ゴウガ竹林には、オルグドラゴニスという強敵が潜んでいた。  スズランは仲間たちと話し合って、これを回避、今回の討伐はやめることにしたのだった。マメシバは少し不服そうだったが、レオパの洞察力と分析に論破されると、むしろ積極的に後退するようになった。  もちろん、ナガミツが危険度に敏感だったのは言うまでもない。 「あーあ、もっと強くなりたいなあ。トホホ」  サイモン村への帰路、ぼやきながらもマメシバは前を向いていた。スズランが思うに、この少年の一番の美点は、ポジティブなメンタリティーと素直さだと思う。  それは、ナイトという職業にとっては一番の素養かもしれない。  ともあれ、もう少し自分自身も強くならねばと、内心スズランも焦れるのだった。  だが、レオパは冷静に今後の動向を語った。 「まずは予定通り、アイゼン皇国へ参りましょう。かの国では武具の品揃えも充実していますからね。なにも、肉体を鍛えるだけがハントマンの強さではありませんから」 「そういや、そろそろ鎧も盾も代え時かあ。随分使い込んだからなあ」 「ええ、ええ。……ナガミツも装備を新調してはどうでしょうか?」  レオパの言葉に「ん?」とナガミツが首を傾げる。  彼が使っているのは、武骨で実用度一点張りのナイフだ。どこのものとも思えぬ、出所不明の無銘だが、これが不思議とよく切れる。  名もなき業物こそが、竜斬包丁の正体だった。 「俺はこいつでいい。こいつがいいんだ。まあ、少し防具を見たいがよ」 「そのナイフ、恐ろしい切れ味ですよね。数年経過しても、まったく変わらない」 「手入れもしてるし、その、なんだ。ダチがくれた古代文明の遺産ってやつだな」 「ほう! もしや、幻の合金製……すてんれす、とかの類でしょうか」 「まあ、俺もよくはわからないけどな。……ダチの方が何倍も扱いが上手かったよ」  ナガミツの隻眼が、どこか遠くを見つめるように細められる。  その視線の先に、大きく手を振りながら駆けてくる姿があった。  サイモン村を背に、シオンが全速力で駆けてくる。わざわざの出迎えはありがたいのだが、ふとスズランは違和感を感じた。シオンは恰幅のいい体で転がるように目の前まで来て、ぜーはーと息を荒げる。  呼吸を落ち着けたシオンは、表情こそ笑顔だったが緊張感を感じさせるものだった。 「お疲れ様でした、みなさん。どうでしたか? ゴウガ竹林の様子は」 「ああ、フロワロは駆除しといた。けど、ちょいと手強いドラゴンが居座っててな」 「後日改めての討伐を提案させてください、シオンさん。俺たちは、もっと強くなる!」  マメシバの言葉に、シオンは曖昧に頷いた。  そこもまた、妙な胸騒ぎをスズランにいだかせる。  そして、シオンの次の一言が彼女の疑念を確信に変えた。 「その、他に変わったことはないでしょうか? 例えば、そう……軍の兵隊を見たとか」 「ああー、そういやそうだったな。なんか、リッケンとかいう将軍の部隊に出会ったぜ」  すぐにとぼけたフリをしながら、ナガミツが皆に目配せしてくる。  逆にシオンは、顔面を蒼白にして動揺も露わだった。 「アイゼン皇国の軍が……それも、リッケン将軍が」 「どした? なんか、レジスタンスの本拠地を探してるって言ってたけどよ」 「あ、いえ! なんでもありません。村に戻りましょう。お疲れでしょうし、ゴウガ竹林のフロワロだけでも払えたのであれば、これは大変にめでたいことです」  スズランは戸惑いながらも口を開きそうになり、同じ状態のマメシバを見る。  だが、マメシバは無言でレオパに沈黙を求められ、スズランもそれにしたがった。  どうやら、アイゼン皇国にはこの非常時でも忘れられぬほどの分断が横たわっているらしい。今日会ったリッケン将軍は話のわかる人間だったようだが、どうにもきな臭い。  そんなもやもやとした気持ちを胸に戻れば、サイモン村の人々は純朴な感謝の声で迎えてくれた。 「おお、ハントマンさんたちが戻られたぞ!」 「ほんに、無事でよかったのう」 「ゴウガ竹林はもう、我らでは立ち入れないような土地になってしまったからな」 「なんにせよ、四人共無事で本当によかった!」  村人たちに嘘は感じない。  それに、シオンが隠し事をしているとしても、やはり彼には悪意がないように思えた。  こういう時、田舎娘な自分をスズランはほんのり呪う。策謀や陰謀の類にたいして、耐性も知識も全くないのだ。本で読んだ物語に登場する数多の策略も、記憶にこそ多彩に存在するが、あくまでフィクションの産物でしかない。  そんな時、元気な声がスズランたち四人の前に飛び込んできた。 「みんな、おかえりです! 見てください、骨が繋がったです! 骨折完治なのです!」  それは、すでにギブスを取ったキリコだった。  あとから遅れて、アダヒメやニーナ、ノリトといったギルド『ハバキリ』の面々がやってくる。キリコは治った右手を握って突き出し、それをポン! と軽く片手でナガミツが受け止める。  なんだか兄妹をみてるみたいで、それ以上にも思えたが、不思議と嫉妬は感じない。  アダヒメもそうだが、この謎めいたナガミツなる青年は無数の縁を持っているのだ。  そして、その片隅に自分も並んでいる。  じっと見詰めていると、そのまなざしにナガミツが振り返る。 「ん? どした、スズラン。少し疲れたか?」 「あ、いえ。ナガミツこそ、大丈夫ですか? もう、軽食もおやつもなくて」 「はは、今日はもう業務終了だろ? 夕飯までのんびり昼寝して待つさ」 「細々とした雑務、残務はわたしがやっておきますね。マメシバさんもレオパさんも、少しお休みになってください」  スズランとて、疲労を感じぬでもない。  だが、前衛の二人やヒーラーとして奔走したレオパに比べれば、そこまでの消耗はなかった。ないんだと思うし、実際に守られ戦う中でまだまだ余力が感じられた。  自分はまだ大丈夫だし、仲間たちのためにアイテムの補充や冒険記録の作成も平気だ。  そんなことを思ってると、ナガミツは大きなあくびを一つして行ってしまう。  マメシバとレオパも、互いに耳打ちして頷き合うと、ナガミツの背を追った。 「よしっ、まずは薬品類を補充してて……宿に戻ったら今日のことを記録に残さないと」 「おお、歌劇に舞う乙女よ! プリンセス・スズラン! お疲れ様です!」 「あっ、ノリトさん。そちらはどうでしたか? 少しでも気が休まればと思ってましたが」 「少々探りを入れて、大変なことがわかりました。あとは、ゆっくり休めましたよレディ」 「そうですか、よかった……でも、大変なことって」 「そこはそれ、私が残務整理を手伝いつつお話しましょう! 皆と情報共有の前に、貴女と話すことで私も少し整理したいのです! ええ、貴女の率直な感想など得られれば!」 「わ、わかりましたから、お手伝いはありがたいです。……でも、その、お財布しまってください」  危うくまたカキンされるとこだった。  だが、ノリトはそんな自分を笑い飛ばして財布をしまう。 「記憶こそありませんが、算術や計算は得意です。それに」 「それに?」 「二人でさっさと終らせれば、スズランも休む時間が持てましょう」 「ふふ、ありがとうございます。ノリトさんって親切でいい人ですよね」 「あ、ああ、アッー! そんな、私はただ仲間との共同作業における効率を、アッー!」  スズランは再度、財布をしまうように懇願する羽目になるのだった。  だが、実際にノリトのお陰で冒険後の後処理は全て簡単に終わり、夕食までの夕暮れ時をスズランはゆっくり休むことができたのだった。