マメシバは走った。  疾く疾く、颯の如く奔った。  重い鎧がガチャガチャなる音さえ、自分を急かす叱咤激励に聴こえていた。  そして、大通りに出てすぐ……陽光を遮る巨大なマモノに相克する。  憤怒に燃える野生の獣は、瀕死の重傷を負いながらも周囲のハントマンを蹴散らし立ち上がっていた。既に乗せられていた荷車は木っ端みじんで、その巨体は町中に轟く絶叫を張り上げる。  オータムトータスという名の、亀に似た巨獣だった。 「うわわっ! だれか、なんとかしろよぉ!」 「わかってるさ、お前もハントマンなら手伝えっ!」 「クソッ、市民が……捕獲の依頼を出した奴は誰だ! あとできっちり補償金搾り取ってやる!」 「そんな話はいいから前! 前見て! こいつ、まだビンビンに生きてるよっ!」  オータムトータス、それはいわば歩く小さな砦だ。  町中に突然、敵の出城ができたような、そんな異常事態に誰もが戸惑う。しかし、そこで慌てふためくだけのハントマンたちじゃなかった。  すぐに態勢を取戻し、まずはローグの何人かが弓で矢を射る。  その間に、一般市民たちがハントマンの誘導で安全な区域へと逃げて行った。  マメシバは改めて、ハントマンたちの行動力に目を見張った。  本当に今、自分は憧れたハントマンの世界にいる。その冒険が始まっている、繋がり続いていると教えてくれる声が響いた。 「ワーッハッハッハ! どこのどいつがしくじった? そいつは興味ないね……だがっ! 我がカザン共和国に集いし同胞よ! 誇り高きハントマンよ! 今がっ! その時だ!」  ふと気付けば、大通りでも一番の建造物、教会の頂上に人影があった。その男は……そう、身だしなみの行き届いた礼装を筋骨隆々たる筋肉で盛り上げた大男だった。彼は、飛び降りると同時に、教会の鐘を蹴り上げる。  皆を鼓舞する、祝福の鐘がリンゴンと鳴り響いた。  マメシバは、新聞でしか見たことがない顔に驚く。 「あ、あれは……カザン共和国大統領、ドリス=アゴート! ハントマンの中のハントマン!」  そう、自分の国がマモノの災禍に蝕まれていても、平然と腕組み眼下を睥睨する、その男の名はドリス。このカザン共和国の大統領にして、ハントマンの頂点に立つ人物だった。  マメシバは、初めてその人物を直に見た感動で、血潮が燃えて沸騰する。  そして、目の前には吼え荒ぶオータムトータスが暴れまわっていた。  まずは被害を最小限に止めるために、オータムトータスを無力化する必要がある。そう思った瞬間、マメシバは信じられない光景に慌てて前に出た。 「しっかしりしてください、ご老体! 今、止血を……む、これは……おお、なんという」 「あ、ああ……若いの、逃げなさいな。あたしはもう」 「そのご厚意はビブラート! されど、我が想いがアレグロにビバーチェすれば……!」  信じられない光景が上書きされて更新された。  暴れまわるオータムトータスから人々が逃げまどう中、一人のハントマンが流血に沈む老婆に駆け寄ったのだ。  マメシバは目を疑った。  同時に、そんな彼を老婆ごと守ると瞬時に判断した。  その力が漲る先に、閃光にも似た眩さが走り抜ける。 「むいっ! あらゆる民を守る、それがハバキリ……羽々宮のキリコになるべき者なのですっ!」  光が瞬き、星座を彩るように連鎖した。  先程のユイと名乗った少女が祓い抜けると、彼女のカチン! という鍔鳴りと同時にオータムトータスが悲鳴を張り上げる。  あっという間に、全身の屈強な防御力を切り裂かれたマモノが絶叫に身悶えた。  だが、同時にマメシバは違和感を覚えた。  先程万事屋で会って、あのユイと名乗った少女に気圧された。同時に酷く親近感を覚えて、初対面なのになぜか親しみを交わしてしまった。その時感じた、絶世の美少女が親密な仲を求めて許すような、そんな雰囲気の中に感じた覇気がなかった。 「ユイさんっ! 浅いです、全部! こいつ、止まりませんっ!」  マメシバは盾を構えて、前に出る。  先程のユイの攻撃、その速さは隼の如く……でも、見えた。はっきり肉眼で見えた。居合の六連撃、その全てが鋭い斬撃となってマモノを切り裂いた。だが、オータムトータスの強固な甲殻を前に、表面で流血を強いる程度のダメージしか与えられないのだった。  ただ、その連撃は無駄ではない。  ユイの攻撃に今、オータムトータスは致命傷こそ逃れたものの怯えている。  今だと思って、マメシバが盾を構えて剣を抜いた、その時だった。 「くっ! このまま動かせば出血が激しくなって……まずはディモールト止血を!」 「おっと、なら手伝いますよ。確かに深い傷だ、止血を優先……マメシバ、頼みます!」  先程、この乱戦の真っただ中で老婆を治療し始めた男……彼が、先程スズランに金貨をくれた珍妙なヒーラーだというのは、マメシバにはすぐにわかった。だが、そこにレオパが寄り添うことは想定外だった。同時に、レオパはそういう人間だとわかっていた。  種族が違っても、レオパは常に自分ができる最善に己を投げ込むクレバーさと熱い心を持っていた。 「あ、ありがとうございます! まずは止血を!」 「さっき事務所で会ったよね。うん、すぐに止血を。そののち、二人で」 「はいっ! 二人でなら、抱えて安全圏まで離脱できます! ベネ!」  マメシバはすぐに理解した。その場から動かせぬほどの重傷者がいて、そのことをレオパは視線で伝えてくれる。昔から彼は、以心伝心を物理的にやってのける男だった。兄貴分のような親友のような。ただ同じハントマンの夢を共有する、心からの仲間だというのは分かっていた。  その彼が血に濡れて息を荒くしながら叫ぶ。 「よし、血が止まった……ゆっくり運びましょう。急激に動かせば、傷が開いてしまいます」 「は、はい! 私が……俺が見てる前で死なせるかよ! あ……ん、んんっ! 私は決して、救える命を見捨てない! そう誓ったのです!」  例のヒーラー君は、レオパと一緒に応急処置の済んだ老婆を運んで逃げ出した。だが、その軌跡を怒れるオータムトータスが突進で追いかける。周囲の家々が揺れて、大地はまるで大海の荒波の如く隆起した。  だが、その中で奔るマメシバは騎士の誇りたる盾を前にかざす。 「ここから先はっ! 通さないっ!」  激しい衝撃音と共に、マメシバの盾が巨獣の突進を押し止めた、前身の筋肉が過熱する感触があって、それを一点に注ぎ組むようにマメシバは盾をかざす。  ナイトの本領発揮、あらゆる全てを守る力がマメシバから迸る。  それは稚拙で未熟でも、たった一匹のオータムトータスには十分だった。  そして、マメシバは一人ではなかった。 「むいっ! 助太刀しまするっ!」 「あっ、さっきの!」 「このまま押し返せば! むいいいいいいいいっ! むいっ!」  先程のサムライの少女が、盾を保持するマメシバの隣で一緒に抗ってくれる。ギリギリで猛獣の暴力を受け止めていた盾が、一瞬軽くなった、その時だった。 二人で一つの盾を掲げて押し続けた、その時。 「オッケー、ここだ。頼むぜ、スズラン!」 「こ、こうでしょうか! あ、あの」 「ドンピシャ、ばっちりだぜ……悪いな、ここでそんなに暴れんなよ」  歌声と共にスズランが、買ったばかりの鞭で巻き付けた箱を投擲する。それがゆるゆると空中を舞っている間に、影は馳せて突き抜けた。あまりにも疾いその人影は、まるで血を吐くように一撃をオータムトータスへ切り刻んだ。  同時に、放られたトラップをキャッチし、傷口にえぐりこんで離脱する。  こうして、町中で暴れ狂ったオータムトータスは、依頼を受けたギルドの報酬を木っ端微塵にする勢いで淘汰されたのだった。