沈む太陽が呼び込む、夜の帳。  まさに今、逢魔が時は紅蓮に燃えていた。  そこかしこでフロワロが、不気味に明滅している。その明かりの中を、スズランは全力で疾走していた。プリンセスゆえに装備は軽いはずが、鎧を着込んだニーナやマメシバに置いて行かれそうになる。  それでも喰らいついていく気持ちで駆ければ、隣にはレオパが並んでくれていた。 「ノリトにペンダント、返せてよかったですね」 「は、はいっ! ……あれは多分、凄く大事なもののような」 「本人もそれだけは覚えていたみたいですからね。プレロマ学術院の卒業の証、ですから」  そのノリトは、重傷者が多数いるためキャンプに残った。  そして、目の前に徐々に廃墟と化したカザン共和国が赤々と姿を現す。  あれから三年の月日が経過して、ハントマンの聖地として栄えた街は見る影もない。そこかしこでフロワロが狂い咲き、マモノの跳梁がここからでもよく見える。 「おーい、キリっちー? とばしすぎだってばよーい」  相変わらず緊張感のないニーナの声に、妙な頼もしささえ感じてしまうスズラン。  そのずっと先をもう、キリコは走っていた。  同時に、スズランもどこか懐かしい門を潜り抜ける。  ナガミツと出会って、このカザンの地でハントマンになったのが昨日のことのように思えた。事実、本当に数週間前の出来事だったのだ。それが、三年という眠りの中であっという間に遠ざかってしまった。 「これは……酷い、あんなに綺麗だった街並みが」  カザンの様変わりした風景に、思わずスズランは息を飲む。  だが、マモノたちの殺気を感じてすぐに思い出す。自分はプリンセス、ハントマンなのだと。だから、悲観の溜め息に変えてメロディが唇からこぼれる。  その歌声に寄り添い追い越すように、アダヒメも歌い出した。  そして、マモノとの戦闘が始まる。  ようやく見えたキリコの背中に、二人の歌が交わり混じって響き合った。 「凄い……アダヒメさんの旋律に引っ張られて」 「さあ、スズラン。もっとよ、もっと……より高らかに、貴女らしく」 「は、はいっ! ――えっ? あ、あれは……あの剣は」  一際大きなカエルは、ジャンパーと呼ばれるごくごく一般的なマモノである。だが、外でエンカウントする個体より二回りほど大きく、その目が獰猛な緋の色に燃えていた。  レオパがすぐに、自分なりの推察をつぶやく。  フロワロの数がそのまま、マモノたちの凶暴性や脅威度に繋がっているようだ。  そして、歌いながらもスズランは見た。  ジャンパーを前に抜刀した、キリコの太刀を。 「あれは」 「先代の……キリ様のお母様、あの人の剣です」 「だ、だって、あれ」  無言で構えるキリコの剣は、ボロボロだった。刃こぼれも酷く、ひび割れてはつれている。それでも、周囲のフロワロを威嚇するように、白刃がギラリと輝いていた。  そのままキリコは、見た目を裏切る鋭さで剣を振るう。  閃く太刀筋が次々とマモノを断ち割っていった。  切れ味がどうこういうレベルではない。  まるで、馬鹿力で無理矢理潰していくような剣技だ。 「うおっ、キリコ! なんだその剣!? ……斬れ、てる、けど」 「むいっ! これはかあさまの剣なのです。今、わたしはかあさまと一緒に戦ってるのです!」 「おう! じゃあ、このまま突っ込もう! もうすぐ大統領府が見えてく――」  瞬間、沸騰する空気。  紅蓮の炎がスズランを巻き込む。  前衛のマメシバやニーナが守ってくれてなければ、一瞬で消し炭になっているところだった。  それは、獄炎の吐息。  激しい怒りと殺意に燃える、手負いの竜王の絶叫だった。 「こいつだ! あの日……あの時、三年前の!」  マメシバがジャキリ! と騎士の礼節に剣を捧げて、そして構え直す。  その前に、巨大なドラゴンが立ちふさがっていた。圧倒的なプレッシャーで、まるで雪崩か津波のような敵意だ。思わずスズランの歌が止まりかける。  だが、弱く震えたその声は、より強く喉の奥からあふれ出た。  アダヒメに合わせて、あくまで自分の歌を貫く。  恐怖に足が竦んでいても、仲間のためにスズランは精一杯歌った。 「むいっ、こいつが親玉なのです! 竜・即・斬! ですっ!」  キリコが果敢に切り込み、マメシバが続く。  だが、二人の剣が打ち込んだ強撃が、ひび割れ出血する甲殻に阻まれる。  そう、まるで何者かと死闘を繰り広げ続けたかのように、その竜は血に濡れていた。鱗もところどころ剥げかけて、その痛みに狂って暴れ回る。  かなりのダメージで、もう少しで倒せそうにも思える。  それなのに、赤い涙と共に手負いの竜王は怒涛の攻撃で迫ってきた。 「くっ、なんだ!? どんどん気配が強く鋭くなってゆく!」 「マメシバ、後ろは任せろな? ……ゲキオコじゃん。募りゆく殺意の塊、みたいな」 「ありがとう、ニーナ! よし、やってみる!」  マメシバが盾を構えて、強烈な爪と牙の連撃をいなす。  もはやドラゴンは、手あたり次第に周囲のマモノやフロワロごとスズランたちを蹴散らそうと暴れる。足を使って斬り込むキリコも、なかなか一撃を決めることができない。  改めて竜災害の恐ろしさに震えた、そんな時だった。 「――待ってたぜ、ったく。遅かったな。だが……遅過ぎはしない!」  突然、懐かしい声が苦しげに叫ばれた。  そして、誰もが見上げる夜空に、月。  月のかかった尖塔の上に、人影があった。それが今、一振りのナイフを抜くなり一直線に飛んでくる。ボロボロの包帯に汚れたその姿に、思わずスズランは歌を忘れて名を呼んだ。 「ナガミツッ! ……よかった、生きてた」 「おう、スズランたちも無事でなによりだぜ。で……こいつを潰す! 手伝ってくれ!」  その噂は本当だった。  そして、真実だと信じていた。  誰もが竜斬包丁と恐れた謎のローグ……その正体はやはり、ナガミツだったのだ。その身なりはすでにボロボロで、このカザンで三年間ずっと戦ってきたのだと知れる。  そう、この手負いの竜王は、ずっとナガミツが食い止めてくれていたのだ。  瞬間、想いがあふれて歌が広がる。  スズランは熱くなる胸の内を旋律にのせて歌った。 「むい……力があふれるです!」 「おう、ユイ! 久しぶりだな、やれるか?」 「やれるです! もうわたしは、わたしは羽々斬の巫女キリコなのです!」  ますます猛り狂うドラゴンを前に今、二つの影が一つに交わる。  ナガミツの鋭い一撃が手負いの竜王、その脳天を真っすぐに切り裂く。悲鳴にも似た咆哮が響いた時には、すでにキリコの太刀がその傷を押し広げていた。  バキバキと鱗を散らして甲殻を割り、強引な剣が竜の頭部を左右に両断する。  最後にのけぞり震えた巨体は、轟音と共に崩れ去るのだった。 「やった、です……かあさま、わたしやれたです!」 「ふう、三年もてこずらせやがって」  スズランは、激闘が終わると同時にストンとその場にへたり込んでしまった。  それでも、手に手を取って再会を祝うナガミツとキリコに、不思議と希望がわいてくる。そして、自分の中に気持ちが輪郭を得てゆくような感覚があった。  その夜、カザン共和国は奪還され、ここから人類は反撃の狼煙をあげることになるのだった。