戦いの火ぶたは切って落とされた。  洞窟に巣食う帝竜、デッドブラックの討伐戦が開始されたのだ。多くのハントマンに加え、アイゼン皇国の正規軍も参戦しての大作戦である。  これまでにない大規模な戦いに、スズランはいつも以上に緊張感を募らせる。  それでも、自分のできることを精いっぱいやるしかないのだ。 「怪我人はこちらへ! その奥は駄目です!」 「ノリト、行き止まりのようですね。そこには」 「中型の竜が居座っますね……それも、そうとうお冠のようで」 「というわけです、ナガミツ。スズランたちを連れて別ルートへ」  洞窟の中ほどがすぐに、緊急の救護室になってしまった。多くの兵士やハントマンが、血まみれで運び込まれてくる。道中は複雑に入り組んで幾重にも分岐し、その奥にマモノやドラゴンが待ち受ける。  この奥は帝竜の玉座ではないらしいが、竜はこれを全て排撃、撃滅せねばならない。 「俺がちょっといってくらあ。マメシバ、キリ、いいか?」 「おうさっ! ナガミツ、背中は任せろよ!」 「むいっ! 周囲の雑魚はわたしが片付けるです」  たった三人で、ナガミツたちは行ってしまった。慌てた様子で患者をスズランに任せて、ノリトがそのあとを追う。スズランはレオパとニーナと、怪我人たちの治療に駆け回った。  そんな時でも、自然と歌が口をついて出る。  その声に誰もが、痛みと苦しみを少しやわらげてくれたようだった。  だが、不意にそんな雰囲気の中で兵士たちが身を起こす。ふらついて倒れる者も、仲間の手を借りて立ち上がった。その瞳は、まるで希望を見出したかのように輝いている。 「リッケン閣下! こちらにおいででしたか! 危険です、外で指揮を」 「なに、アイゼン皇国では部門の出だ。私自らが最前線に立つが道理!」  以前、確かスズランはゴウガ竹林でこの人物とであったことがある。  その名はリッケン公爵。アイゼン皇国屈指の武人で、良識ある人物とのことだった。彼もまた血まみれだが、それがすべて返り血と知って驚く。  彼は兵士一人一人を気遣い、肩に手を置き言葉で励ましつつ近付いてくる。  スズランの前に来た時など、片膝を突いて彼女の手に唇を寄せてきた。 「あっ、あの、あのあのっ! こ、困ります、わたしなんて……なんの力にもなれなくて」 「なんの、プリンセス。貴女の歌にどれほどの兵士が救われましょうか」 「えぇ、そ、そんな……」 「ハッハッハ、なに、ちょいと気取り過ぎましたな。改めて、ありがとう。ルシェの少女よ」  気恥ずかしいが、とても嬉しかった。  スズランは自分の歌で助かる命を知り、その感謝の言葉を聞いた。だが、そのために歌うのではない……ただスズランは、憧れたハントマンとして、ただ一人の名もなきプリンセスとして歌うのだ。栄誉や名声はいらない。  それでも、周囲がスズランの歌に安堵してくれることが今はありがたい。  そんなことをしていると、不意にレオパが前に出た。彼は完璧な礼節にのっとった態度で膝を突き、リッケン公爵を見上げて静かに声を凍らせる。 「僭越ながら、閣下。これはチャンスです。閣下のお考えの計画にとって、最大のチャンスかと」 「そなたは……確か、レオパと申したな。よい、同じ死地を戦う者同士、そのような恐縮は無用だ」 「では、失礼して」  レオパは立ち上がると、周囲を見渡し言葉を選んだ。 「閣下、今こそ動けるものを総動員し、アイゼン皇国でレジスタンスたちと合流、速やかに政権を掌握されるべきでありましょう」 「……ほう? 貴公、自分でなにを言ってるのかわかっておろうな」  抜剣の音と光が、レオパの喉元に突きつけられる。  スズランにはその動きが全く見えなかった。  そしてレオパは、全く動じずリッケンを見詰めている。  一本の線に収斂された視線と視線が、互いの思惟を通わせていた。  すくなくともスズランには、互いを試し合っているように見えたのである。 「閣下は御存知のはずです。今なら城の警備は手薄、すぐにシオン氏と連携し……ソウゲン王より政権を奪還すべきです」 「……知っておったのか。それをどこで」 「今は語らずともいいでしょう。今この瞬間は、これをいかに、です」 「ふむ……!」  スズランには意味がわからなかったが、隣でそっとニーナが耳打ちしてくれる。  ようするに、彼女の……彼女としか思えぬ彼が言う話はこうである。  実はリッケン公爵は、サイモン村のシオンと共に遠大な計画を企てていた。それは、シオンたちレジスタンスとともに、王政を転覆させ、貧民街の民を救うことである。 「しかし、シオンとは連絡がまだ取れておらん」 「そこは私が出向きましょう。ニーナ、護衛をお願いしても?」 「いーよん? わたし、イケメンのお願いは断らないし」  あっという間に、そこかしこで呻いていた兵士たちが立ち上がった。皆、レオパやノリトの治療を受けたばかりの死兵である。中にはもう、腕や脚を切断するレベルの大怪我をしている者もあった。  皆、意気軒昂の叫びと共に武器を掲げる。 「今こそリッケン将軍の……いや、リッケン王のために起つべし!」 「貧民たちを解放する時はいまぞ! 国とはそれすなわち、民!」 「自分も貧民街の出です! 軍に入れたのもリッケン将軍のお陰……命を捨てるは、今!」  リッケンは重々しく頷いた。  彼の目に強い光が灯る。  そして、この時初めてスズランは気付いた。 「あっ! アダヒメさんが、アイゼン皇国で少し用事があるって……もしかして」 「ほう? プリンセスは湯津瀬のアダヒメ殿を御存知か」 「は、はい……今朝早く、なんだか野暮用があるといって」 「フッ、そうか……国盗りも野暮といえば野暮、私の忠節もここまでと思うとな」  だが、と言葉を切って、リッケンは地に濡れた剣を天高く掲げた。 「動ける者は我に続け! 動けぬ者は警戒しつつ後退、退却して後に援軍を待て。レオパとやら、頼めるのだな?」 「はい。すぐにシオン殿とレジスタンスをアイゼン皇国へ」 「アタシの脚なら、レオパを背負って一時間ってとっかなー?」  その時、絶叫がビリビリと地底を震えさせた。  断末魔の声が響き渡り、そして静寂の闇から勇者たちが戻ってくる。 「楽勝だったのです! むいっ!」 「そうは言うがなあ、キリ」 「そうですうよ、キリコ。その太刀はもう限界です」 「あと、治療する側の手間も考えてほしいですね、フッ!」  名もなきドラゴンを誅して、ナガミツたちが戻ってきた。  そして、ノリトはこの場で残る怪我人たちの手当てに専念するという。  スズランはナガミツやマメシバ、キリコと共に、さらなる別ルートの奥、奈落の深淵にも似た洞窟の奥へと駆け出すのだった。