骨折したキリコを連れて、ナガミツたちは無事に下山した。  前途多難を思わせる山越えだったが、まずは全員の命が無事だったことにナガミツは安堵している。同時に、自分でも思っている以上に機能が低下していることを思い知らされた。  覚醒時にすでに、稼働率は50%を割っていた。  加えて、三年にもおよぶカザン共和国での遅滞戦闘である。  果たしてあと何度、フルパワーコマンドで戦えるだろうか?  だが、微かに見えた希望があって、そこに自分の全てを伝えるべきだと思えている。 「これが運命ってやつかよ……へっ、思ってもみなかった話だぜ。なあ? ガトウのおっさんよぉ」  一人ごちて、朝の青空を見上げる。  雲一つない蒼穹に、不器用な笑みを浮かべる恩人の顔を見た気がした。  ともあれ、一行は無事に街道を下って、小さな村に辿り着く。  サイモン村はのどかな農村で、アイゼン皇国へ向かう前にゆっくり骨休めをするには好都合な土地だった。村民も皆がおだやかで親切で、しかしなにか困りごとがあるという。  こういう時、はいそうですかと素通りできないのがナガミツという男だった。  そして、問うまでもなく仲間たちも同じ気持ちだと信頼が通い合う。 「旅の方々、ハントマンとお見受けしましたが……もしよければ、少しお話をさせてもらえないでしょうか」  その男はシオンと名乗り、宿に逗留中のナガミツたちを訪ねてきた。体格のいいわりに童顔で、眼鏡も手伝って少し頼りない学者肌を思わせる。  だが、彼はなにか不思議な雰囲気を隠していた。  それをナガミツは見破ったが、今は言及しないことにする。  シオンは『スノウドロップ』と『ハバキリ』、両ギルドに仕事を依頼してきた。 「実は、村の近隣にあるゴウガ竹林に、フロワロが大量発生しているのです。そのせいでマモノたちも凶暴化し、もしかしたらドラゴンも棲みついてる可能性があって」 「ふむ、なるほど」  だろうな、とは思ったが一応ナガミツは相手に話を合わせて続きを促す。  今のエデンで、フロワロのない土地など存在しない。強いて言えば人類が拠点とする町や村は安全だが、それでも毎日人員を割いてフロワロの芽を事前に摘み取っているのだ。  シオンの申し出は深刻な話だが、すぐに横やりを突っ込んだのはニーナだった。 「そんなん、アイゼン皇国の武士団に来てもらえばいーじゃん?」  単刀直入に探りを入れながらも、美貌と愛嬌で相手に警戒心をささくれさせないのがニーナという女……いや、男だった。シイナにもそういうとこがあったのを思い出せば、ナガミツは口を挟もうとするマメシバをそっと手で制する。  それでもマメシバは、あまりに実直で真摯な声をあげた。 「ニーナ、ここは俺たちハントマンが動くべきだよ。騎士として、民を守るべきだ!」 「でもさあ、マメシバ。わたし思うんだけど、ここってもうアイゼン領だよね? アイゼン皇国は強大な軍事国家、その武士団の剣士たちは一人で一軍に匹敵する猛者ばかりだって聞いてるよん?」 「それでも! シオンさんは俺たちを頼ってくれてるんだから、すぐに動ける俺たちが」  ナガミツは様子を見つつふと気付いた。  シオンはしばし苦渋の悶えるような表情を見せて、唇を固く噛み締めた。  それでも先程の笑顔に戻ると、どうにか言葉を絞り出す。  なにか事情があるのかもしれないが、目覚めてまもないナガミツにはわからないことが多過ぎた。世界情勢については、改めてアダヒメあたりに教えを乞うしかないかもしれない。  シオンは、取り繕うような笑みで事情を説明してくれた。 「カザン皇国も今は本国が危機でして……なんでも、とても手強い竜に苦戦を強いられているとか。こうした辺鄙な寒村に割いている戦力がないとのことなんです」  その時、そっとアダヒメがナガミツに耳打ちしてきた。  端的に言えば、シオンの言っていることは間違ってはいないという。ただ、正確でもないし、詳細を言えばようするにこのサイモン村は見捨てられているのだ。もとから階級制度が根強いアイゼン皇国では、サイモン村に住むような人間は貧民とみなされ、王の庇護から無視されているのだった。  ナガミツは思わず、惨状をしって口を開こうとした。  つい、声を荒げそうになったその時だった。 「この依頼、受けましょう。皆さん、どうですか? とりあえず動ける四人で、そのゴウガ竹林のフロワロを払うというのはどうでしょう」  意外な人物が発言した。  その声は震えていたし、わずかに上ずっていた。  本人も自分で緊張しているのだろう。  だが、そんな彼女は自分を全力で押し出し、気持ちを正直に告げた。  スズランの一言に、すぐに仲間たちが一つ返事で追従する。 「なら、俺も行く! プリンセスを守るのは、ナイトの本懐だ!」 「しかたありませんね、マメシバ。私も同行しましょう」 「むいっ! わたしも行くです! レオパたちを守るのです!」 「いやいや、キリコ。あなたは残ってください。まず、骨折を治さないと」  賑やかになってきたが、話は固まった。  それで一同はシオンの依頼を快諾し、『スノウドロップ』のメンバーを中心にした選抜メンバーがすぐに出立の準備に入る。  何度も礼を言うシオンは、心なしか先程より警戒心をゆるめたようだ。  それがナガミツには、隠すべきなにかを秘めているなと確信させる。 「むいー、わたしも行きたいのです! 民のために戦うのは巫女の使命なのです」 「はいはい、キリコは私と留守番しましょうね。……まあ、骨はもう繋がってるのが正直ヒーラーとしてびっくりなんですが」 「ミコミコ☆パワーってやつじゃんね? じゃ、わたしも残ろうかなあ」  当然、ナガミツも同行する意思を表明した。  フロワロはマモノを凶暴化させ、竜を呼び寄せる。もしかしたらもう、竹林の奥にはドラゴンが巣食っているかもしれない。だとしたら、斬竜刀の……竜斬包丁の出番だ。 「うっし、俺たちで行くから『ハバキリ』は村に残ってくれ。情報採集と消耗品の補充とかを頼むわ。それと、おいキリ」 「むい? わたしですか?」 「お前意外にキリコがいるかっての。腕が治るまで、毎日100mダッシュ50本、腹筋20回を50セット、腕がくっついたら腕立て伏せも20回50セットだ」  彼女自身も気付いているはずだ。  強い血の力を身に宿しながらも、それを剣に伝える技を持たない。そういう風に産まれているからこそ、直接我が身を剣に……拳に乗せて戦うことでしか異能の血を活かせない。それは野蛮で下卑た戦いだと母親には言われたらしいが、なりふり構ってはいられない。  ナガミツは今、もう自分では使えなくなった技の全てをキリコに継承させようと思い始めていた。 「むいっ! やるです! ……それで強くなれるなら。わたしはなんでもやるです!」 「おう、いい意気込みだ。んじゃま、数日留守にするが、あとはよろしくな」  こうして、骨休めもそこそこにナガミツたちは新たな戦いの場へと旅立つことになった。今になって不思議に思えて、同時にそれが当たり前にも思える。  久遠の時を経て今、ナガミツは恩人のガトウのことを我が身のように感じているのだった。