ロラッカ山洞を抜けた先に、風。  草原を吹き渡る季節の息吹に今、無数の旗が揺れている。そこかしこにテントが並び、多くのギルドが集まって資材や情報の交換にいそしんでいた。  もう、ミッションは始まっている。  カザン共和国奪還のために、これだけのハントマンが立ち上がってくれたのだ。  そのそうそうたる面々を見渡し、マメシバも胸を熱くする。 「あっ、レオパ! あれはギルド『王者の剣』じゃないかな」 「そのようですね。他にも勇名をはせたギルドがずらりです」  正直、身震いした。  怖いのではない……これは武者震いだと心に結ぶ。  そしてふと隣を見れば、意外な表情でスズランが瞳を輝かせていた。その横顔は、確かに驚きながらも微笑んでいた。  まるで吟遊詩人が歌う英雄や勇者を見る子供だ。 「皆さん、凄いですね。あっ、プリンセスの方もそこかしこに! ……なんて綺麗。まるで御伽噺のよう」  あどけなく笑うスズランの隣で、マメシバは思った。  スズランだって負けてないよ、と。だが、口にも出せず呟けず、ただ黙っていれば方が熱くなる。ここではギルド『スノウドロップ』は無銘の小さなギルドだ。だが、仲間たちをマメシバは頼もしく思うし、そう思い合えてると信頼を感じていた。  もごもご言葉を選んでると、スズランの肩へトンと手を置く妙齢のルシェが一人。 「スズラン、ここではあなたもスノウドロップのプリンセスなのです。さ、背筋を伸ばして」 「は、はいっ! あの、アダヒメ様」 「アダヒメでよくてよ? さあ、挨拶でもしてきなさいな」 「あ、あのプリンセスたちの輪の中に! そ、そんな、恐れ多いというか」  だが、アダヒメが何かを耳元に囁くと、スズランは自分を奮い立たせるように両頬を軽く叩いた。そして、談笑がてらお茶をしながらマモノの攻略談義に花を咲かせるプリンセスたちに向かう。  ギクシャクしてるし、手と足が同時に出ている。  あれはそうとう緊張してるな、とマメシバは視線で彼女の背を支えた。  スズランはギルド名と自分の名を名乗って、うやうやしくスカートをつまみながら礼をして輪に溶け込む。最初こそぎこちなかったが、どうやらすぐに話題の流れに溶け込んだ。どこのギルドのプリンセスも、笑顔で迎えてくれたようである。 「ふふ、マメシバ。あなたたち『スノウドロップ』にはいいプリンセスがいるのね」 「は、はあ。あの、アダヒメさんは行かなくていいんですか?」 「若い者たちの輪に年寄りが顔をきかせるようでは駄目よ。さて」  湯津瀬の姫君、正真正銘のプリンセス……アダヒメ。エデンでは知る人ぞ知る歌姫の一人だ。年齢不詳、ともすれば性別すら不詳だという噂はあとをたたない。  だが、こうして一緒にいるとマメシバは不思議な感覚にとらわれる。  全てを包むようなやさしい眼差しの、その奥に無限の闇が渦巻いて見えるのだ。  だが、それを口にする前にアダヒメは「あら?」とマメシバの手を取って歩き出す。ひんやり冷たくて、柔らくすべやかなのにほとんど握力を感じさせない手だった。 「ちょ、ちょっと、アダヒメさん!」 「アダヒメって呼んで頂戴? でないと、君のこともマメシバ殿って呼ぶわよ?」 「ひっ! そ、それは、ちょっと……あれ? なんの人だかりだろう」  マメシバのあとを、楽しそうにレオパがついてくる。キリコとニーナも一緒だ。  いまや中継キャンプ地と化した草原の一角には、すでに屋台や露店がならんでいる。肉を焼くいい匂いや、武具を修理する鎚の音。エデンの人間の逞しさがそこかしこに見て取れる。  そして、向かう先の人だかりから一人の男が歩み出た。 「さあ、他に怪我人はいませんか? 毒の治療もお任せください」  謎の怪人がいた。  狐のお面を被った、どうやらヒーラーらしき気取った、ともすれば気障ったらしい変人。そして、とてつもなく胡散臭い。  だが、彼が治したと思しき壮年のファイターは、包帯に血のにじむ腕をブンブン振り回して笑う。 「おう、いい調子だぜ!」 「ああ、しばらくその右腕をいたわってあげてください。傷をふさいだばかりですので」 「いーや、そうはいかねえ。カザン共和国奪還の一番乗りは、この俺様が狙ってるからな! だが、感謝するぜ! えーと、あんたは」 「フッ、私は通りすがりの仮面ドクター……ギンコ、とでも名乗っておきましょう」  マメシバは思わず「あっ」と声をあげてしまった。  それでこちらに気付いた仮面のヒーラーもまた、息を飲む気配を仮面の下で押し殺した。  だが、レオパやニーナ、キリコは身も蓋もなかった。 「おや、ノリトではありませんか」 「なにやってんのぉ? ノリトくーん?」 「むいっ! ノリトなのです!」  ニーナが歩み寄って、むんずと片手でお面を掴む。そのまま引っ張れば、ギンコ改めノリトのいつもの顔が見えた。 「あ、ちょっと、引っ張らないで! ――痛いっ!」  ニーナが容赦なく、引っ張ったお面を手放す。バチン! と柔軟性のある紐の伸縮で、お面がノリトの顔面を襲った。スパンスパンとニーナは何度もお面アタックを繰り返す。 「かめんドクター、ギンコかあー。いったいだれなんだぞい?」 「痛い、痛いですから! ちょ、やめっ……あと、めちゃ棒読み!」 「いったいどこのナニトなんだろー」  最後に思いっきり仮面を引っ張って、ニーナが手を放す。  勢いあまって狐の相貌はノリトの顔面ではじけて外れた。  そう、そこには間違いなくギルド『ハバキリ』から逃げ出したはずのノリトがいたのだった。慌てて仮面を拾うその姿に、キリコが無邪気に抱き着いてゆく。 「ノリト、またわたしたちと戦うのです!」 「え、いや、それは……覚えてないのに知っている、消えた記憶の影だけがあるんです。私は、恐ろしい。で、でっ、でも、ユイ!」 「今は羽々斬の巫女キリコなのです! むいっ!」 「……そうでしたか。わ、私もまたギンコとして、この地で偵察から戻ってくるハントマンたちの治療を。弱い私とはサヨナラしたんです。でも、こうでもしないと恥ずかしくて」  マメシバは素直に思った。  仮面ドクターギンコの方が何倍も恥ずかしくないかと。  そう思ったら口に出てたしキリコをぶら下げるノリトに歩み寄っていた。 「いやいや、さっきの狐仮面の方がはずいって。……おかえり。またよろしくな、ノリト!」 「一度逃げ出した私を、また?」 「誰だって逃げたくもなるし、逃げたら最後、どこまでも逃げてしまうさ。それでも、ノリトは戻ってきたじゃんかよ」  レオパもうんうんと頷き、ニーナもニシシと笑う。  頼れる仲間との再会は、本人が記憶喪失でもギルドの絆は忘れていなかったのかもしれない。そう思うと、改めてマメシバはノリトの手を取り、さらに手を重ねる。  だが、そんな和やかな再会の雰囲気が突然切り裂かれる。 「おいっ! ギンコとかいう医者はこっちか! 急いでくれ、重傷者が!」  その声にすぐにノリトは真剣な表情を取り戻した。同時に、レオパもまた緊張感に顔をこわばらせる。二人が真っ先に動いて、言葉もなく連携して大勢の怪我人たちをトリアージ……治療の緊急性が高い順に仕分けしてゆく。  その時、マメシバは確かに聞いた。  誰もが息も絶え絶えな中、助けられたと……謎のローグ、噂の竜斬包丁に救われたと。