名もなき小洞から帰還してみれば、カザン共和国は騒然としていた。  時は夕暮れ、逢魔が時。  もうすぐ闇夜の星空が広がる時刻だというのに、大勢のハントマンがフル武装で駆け抜けてゆく。その表情は皆、緊張に凍っていた。  好奇心と探求心に満ちた、未知なる冒険に挑む顔ではなかったのだ。  それでナガミツは察した……わかってしまった。  ついに今、その時が来たのだ。  血のように真っ赤な太陽が沈む中、その最後の残照が皆から影を長く引きずらせる。  マメシバやレオパ、スズランも突然の事態に目を丸くしていた。 「ああ、スノーホワイトのみなさん。よかった、まずはお疲れ様です」  やけに冷静なその声も、作ったものだとすぐにわかった。  ナガミツたちが振り返ると、そこには大統領補佐官のメナスが立っていた。  いつでも落ち着いた態度を崩さない彼だが、今は動揺が隠しきれていない。 「ああ、丁度いいところに。なにがあったんです? この妙な雰囲気は」 「これじゃまるで戦、それも大戦争だ。カザン共和国は現在、どこの国とも友好関係と聞いておりますが」  すぐにマメシバとレオパが詰め寄るように言葉を放つ。  だが、即答は返ってこない。  ただ、メナスは脳裏に言葉を選んで、それから端的に事実だけを告げてきた。 「戻ったばかりですまないのだが、すぐにロラッカ森林に向かってほしいのです。……なにが起こったのかはわかりません。しかし、なにかが起ころうとしているのです」  思わずスズランが、隣でゴクリと喉を鳴らす。  その震えた華奢な肩を、ナガミツはポンと叩いてやった。  見上げるスズランもまた、しっかりと大きな頷きを返してくれる。  どうやら今日はダブルヘッダー、もう一つクエストをこなす羽目になりそうだった。 「大統領の権限で馬車を用意させてあります。道中。少しは休めるかと。それと、これを」  メナスが背後に控えていた兵士に目配せすると、ナガミツたちに革袋がいくつか渡された。食料や水、薬品類が入ってある。  ことの重大さがわかったようで、マメシバはぶるりと震えたあとで表情を引き締める。 「……行こう、みんな! 無理はいけないけど、せめて他のハントマンの援護くらいでも」 「この荷物を届けるだけでも、せめてというところですね。どうです? ナガミツ。スズランも」  どうやらマメシバとレオパは行くようだ。  ナガミツは内心、逆ならよかったと思った。自分一人ならすぐに走って行けるし、新しい仲間たちを危険にさらさずにすむ。  そう、ナガミツは既に確信していた。  奴らが襲ってきたのだ。 「アイテムの補給や小休止も許さねえ、さっさと行けってことは……よほどのことだぜ?」 「わかってるさ、ナガミツ。君はどうする?」 「……もちろん、同行する。ある意味で俺の仕事……使命だからな」  その時だった。  ぐっと握った両の拳を胸に、スズランも身を乗り出してくる。 「わっ、わたしも行きますっ! おねがいします、連れていってください」  まだまだ未熟なスズランにとっては、ここが生死の分水嶺かもしれない。そしてナガミツは、できれば連れてはいきたくなかった。  守り切れる自信がない。  今のナガミツは、西暦2021年のころの力がもうないからだ。  残念ながらもう、フルスペックではないしフルパワーは出せない。  だが、止めようとするより前にスズランは声を震わせる。 「こっ、こんなわたしでも、少しでも力になれたら……それに、仲間を決して見捨てないのがハントマンです。も、物語のなかだけの話かもしれませんが、わたしはそうありたい」  強い決意を帯びた言の葉だった。  こりゃ、テコでも動かないタイプのあれだなとナガミツは思った。  そして、自分の弱気に改めて活を入れる。  鞘に眠る武骨なナイフが、笑って背中を叩いてくるような気持ちが沸き起こった。守り切れない? もう全力は出せない? いつから自分はそんなに弱気になったのだろう。  たとえ錆びつき斫れていても、自分は斬竜刀なのだ。  同じ斬竜刀の少女なら満身創痍でもそうするし……大事なあの人はもう、今頃現場へすっ飛んでいっている。それを思えば、不思議と力が湧き上がるのを感じた。 「マメシバ、四人で行こうぜ。……馬車で休憩がてら、ちょっと話しておきたいこともあるしな。信じてもらえるかは別としてだ。もうすぐこの世界は……エデンは滅びに直面する」  ナガミツは率直に全てを話し、この仲間たちと再び戦う決意を固めた。  もう、秘密をかかえてハントマン家業をして暮らす時間は終わったのだ。ここから先は生存競争、種の絶滅を賭けた死闘になる。  それがわかるからこそ、あらためてスズランに教えられた。  ナガミツは一人で戦っているのではない。  仲間と共にあって、仲間のためにこそ戦えるのだ。 「では、お願いします。私は……大統領をお止めしないと」 「ん? 大統領がどうしたんですか?」 「少年、大統領は……ドリス=アゴートという漢はですね」 「あ! そ、そうだった。メナスさん、早く行ってあげてください。よし、俺たちも行こう!」  マメシバがガシャガシャと走り出す。  レオパも続いて、スズランもあとを追った。  すぐにナガミツも駆け出したが、その背中がメナスの小さなつぶやきを拾う。 「……この胸騒ぎは、何でしょう。血潮が怯えて震えるような感覚は」  もしかして、人類はまだ本能的に覚えているのかもしれない。  もはやDNAという概念を忘れた今のエデンでも、人間の遺伝子には刻み込まれているのだろう。それは、野生の動物が火を恐れるのと同じだ。  そして今、エデンは地獄の業火にくべられつつあるのだ。 「メナスさんよ。大統領に伝えといてくれよ……嵐が来る、ってな」  立ち止まって肩越しに振り返ると、ナガミツはメナスにそう告げた。  そう、嵐が来る。  エデンという名の平和な方舟は今、宇宙の大海原で巨大な嵐に巻き込まれようとしているのだ。それは宇宙の摂理を名乗り、あらゆる生命体を家畜と呼んで食い散らす暴力の権化だ。  だが、その脅威を二度も人類は乗り越えた。  その血は今も、このエデンの人々に受け継がれている。 「わ、わかりました。嵐……いったいなにが襲ってくるんです?」 「……ドラゴン」 「ドラゴン? 竜、ですか? あの想像上の生き物が?」 「ああ。じゃあな、大統領のこと、しっかり頼むぜ!」  それだけ言って、ナガミツも再び奔り出す。  すぐに仲間に追いつき、四人で城門を出て馬車へと飛び乗るのだった。