その都市の名は、カザン共和国。  大統領によって治めれた、小さくとも立派な独立国である。同時に、ここがハントマンの聖地。公的なギルドオフィスが存在し、名だたるハントマンギルドが名を連ねている。  夢見て憧れたカザンの地を今、スズランはナガミツと共に踏んだ。 「あ、あら? ニーナは」 「ああ、あいつなら服が合わないから先に着替えを買うって、先に行ったぜ」 「そ、そうでしたか」  確かに、背恰好はそんなに変わらないし、ニーナは線の細い少年だ。しかし、やはり骨格は男と女では違うし、男性が女物を着ているというのは嫌なんだろうし。  いやでも、ちょっと、かなり喜んでたようにも見えたが、気のせいだろうか。  そんなことを思いながら、ギルドオフィスを目指してナガミツと歩く。  こんな大都会は初めてで、見るもの全てが輝いて見えた。 「凄い人混み……あの人たち、ハントマンだ。あんなに大勢で」 「へえ、まあ、ふーむ。見た感じ、18世紀末くらいの文明レベルか?」 「へ? ナガミツ、なんですか? その、世紀っていうのは」 「いーや、なんでもねぇ。大昔のそのまた昔の話だしな」  このナガミツという男も、不思議だった。  この世で初めて、スズランのハントマンになりたいという夢を肯定してくれた。  彼も姿こそローグ風の人間だが、まだ正式なハントマンではないらしい。  どこかすすけたその表情は、酷く整って端正にも見える。  そうしてまじまじと見上げていると、ナガミツに「ん?」と視線を感づかれる。 「どした、俺の顔になにかついてるか? ……結構ガタがきてるからな」 「い、いえっ! ななな、なんでもないですっ!」  不思議と顔が熱くなった。  胸の鼓動がバクバクと早鐘のように脈打つ。  どうしてだろう、妙に意識してしまう。  突然自分の前に現れて、颯爽と助けてくれたローグ。誰もが無理だと否定した自分の夢を、力強く肯定してくれた人。  そして、初めて見てしまった異性の全裸。 「あうう……こここ、ここまででセットなんだ。わたしの始まりの思い出……」 「どした、スズラン。顔が赤いぜ? 熱でも出したか?」 「い、いえっ! 大丈夫です、行きましょう!」  慌てて歩き出し、顔の赤さを俯き隠す。  きっと一生忘れない。  忘れれられない。  忘れても覚えていると思うだろう。  ちらりと振り返れば、ナガミツも周囲を珍しそうに見まわしていた。  やがて、二人の前に大きな建物が見えてくる。  武装した男女の出入りが激しい、ここがギルドオフィスだろう。二人が入ると、そこかしこで鋭い視線が振り返った。  まるで値踏みされるような中を、身を縮めるようにしてスズランはカウンターに歩いた。 「あの、すみません。ハントマンとして登録をお願いしたいんですが」  小さな声が上ずった。  緊張で思わずスズランは、身を硬く立ち尽くす。  カノウンターの女性はそんなスズランを見て、フフフと笑った。そして、振り返るなり書類の束があふれかえりそうな棚へと、そっと手を伸ばした。  大きな笑い声が響いたのは、そんな時だった。  振り向くと、銀色の鎧に全身を輝かせる大男が歩み寄ってくる。  まだ濡れた返り血が滴っていて、全身から高揚感が満ち溢れていた。 「おいおいお嬢ちゃん、笑わせるなよ? お前みたいな小娘がハントマンだって? 」  冷笑と嘲笑が周囲に広がった。  遠巻きに見ていた誰もが、ひそひそと言葉をささやき合う。  突然のことに、スズランは頭が真っ白になった。  だが、すぐにハッとなる。  離れた場所でナガミツは、腕組み大きく頷いていた。  それで、改めて前を向く。 「さあ、お嬢ちゃんはどいてな! おう、また賞金の値が上がったって聞いてな! そろそろ雑魚狩りにも飽きてんだ。俺たちギルドに――」 「……待ってください。わたしが先です。用があるなら、並んでください」  自分でも驚くほどに、真っ直ぐな声が出た。  どもることもなく、言い澱むこともない。声が裏返ったりもしなかった。  なにより、見上げる小山のようなナイトの大男を前に、しっかり相手を見据えて言葉を選べた。  それで男も「ああ?」と固眉を釣り上げた。  ハントマンには気性の荒い者も多く、無頼の無法人もいると聞く。  だが、男に構わず再度スズランはカウンターに身を乗り出す。 「ハントマンへの登録をお願いします! 職業は……プリンセスです!」  ――プリンセス。  ハントマンの中でも極めて特殊な職業だ。多くが古い血筋を持つ由緒ある姫君で、その歌声はハントマンの力を何倍にも増幅する。  勿論、スズランは王家の血も貴族の地位も持っていない。  だが、彼女が田舎で夢見たのは歌姫……勇敢なハントマンたちを癒して鼓舞する、伝説のディーバだ。  あっという間に周囲の笑いが膨れ上がる。 「こりゃおもしれえや! このお姫様はプリンセスにあらせられますとよ!」 「おいおい歌えんのか? 下手にさえずるようなら叩き出してやるぜ!」 「そりゃ、平民出のプリンセスもいるけどよ……王侯貴族の血が大事だよな」 「そうそう、カリスマがなきゃな。例えばほら、湯津瀬のお姫さんとかな」  その時、ドン! と突然床が鳴った。  それは、スズランの首に手を突き出した大男が、ギリリと首元を締め上げられる瞬間。気付けばナガミツが、床に持ってきた椅子を置いて、男をスズランから引っぺがしていた。 「だとよ、スズラン! 聴かせてやれよ。お前の歌……お前だけの歌をな」  ニヤリと笑ったナガミツは、そのままいなしてナイトの巨漢を床に転がしてしまう。あっさり柔術の力学で組み伏せられて、男は憤怒に顔を赤らめた。  だが、その時にはもうスズランは靴を脱いで、置かれた椅子の上に立つ。  夢見て憧れた時に、既に覚悟はしていた。  自分の歌で、みんなを支える。世界だって救ってみせる。その決意だけは、誰に否定されても曲げたことがない。 「……皆さん、聴いてください」  それは、幼少期に村を救ってくれたハントマンに教えてもらった歌だ。時折訪れる吟遊詩人たちも知らない、スズランだけが引き継いだ不思議な歌。  今もそのハントマンのお姉さんの言葉が鮮明に思い出せる。 『アタシはどこにでもいて、どこにもいられないからさ。この歌、この世界に確かに生きてるアンタに託すよん? ……この曲のタイトルは』  僅か数日の滞在だったが、そのハントマンは村を守ってくれた。  スズランに初めて、歌を教えてくれた。 「この曲のタイトルは、HeavenZ-ArmZ!」  瞬間、スズランを中心に空気が呼吸を奪う。余裕のナガミツ以外、誰もが目を丸くして息を忘れた。鼓動すら求まるような静寂に、スズランの歌だけが広がる。  あっという間に、この場の誰もが歌の世界に引き込まれて酔いしれるのだった。