マメシバたちは再び、ロラッカ森林を訪れていた。  この先の山洞が、川の下を通ってカザン共和国へ通じているという。 「グリフさんの情報は確かだ。この先……急ごう、みんな!」  レオパとスズランも、互いに見合って頷きを交わす。  フロワロを踏み散らし、マモノとの戦闘を重ねながら進む。道中、他のハントマンたちとも連携しながら、マメシバは三年という時間をかみしめていた。  大自然にとっては、数年の年月など一瞬だ。  にもかかわらず、ロラッカ森林は様変わりしていた。 「相変わらずやる気満々ですね、マメシバ」 「そりゃそうさ、レオパ! 待ってろよ、ナガミツ……会ったら言いたいことが山ほどあるんだ。スズランだってそうだろ?」  ともすれば、手が出てしまうかもしれない。  ブン殴ってやりたい気もするし、抱きしめたいような気もする。ともあれ、随分と水臭いことをしてくれたもんだと思う。  だが、一人のローグが結果的にミロス連邦をギリギリで守り、マメシバたちを救ってくれた。  そして確信がある。  竜斬包丁と呼ばれながらも、まだナガミツは生きている。  こうしている今も戦っているのだ。 「およ? スノウドロップじゃん。やほー?」  ツインテールのナイトが、巨大な洞窟の前に立っていた。  ユイと妙齢のプリンセスを連れた、それはニーナだった。  見知った顔に出会って、少しマメシバの緊張感が弛緩する。 「ニーナ! ユイも……えっと、そちらは、確か」 「アダヒメで結構よ。あなたたちがスノードロップね? ここから先はカザン共和国に通じる地下の道。気を付けて進むのよ?」  静かに微笑むルシェの美女に、思わずマメシバはドキリとする。貴人を前に緊張するが、そんな中に妙な違和感を感じた。  その正体は、ユイだ。  初めて会った時の、どこか炭火のようなほがらかさが感じられない。  以前とは違う太刀を手にした少女は、どこか別人のように見えた。 「マメシバ、レオパもスズランもお久しぶりなのです。むいっ!」  笑顔こそ以前と同じだが、やはりどこかおかしい。  レオパやスズランも気付いたようで、目をしばたかせる。  そんな三人の前に出ると、ユイは――かつてユイという名だった友人は高らかに宣言した。 「わたしは、キリコ! 羽々斬の巫女キリコの名を継いだのです!」 「えっ? そ、それって」 「ユイという女の子は死にました。三年前に、あの時に」  どこか悲壮感すらただよう笑みで、キリコは朱色の鞘に収まる太刀を抱きしめる。  マメシバも、話には聞いていた……かつて竜災害を幾たびも退けてきたという、伝説の斬竜刀を。神話の時代よりエデンを守ってきた血筋だ。  その巫女が今、目の前にいる。  雰囲気もどこか一変してしまって、まるで別人だった。 「んじゃま、一緒に行こっか。わたしが先頭に立つから、マメシバは仲間たちをよろしくねん?」 「は、はいっ!」 「まー、ナイトが二人もいれば御互いカバーし合えるし? わたしも楽できるしー」  それだけ言うと、まるでハイキングにでも出かけるような気軽さでニーナが洞窟へと入っていった。その銀色の鎧姿が見えなくなると、マメシバたちもあとに続く。  そのあいだにレオパが負傷者を手当てし、歩きながらの情報交換。  ひんやりと湿度が冷たい中、反響する声が三年間の空白を埋めていった。 「そっか、やっぱりノリトは来なかったんだ」 「むい! 仕方ないのです。そういう人たちのために、わたしはキリコの名を受け継いだのです!」 「……ちょっと無理してない? ユイ。っていうか、キリコって呼んだ方がいいのか」  マメシバの心配は、当然のようにスズランにも伝わった。  笑顔だけは以前のままだが、キリコの目には暗い炎がゆらゆらと燃えている。  抜き身の刃のような危うさがあって、少し不安で寂しい。 「あの、ユイ……ううん、巫女様」 「キリコでいいのです、スズラン」 「うん、キリコ。……なにか、あったの? その、わたしでよければ」 「ありがとうなのです。大丈夫、わたしはわたしの使命を果たすだけです! むいっ!」  マメシバも心配だったが、そっとレオパが肩に手を置いてくる。彼が静かに首を横に振るので、この話はそれっきりになった。  ――はずだった。  スズランは選んだ言の葉を飲みこむ代わりに、そっとキリコの隠れた心の傷に寄り添う。  そう、マメシバにも不安の正体がわかった。  キリコが酷く傷ついている、見えない傷が膿んで出血してるように感じるのだ。 「話したくなったら、いつでも話してね。それと……わたしも少し知ってる。小さい頃に、沢山本を読んだし、寝物語にも聞かされてきたもの」  スズランのハミングでメロディが生まれる。  そのまま歌えば、どこかじめじめとした暗鬱な洞窟内が明るくなったような気がした。  マメシバでも知ってる、とても素朴で有名な子守唄だ。  内容は、悪い竜を巫女が退治する……そう、羽々斬の伝承を歌ったものだ。つい三年前まで、その歌は創作の夢物語だと思われていた。  羽々宮といえば、祭事や式典を司る古い家、それだけのものだと思われていたのである。 「あら、その歌……ふふ、そうね。あの日々はもう、大昔のことになってしまったのね」  アダヒメがそっと、懐からハンカチを取り出した。  それを渡されて、きょとんとしたキリコがようやく気付く。 「あれ、この歌……スズランの歌。むい? な、なんで、目から涙が」 「さ、キリ様。次はキリ様の番ですわ。共に戦い、竜をこの地球から……エデンから再び追い出してやりましょう」 「おばさま、むいっ! わたしは、キリコをやるのです! そうかあさまに誓ったのです!」  スズランの歌が終ると、キリコは涙を拭いて最後にチーン! と勢いよく鼻をかんだ。  そして、エヘヘと照れくさそうに笑う、その表情に昔の面影が戻ってくる。  気負っていたなにかが抜けて、少し周囲の空気も温かく緩んだ。  同時に、マメシバたちの向かう先がほのかに明るくなってきた。 「おーい、出口あったよー? あと、マモノはてけとーにやっといたぞい」  逆光の中にニーナが手を振ってる。  長い長いトンネルも、皆で歩けばあっという間だった。そして、マメシバは改めてニーナの人間離れした胆力に感心してしまう。ホムンクルスだと言っていたが、小さな目標はニーナのような強さを身に着けることだった。 「よーし! カザン共和国奪回、僕も彼女のように立派なナイトになる!」  皆が「うん?」という顔をしたが、マメシバは気付かなかった。  自分の勘違いにすら気付けないまま、一行は三年ぶりにカザン共和国の地を踏むのだった。