朝日の光と小鳥のさえずり、そしてスープの湯気のいい匂い。  毛布に丸まっていたマメシバは、気持ちよく朝を迎えた。今日もどうやらいい天気で、朝食を用意してくれるレオパが振り向いて微笑む。挨拶を交わして立ち上がろうとして、ふと視界の隅に金髪が揺れる。  隣には、膝を抱えて眠るニーナの姿があった。 「……ニーナさんもテント使えばよかったのに。あ、でも主従の関係を結構意識してるのかな。うん、立派なナイトだものなあ」  寝顔はあどけなく、ともすれば幼女のように柔らかい。静かな寝息を立てて眠るニーナをまじまじと見つめてしまい、思わず見惚れた自分に気付いてマメシバは目を背けた。  だが、そのニーナが突然バチン! と目を見開いた。  次の瞬間には毛布をはねのけ立ち上がる。 「う、うわっ! ……ど、ども。おはよう、ニーナ」 「うーっす、おはよ。ごめんごめん、ちょっと人間み忘れてた」 「へ? いや、それって」 「わたしもナガミっちゃんと似たようなもんだから。でー? なーに人の寝顔見てたのかなあ? マメシバくーん?」  ニヤニヤと笑うニーナから逃げるように視線を逸らせば、奇妙な光景が飛び込んできた。  ナガミツとキリコ、そしてスズランである。  なぜか三人とも、アダヒメの前に正座させられていた。  そして、腕組み仁王立ちのアダヒメが言葉を尖らせている。 「それで? 三人共、自分たちの犯したミスがわかってまして?」  どうやら、昨夜なにかがあったらしい。  三人共縮こまってうなだれつつ、それぞれに口を開いた。 「俺は……思った以上に機能が低下している。まさか、メモリ整理中に殺気に気付かないなんてよ」 「あっ、わ、わたしが悪いんです! その、呑気に夜に水浴びだなんて」 「むいっ! それはわたしが誘ったです。月夜の穏やかな晩だったのです!」  三社は三様に事情を説明し、ジト目のアダヒメに睨まれ俯いてしまう。  小首を傾げつつマメシバが見守っていると、朝食の準備を手伝っていたノリトが説明してくれた。どうやら昨夜、一悶着あったらしい。 「えっ! 真夜中にマモノが? キリとスズランが襲われて!?」  ええ、ええ、と頷くノリトに、思わずマメシバは言葉を失った。全く気付かずに眠りこけていたのだ。しかも、同じギルドのナイトとして、守るべきプリンセスの危機だったのに。  スズランはそんなこと、気にしたりはしないだろう。  だが、ナイトの高みを目指すならばプリンセスを守りたいと思うのは当然だった。 「で、大丈夫だったんですか!?」 「ええ、無事だったからあそこでああしてお説教を受けてる訳です。ねえ、ニーナ」 「わはは、ナガミっちゃんダッサ! ……今後は少し、わたしたちもフォローしないとね」  アダヒメは特に、キリコに関しておかんむりらしい。  一方でナガミツには、むしろ気遣いのような言葉を選んでいる。まるで、数十年来の友人同士のように二人が話すのをよく見るし、それを遠目に見守るスズランのことも気になった。  だが、マメシバは仲間たちの弁明のために歩み出た。 「アダヒメさん! すみません、僕も熟睡してしまって! ナガミツに頼り過ぎてました」 「あら、マメシバ。おはよう、問題はそこじゃないのよ、ね。……まあ、むしろいい兆候なのかもだし、ナガミツはみんなでフォローしつつ酷使していきましょう」 「いやちょっと、ちょっとちょっと、眩い笑顔でそゆこと言わないでくださいよ。酷使っていうか、ナガミツは頼りになるけど」 「以前の彼は、こんなもんではなかったわ。まさしく斬竜刀、狩る者……ま、今の竜斬包丁でもみんなで連携すれば問題ありませんわ」  マメシバの仲介で、やれやれとナガミツが立ち上がった。スズランが続こうとして、脚の痺れでうずくまる。一方で、キリコは背筋を伸ばして正座のままだった。  そのキリコに、アダヒメが静かに問い詰める。 「キリ様。……その拳を振るわれましたね?」 「むいぃ……使ってしまったです。かあさまに禁じられていた、匹夫の蛮勇が如き下劣な闘法。でも、あの時はしかたがなかったです。スズランを守りたかったのです」  話の仔細を聞かされて、マメシバは驚いた。  キリコは、ユイは長い羽々宮の血統の中でも、できそこないの劣等生らしい。その身に巫女の血を受け継ぎながら、それを剣に乗せることができないという。  故に、彼女の実母は自分の実子を遠ざけた。  竜災害が神話の果てでおとぎ話になっても、羽々斬の巫女には超常の力が、絶体の剣聖レベルの剣技が求められた。ただただ世界中の祭事で祝詞をことほぐだけでも、その身は常に常在戦場……だが、ユイはそういう風には生まれられなかったのである。 「……あの子はほんとうに、もう……いいですか、キリ様。巫女として太刀をとることが宿命ではありますが、それは――」 「あー、ちょっと悪ぃ! アダヒメ、そういう面倒な話よりよ、な?」 「そうでもありますが、ナガミツ」 「ま、ちょっと見てろって」  また、ナガミツとアダヒメの距離感がわからなくなる。  ちょっとバグっているというか、本当に奇妙である。男女の仲ではないことははっきりとわかるし、昨夜アダヒメがテントを使わなかったのも謎といえば謎だ。  ただ、確固たる信頼、まるで時空を超えて結ばれた戦友のような絆が感じられた。  正直そういうものにマメシバは憧れるのだが、スズランのこともきになった。  そんな彼の内心を知らずに、ナガミツはキリコを立たせて歩き出す。 「んー、そうだなあ。ああ、これでいいか」 「むい? ナガミツ、わたしは」 「お前は間違いなく斬竜刀だよ。昔そうだった俺が保証する。けどな、その血は羽々斬の剣じゃなくて……ひょっとしたら、羽々斬の拳なのかも、ってな」  そのままナガミツは、キリコを巨岩の前に立たせる。キャンプ地の端にある、どうってことはないただの岩石だ。この山道でどこからともなく落ちてきた落石だろう。だが、小柄なキリコを前に立たせれば、昨夜の熊のマモノよりも巨大に見える。  目をしばたかせるキリコに、突然ナガミツは妙なことを言い出した。 「いいか、キリ。全力だ。全力でこの岩を殴ってみろ」 「そ、それは」 「お前の母親がそんな戦いを嫌っていたのはわかる。けど、お前の力はお前のものだ。国と民を守るのが巫女ならば、迷うな……お前の血の力を俺たちに見せてくれ。本気の、本物の力を」  サムライと呼ばれるハントマンの中には、徒手空拳の体術で戦う者たちもいるという。そのことは知識としてマメシバの中にあったが、あくまで護身術とも言われているし、サムライの真の力は刀に宿るとも聞いていた。  だが、意を決したようにキリコが身構える。  その細腕から放たれた一撃が、目の前の巨岩に直撃した。  瞬間、信じられないことが起きた。 「え、えっ! なんで……あ、いや、聞いたことがあるぞ! キリ、あいつ……」  マメシバは驚愕に目を丸くした。  キリコが全力で殴った岩は、拳の触れた場所に小さなひび割れを残し……その背後の全体が消し飛んだ。打突の衝撃が突き抜けて、後側から壊れ始めたのだ。  誰もが息を飲む中、振り向くキリコがニコリと微笑む。 「……ずっと、一人で鍛えてきたです。あと……本気出し過ぎて腕が折れたのです!」 「わーっ! バカバカ、バカッ! レオパ、ノリトも! 急いで、ホントにポッキリいっちゃってるー!」  マメシバは慌てて駆け寄ったため、気付かなかった。  改めて驚くアダヒメと、妙に納得の笑みを浮かべるナガミツの言葉を。  秘められた才能は強過ぎて、半端に鍛えたキリコには今は全力が出せないのだった。