アイゼン皇国に到着してすぐ、スズランたちは城にて国王に面会を果たした。  アダヒメが名乗れば、この国ではどこでも顔パスのようである。むしろ、城の誰もがハントマンを……否、古き高家の二人を待ちわびていたように思える。  堂々としたアダヒメとキリコに対して、スズランは少し緊張してしまう。  ナガミツやレオパは普段通りだったが、マメシバはカチコチだった。 「ちょっとー、マメシバっち? 硬い硬い、手と足が一緒に前に出てんじゃん」 「だ、だって、ニーナさん。これから国王陛下と謁見ですよ」 「まあ、そうだけどさ。男の子が硬くしていいのは一か所だけだよん? ほれ、リラックスー、リラックース!」 「ちょっと、ニーナさん!?」  なにやら、今日も今日とてマメシバはニーナにもてあそばれている。彼女が器用に鎧の隙間からコチョコチョとくすぐるので、少しだけマメシバも普段の笑顔が戻ってきた。  そうして奥の間に通されると、玉座の上に一人の老人が据わっていた。  即座にアダヒメが膝を突くので、皆で頭を垂れる。  スズランの頭上に、尊大で威厳のある声が響く。 「ハントマンたちよ、面をあげるがよい。……湯津瀬の姫君、そして羽々斬の巫女よ。よくもぬけぬけと余の前に顔を出せたものだな」  ビクリ! と身を震わせたのはキリコだった。  逆に、アダヒメは当然のように落ち着いて言葉を紡ぎ出す。 「陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう……使命も果たせず申し訳なく」 「フン! なんのための巫女だ。天下泰平の世で錆びたものよな。もはや斬竜刀など過去の遺物にすぎん。が……ハントマンたちよ、そちらはあのカザン共和国を解放した強者と聞いておるが」  平服したまま、キリコの肩が震えていた。  その視線が見詰める先で、このアイゼン皇国の王……ソウゲン王は呆れたように玉座のひじ掛けにもたれかかっていた。そのまま、やれやれと溜め息を挟んで言葉を続ける。 「ようは誰でもよい。フロワロを駆除し、マモノを退け、竜を討つ。やってくれような、ハントマンたちよ。そちらにはそれしか生きる術はないのだしな」 「ッ、ク! う、ううー……むいぃぃぃぃぃぃっ!」  突然、キリコが撃発した。  隣のアダヒメが驚くほどに、激昂の表情……それは大粒の涙を流す泣き顔だった。そのままキリコは、腰の太刀に手をかけ立ち上がる。 「! 無礼であろう! 役立たずの巫女の、その後継者の新たな巫女よ! 下がれ、わきまえよ!」 「むいーっ! かあさまは戦ったです! 巫女の力を失ってなお、みんなのために戦ったのです! それをー、なんでっ! わかってあげてくれないですか!」  周囲の衛兵たちが瞬時に動いた。  思わずスズランも立ち上がった、その時だった。  謁見の間を風が吹き抜け、一人の影がキリコをそっと抱き留める。背後から覆って庇うように抱きしめ、そのまま抜刀を許さなかった。  それは、誰よりも速く動いたナガミツだった。 「放してほしいです、ナガミツ! かあさまは、かあさまは!」 「わかってる、キリッ! だが、今は駄目だっ! お前は母親の意思を継いだのに、母親が死ぬまで守った人間を斬るつもりか!」 「かあさまが、守った……」 「そうだ! 俺もそれなりに羽々宮の血の力にも詳しいが……お前を生んで力を失った人が、ただのサムライとして戦い、戦い抜いて、戦い終えた。お前のその太刀が全てを物語っているだろう?」  ソウゲン王はキリコの発した怒りと憤りに、明らかに気圧されていた。スズランの目にも、玉座からずり落ちそうなほどに腰を抜かした姿が見て取れた。  この人が、国の王。  喪失感と共に、言葉にできない虚無感が込み上げる。  歌にもできない、詩にも乗せられない虚しさが心を満たした。  そんなスズランの前で、ひたすらに平伏してアダヒメが声をあげる。 「どうかお許しを、ソウゲン王陛下。キリ様も、あ、いえ、キリコも先代の母親を失っております。どうか、寛大な御処置を」 「フン! なにが巫女か、斬竜刀か! とんだナマクラよな! 親子そろってそうでは困る……そこな小娘には働いてもらうぞ」  その時だった。  スズランは確かに見た。  隻眼に炎を燃やすかのような、ナガミツの憤怒の光を。  彼はキリコから離れた次の瞬間には、玉座の前に立っていた。  ソウゲン王もまた、向けられた拳を立ち上がって片手で受け止める。老いてなおも頑強なソウゲン王は、武力国家アイゼンを象徴する豪傑だとスズランも聞いている。  ナガミツの発した拳を、なんなく片手で受け止めソウゲン王は叫ぶ。 「無礼であろう! たかだかハントマンごときが! 我が勅命に逆らうつもりか!」 「竜は倒す、叩き斬る! ……けどなあ、じいさん! キリはナマクラじゃねえ!」 「巫女の血を使えないのであろう! 故に母親をあのような……とんだ出来損ないではないか!」 「……もういい、喋るな。殺しはしねえが、許せねえ!」  ナガミツのパンチは見えなかった。同じく、それを立ち上がって手で受け止めるソウゲン王の動きも見られなかった。まさに達人同士、スズランのレベルを超えた埒外の暴力が吹き荒れた。その証拠に、周囲の文官や衛兵は身動き一つできなかったのだ。  その場に控えていた、ただ一人の将軍以外の全員がである。 「陛下、どうかハントマンたちをお許し願いたい。竜の討伐を前に、気が猛っているのです。……是非、そう思って寛大な御心を」 「……ふむ。リッケン公爵か」 「御身はこのアイゼン皇国にあって至高の存在。民のためにも広き心を示して、ハントマンたちに十分な支援と補助を。あの竜を倒せるのは、この者たちしかおりません」  不満を隠そうともせず、ソウゲン王はナガミツを退けて餃子に座りなおした。  強い……この王は高齢に見えても、恐ろしい程に強い力を秘めている。  この騒動の中で、スズランは動けもせず、歌えもしなかった。  そしてそれは、マメシバやレオパ、ノリトも同じ様だった。  そんな中、竹林で出会ったリッケンだけが話を進めてゆく。 「ハントマンの諸君、君たちとは以前にもゴウガ竹林で出会ったな。陛下、彼らの身分は私が保証します。心正しき誠実なハントマン、そしてその腕も私が認めるものです」 「あ、ああ、そうか……リッケン、貴公が言うならばあとは任せよう。余は疲れた」  玉座を立ち上がり、従者を連れてソウゲンは謁見を終えようとしていた。  だが、ふと立ち止まって彼は、衛兵たちに囲まれるナガミツを眇める。 「名を聴いておこうか、ハントマン。余に殴り掛かって、触れられた者は久しい」 「……ナガミツ。斬竜刀、いや……今はエデンの竜斬包丁、ナガミツだ」 「おお、貴様があの有名な竜斬包丁か。人ならざる異形の殺戮人形」 「そうだ。そして、絶えず人の隣に寄り添う者、共に並んで歩む者だ」 「ハッ! ぬかしよる。下賤なハントマン風情が……」  それだけ吐き捨てて、ソウゲンは去った。リッケンがとりなしてくれて、ナガミツも衛兵たちの束縛から解放される。  こうして、歪な形で新たな戦いが幕を開けた。  アイゼン皇国近郊に巣食う帝竜、デッドブラックの討伐作戦が始まったのである。