実に三年ぶりに、カザン共和国に人々の営みが帰ってきた。  恐るべき手負いの竜王は討伐され、後続のハントマンたちがマモノを相当する。一般市民も大挙してフロワロを掃除し、次の日の正午には国家としての動きを取り戻した。  メナス補佐官が大統領代行となって、復興が始まったのである。  そんな昼下がりの午後、スズランは日当たりのいいベンチに座っていた。  隣にはナガミツがいて、一生懸命に炊き出しのうどんをすすっている。  逆側の隣では、ニーナが大きなあくびをしながら素材を仕分けしていた。 「はぁ、あったかい食い物なんて久々に食べたぜ……三年ぶりか」  ナガミツは、じっくりとだしを味わうように汁を飲んで、まるで人間のように溜め息をこぼす。そんな彼の手を見て、思わずスズランは自分の手を伸ばして重ねた。  不器用に危うげに箸を持つナガミツの手は、指が何本か欠損していた。  そして、スズランにはもうわかっている……治療の術などない。  ナガミツは人間ではないらしいので、ヒーラーの術も効果が限定的なのだ。 「ナガミツ、三年もの間……おつかれさま」 「ん? ああ、どうということはなかったぜ。俺が眠りに入ったのが何百年前かもわからねえし、それに……絶対にスズランたちは来てくれる、そう思ってたぜ」 「でも、ずっとこのカザンで一人」 「一人じゃなかったさ。エリヤが……ああ、ややこしい話だがこいつはニーナの姉で、同じホムンクルスでな。それに、人間たちもちょくちょく忍び込んできた」  いわゆる火事場泥棒の類だろう。ハントマンくずれとでもいうべき人種の中には、竜災害で滅びた都市にスカベンジャーとして忍び込み、残っている財宝や資産を持ち出すという。そんな人間さえも、ナガミツは守って戦い逃がしていたのだ。  そんな話をしていると、アイテム整理を終えたニーナが箸を手に取る。  彼女は牛丼大盛りに手をつけつつ、呆れたように口を開いた。  スズランは密かに、ガッツリ食べても太らないホムンクルスが少しうらやましかった。 「うちのバカねえが、かあ……お姉ちゃん、今はどこでなにしてんの?」 「いや、それが全くわからん」 「無駄にチートで無敵だけど、忙しいのかなあ。……ちょっと、会いたいかも?」 「はは、そうだな。ここから人類の反撃が始まる。いずれ縁が交わるだろうさ」 「んだね。って、ぷはー! カロリーが身に染みる……あるのが悪い、あるのが悪い」  ガツガツと牛丼をかっこみつつ、ニーナも疲れをにじませている。あれほどの決戦だったのだ、むしろ仲間たちに犠牲者が出なかったことが奇跡に思える。マメシバの未熟ながらも献身的なディフェンス、そしてレオパの合理的な治癒の力に助けられた。  スズラン自身も、今までで一番心を込めて歌ったかもしれない。  それはアダヒメの声に追いつけないまでも、しっかり旋律を拾って支えられたのである。  そうこうしていると、遠くからマメシバが転がるように駆けてくる。彼はレオパやノリト、キリコと一緒にメナスのもとで今後の話し合いをしていたはずである。 「ナガミツッ、スズランも、ニーナも! た、大変だ……家がもらえる!」  一瞬、スズランは言われている意味がわからなかった。他の二人も同様で、皆で小首をかしげる。だが、息せき切って走ってきたマメシバは、呼吸を整え改めて叫んだ。 「このカザン共和国に、僕たち『スノードロップ』とキリコたち『ハバキリ』の家がもらえるんだ!家っていうか、屯所というか、事務所みたいな拠点だよ! それをこのカザンにだよ!」  スズランはようやく、ことの大きさに驚いた。一方でニーナは「ふーん」と牛丼に唐辛子を振りなおしているし、ナガミツも「いいじゃねえか」とうどんをすするのをやめない。  二人にはどうやら、ハントマンとしてカザンに拠点を持てる意味がわからないようだ。  スズランは知っている……小さな幼子の頃から、ハントマンの詩と物語に触れてきたから。 「そ、それって凄いことじゃないですか」 「そうなんだよ、スズラン! このカザンにギルドの拠点を国側が用意してくれる、それって凄く凄いことなんだよ!」 「マ、マネシバさん、落ち着いてください。喜びのあまり語彙力が低下してます」 「いやだって、そうだろう! くーっ、ここからだ。この竜災害、俺たちはできることを頑張ろう!」  マメシバはそれで、両ギルドの代表がその家を内覧してほしいという話を持ってきた。 「うーい、んじゃまわたしが行きますか。ごっそさま、やっぱカロリーだねえ……カロリーは全てを解決するねえ。んじゃ、マメシバ。一緒に行こ?」 「ニーナ!? え、あ、いや、はい! ご案内します。ちらっと見てきたんですが、立派な建物だったんですよ」 「へー、いいじゃん。行こ行こ!」 「あっ、手を……ニーナ、いけません! そんなに手を強く繋いで、握って!」  牛丼のどんぶりをベンチに置いて、ニーナは立ち上がるなりマメシバの手を握った。本人は別に他意もなく、自然なコミュニケーションだったようだ。  だが、マメシバはあせあせと赤くなりつつ、ニーナをエスコートするように歩き出す。  そんな二人が与えられた拠点の確認へと去って、そして二人の時間が訪れる。  スズランは正直、ナガミツに話したいことが山ほどあった。 「ナガミツ、あの……わたしたち、三年も眠りこけてたの。それが今、こうしてまた出会えた」  そう、スズランの失われた三年は、ナガミツの獅子奮迅の死闘の三年である。  今でもスズランは、そのことを想えば胸が痛い。心臓の近くがギシギシと軋るのだ。のうのうと眠っていた自分の三年間で、ナガミツはボロボロになってしまった。最初にあったころよりさらに、ダメージを背負って包帯が目立つような姿になっている。  でも、そのナガミツがうどんを完食して器を置いた。 「気にすることないぜ、スズラン。三年でも十年でも……百年でも、みんな戻ってきてくれる。俺はそう思ってたからよ」 「ナガミツ……」 「フロワロは猛毒、人間を弱らせ邪悪なマモノやドラゴンを活性化させる。このエデンの時代の人間はある程度耐性があるみたいだが……フロワロをなめちゃいけないぜ」  そう、そうなのだ。  あの毒々しい紅い花は、今やエデン全土を包み覆う勢いで増えている。少し落ち着いたら、カザン共和国のハントマンたちは全国に竜を狩る旅へでかけるだろう。もちろん、スズランたち『スノードロップ』も同じだ。  今、エデンの人類はようやく認識し、受け止めた。  竜災害という、宇宙の無慈悲な摂理をだ。  だから、抗うし戦う。  自分たちが家畜という真理そのものに抵抗するのだ。 「そ、それで、ナガミツ……あの、よければカザンで一人だった時の話を。う、歌を作ってみようと思うんです。あなたの……竜斬包丁とまで呼ばれたあなたの歌を」  だが、返事はなかった。  おや? と思った時には、腕組みうつむいたナガミツがゆらりとスズランの肩に身を寄せてきた。彼は、寝ていた。食事を終えるなり、三年分の癒しを求めるかのように熟睡しているのだった。それはマシーンとしてのメモリ整理等のシステマチックなものである。  ただ、この時代のスズランにはナガミツは寝てるようにしか見えないのだった。 「ナッ、ナガミツ!? あの、その、こんなに密着しては!」  だが、眠りに落ちたナガミツはそのまま、スズランのなだらかな肩を枕に眠りこけてしまう。  突然の二人きりに、スズランはびびびと緊張に身を凍らせた。  総身が震えるような、全身の毛が逆立つような緊迫感。  望んではいたけど、それが小さな願いから突然の現実になったのだ。  ナガミツはまるで幼子のように、スズランに身を預けて寝ている。  だから、恐る恐るスズランは手を伸べ、彼の頭を撫でてみた。人間の髪の毛とは違う、放熱ファイバーも兼ねた不思議な完食が手の上に広がる。  午後のひととき、こうして過ごした記憶がのちにスズランの中で永遠になるのだった。