アイゼン皇国の王宮は騒然としていた。  ほぼ全軍がドラゴンを討伐すべく、ヒヨロン神水洞へ向かったはずだ。  だが、その一部が……リッケン公爵の率いる最精鋭が城へと戻ってきたのだ。勝利の凱旋ではない。自らの忠義を義侠心が上回り、真の意味で国を救うための決起だった。  こうなることをアダヒメは予想していた。  御膳立てしたと言ってもいい。  だから今、足早に玉座へと急ぐ。 「あ、あの、アダヒメ様……本当にこれでよかったのでしょうか」  あとを追ってくるのは、この国の第三皇妃だ。彼女は二人の姉に比べて寡黙でおとなしく、以前からアダヒメとは親交があった。いつも第三皇妃は国を憂いて、民を……特に貧民街の民の惨状に心を痛めていたのである。  しかし、そんな彼女を行動に駆り立てたのはアダヒメの説得だった。  今、アイゼン皇国は生まれ変わらなければいけない。  竜災害が襲い来る中、再び世界が一つになる必要があるのだから。 「大丈夫でしてよ。いずれはこうなる運命……今が好機ということですの」 「し、しかし、アダヒメ様。あまりにも恐れ多いと申しますか」 「国は国土、そして国民。王などというものはそれを正しく導く標にすぎませんわ」 「……でも、ソウゲン陛下は機械ではありません。統治のための装置ではないのです」 「だから困るのです。機械ならば間違いは犯しません。人間だからこそこうも……!?」  進む先に衛兵たちがガシャガシャと鎧を鳴らして駆けてきた。あっという間に玉座の間への道が閉ざされる。必要最低限の近衛兵、いわゆるソウゲンの親衛隊だ。  だが、槍の穂先を向けられてもアダヒメは歩みを止めない。 「止まれぃ! いかな湯津瀬の姫君といえど、ここから先に進むことはまかりならん!」  彼らはデッドブラック討伐に選ばれなかったことで安堵していたし、だからこその油断もあったのだろう。アダヒメの登城に慌てておっとり刀で駆けつけたのである。  そんな兵など、物の数ではない。  ざっと見て百人前後、しかしアダヒメの歩みは止まらない。 「お下がりなさい。忠義心はお見事ですが、仕えるべき王を間違いましたね」 「なにをっ! 湯津瀬の行かず後家が! ここは通さんぞ!」 「第三皇妃様!? ま、まさか、貴女様までこの反乱に加担を?」  兵士たちの動揺は露わだった。  そして、アダヒメは驚かされた。  思った以上に、第三皇妃が気丈で芯の強い女性だったのだ。 「皆様、ご苦労様です。ですが、どうか道を開けてください。わたくしたちはどうしても、ソウゲン陛下に会って話さねばなりません。……もう、皆様も気付いているのでしょう?」  第三皇妃は切々と語った。  増税に次ぐ増税、膨れ上がる軍事費と特権階級の利権。  貧民街には流行り病が蔓延し、誰もが今日のパン一つ求めても得られない。  そんな中で、ソウゲン国王はひたすらに保身に走り、その暮らしは贅沢を極めた。民の悲鳴を無視して、一部の王侯貴族たちが国を掌握していたのである。  だが、それも今日で終わりだ。  終らせねばならぬとアダヒメが語った時、第三皇妃は立ち上がったのだ。 「今、ハントマンの皆様が命がけで戦っています。必ずや、帝竜デッドブラックは討伐されましょう。しかし、それで国が、世界が平和に戻るのでしょうか? この国は、平和と言えるものだったのでしょうか!」  誰もが押し黙って、俯く。  そんな中で、革命の空気をより熱く燃え滾らせる声が響いた。 「皆の者、剣を収めよ! 我らはアイゼンの武門の出、戦うべき敵を誤まるでない!」  リッケン公爵だ。彼はマモノやドラゴンの返り血に塗れていたが、その膂力は全く衰えを見せない。見上げた胆力の持ち主だと、アダヒメは愛用の鞭を手に取った。 「デッドブラック討伐の間隙を縫っての反乱、お国の一大事……貴方たちの王は今、どこにいますか? どこでなにをしているのでしょう。武の国アイゼン皇国の王が、ハントマンや兵たちに戦わせて、どうしているのかと聞いています!」  重々しい静寂と共に、面前の兵士たちが左右に割れた。  アダヒメは第三皇妃やリッケン公爵と共に玉座の間へと進む。  そこには、二人の皇妃がヒステリックに叫ぶ中……威風堂々と玉座に身を鎮める王の姿があった。そこに動揺や混乱は見られない。  リッケン公爵の蜂起によって、落城寸前の城主にしては不遜なまでに強気だった。 「来おったか、湯津瀬の。それでなんじゃ? このワシを除いて国を盗るか」 「否っ! 陛下にはご隠居いただきます。この国は盗られるのではなく、民へと返されるのです。それのみを地の湯津瀬は支援し、後押しするのです」 「ただの古き血が、我が覇道を遮るというのか!」 「血統ではありません……貴方は民の総意を無視し過ぎた。その傲慢な驕りが今日の乱を招いたのです。わかりませんか? この竜災害の中にあってさえ、人間としてあつかわれぬ貧民街の声が」 「馬鹿馬鹿しいっ! 税を収めぬ民になんの価値があるのか!」  ソウゲンはゆっくり立ち上がると、控えの従者から剣を受け取る。鞘走る白刃の輝きに、アダヒメも鞭を構えた。第一皇妃と第二皇妃は、持ち出す財産を互いに争いつつもアダヒメに言葉の刃を突きつける。 「この売国奴、売女がっ! 妾たちのなにが悪い! そう生まれて育っただけのこと、それは民も兵も同じではないか!」 「そうじゃ、まっことそうじゃ! 落ちぶれた旧家の女が出る幕ではないわ!」  だが、アダヒメはソウゲンだけを見て身構える。  ソウゲンもまた、武の国を統べる王としての力を解放する。圧倒的なプレッシャーの中で、アダヒメはできるなら逃げたいと思う中で前に出る。  今、この瞬間も仲間たちがドラゴンと戦っている。  自分にできることは、この国の癌である王を退位させることだ。  命までとはいわない、竜災害のさなかで人同士が殺し合うなど絶対に許容できない。昔、昔、大昔……そうしてムラクモ機動13班を率いた少女のことが脳裏をよぎった。  古くからの友人、永遠に分かれた今も親友だった、 「ソウゲン王、御覚悟! 武人なれば、力で押し通りますわ!」 「小娘があ! アイゼン皇国の王、それすなわちアイゼン皇国一のつわものなり! 覚悟をするのか貴様のほうだ!」 「覚悟なら、数千年前にとっくに。……いざ、尋常に!」 「な、なに!? 数千年前……そなたは、湯津瀬は! いや、天地の両家、羽々宮は!」 「友に誓った世界の平和。このアイゼン皇国もまた、その世界の一部! その中心に巣食う病巣、取り除かせていただきましてよ!」  勝負は一瞬だった。  踏み込みからの斬撃は音を置き去りに、ソウゲン国王を疾風へと変える。  だが、アダヒメの鞭は地を這う毒蛇のごとくそのスピードを殺していた、ソウゲン国王の脚に絡みつくと同時に、互いの重心が激変する。アダヒメは最小限の力で、最大限の一撃を跳ね返した。相手の勢いを利用して、その反動で足元をすくったのだった。 「ぬおっ! くっ、こうも簡単に……殺せ。余は生き恥など残さぬ!」 「明日を生きたい民のために立ち上がったわたしが、今日の王を殺すとお思いで?」 「……くっ、もはやこれまで。リッケン、貴様にも裏切られるとは、ワシも焼きがまわったというものよ。……好きにせい」  この日、アイゼン皇国に政変が巻き起こった。  ナガミツたちの生還を祝う民に、貧しき者も富める者もいなかった。奇しくも、デッドブラックを討伐したことでアイゼン皇国の安全は保障され、その内部で起こった戦いはアイゼン皇国をより一つに近い形へと後押ししたのだった。