。守られるより、誰かを守る人間になってみたいんです」  そう思った時のことを、今も覚えている。  スズランには歌があった。  沢山の歌を勉強したし、両親は花嫁修業なんだと思って許してくれた。  歌を知って歌うほどに、探求心が膨れて広がった。  この時代、歌は力だ。  ハントマンたちの力を大きく後押しする、歌は物理的な特殊能力として認知されていた。  正直、自分の歌がその領域に達しているかは分からないし、自信もない。  ただ、確かにそこを目指して歌っている自分が好き会った。 「なんて、おかしいですよね。わたしみたいな世間知らずが……みんなに笑われました。確かに笑える話、だ、な、って……ナガミツ様?」  ふいにスズランは、ナガミツに頭を撫でられた。  どこかぎこちなくて冷たい手が、不思議と彼女の前進に不思議な気持ちを拡散させてゆく。静かに笑うナガミツの瞳は、そこに映るスズランの頼りない姿を揺らしていた。 「誰が笑えるかよ。そんな心からの言葉をよ」 「ナガミツ様……」 「様はやめてくれ、ナガミツでいい。どこの誰がどう言ったって、親や家族がなんて言ったって……スズランの気持ちはスズランのものだ。だったら、走るっきゃねえだろ」 「走る……」 「そうだ、突っ走れ。衝動に任せて走るしかねえさ。……って、すまん! あ、いや、これは、その、子供扱いした意味ではないんだが」  慌ててナガミツはスズランの髪を撫でていた手を引っ込める。  逆にスズランは、その手に手を重ね、さらにもう片方の手で包む。 「ありがとうございます、ナガミツ様。あっ、ええと……ナガミツ」 「お、おう。まあ、俺たちもカザンでハントマンとして登録してもらうつもりだ。旅は道連れ、世は情け、ってな。一緒に行こうぜ」  後でニーナも「一緒にいこー!」と拳を振り上げる。  やがて、連れ添い歩き始めた三人の前に大きな川と橋とが見えてくる。  その先に、遠くからでも見える繁栄と活況の町、ハントマンの聖地たるカザンが見えてくるのだった。