――帝竜デッドブラック、殲滅。  同時に、アイゼン皇国はソウゲン王の退位で新たな時代を迎えていた。  仲間たちと共にナガミツが凱旋すると、街の中は状況が一変していた。貧民街の民が解放され、そこかしこで炊き出しの食事にありついている。衣食住、その全てをアイゼンの民は貧民たちとわかちあう道を選んだのだ。  アダヒメが有言実行で体制をひっくり返してしまったのである。 「むいっ! みんなイイ顔してるです。やはり国とは民、なのですっ!」 「はいはいキリコ、動かないでくださいね。その両手を今、手当しているのですから」 「ありがとうです、レオパ。……気が付いたです、怪我してるのです!」 「ふふ、なにをいまさら。さ、これで止血は大丈夫です。それにしても」  レオパが目を見張るのも当然だ。  アイゼンという一つの国家が、生まれ変わった瞬間だった。  すぐにナガミツたちのもとに、一人の兵士が走ってくる。正規軍の軍服は激戦の流血で濡れていたが、包帯姿の彼は表情も明るく意気揚々としていた。 「ハントマンの皆さん、リッケン閣下からの伝言を預かってきました!」  兵士はナガミツたちの前で一度、両膝に両手を当ててうずくまるように呼吸を整える。そして、続けてのメッセージをハキハキと伝えてくれた。 「リッケン閣下は旧体制を見直し、国王を中心とする政治形態をゆっくり丁寧に解体するそうです。あとは、ミロス連邦やカザンのような国造りをしたいと!」 「へえ、そいつはよかったじゃねえか。……ッ、グ!」  笑顔の兵士が小首を傾げた。  それは、ナガミツが自らの損傷を察知した瞬間だった。痛みはない。痛みではないパルスが全身の回路を駆け巡る。激戦の中でまたナガミツは、自分の保証期間が縮むのを感じた。それを命といえるかどうかはもう、疑問には思わない。  命のようなものだよ、そう言ってくれた少女の記憶は数千年経っても鮮明に蘇る。 「で? とりあえず我々は今後どうしましょうか。一度、カザンに戻るのも手ですね」 「あ! それなんですが、ハントマンの皆さん。リッケン閣下が、是非ミロス連邦経由でカザンに戻って……そこから、プロレマに飛んでほしいとのことです!」  その名は、学術都市プレロマ。このエデンの時代で最先端の技術と科学を有する世界の最前線である。そこに赴く意味を、兵士は期待と感動の声で話し続けた。 「今、この竜災害を前にして世界は一つになるべきです! そのためには、プレロマを通して世界各国に呼び掛ける必要があるんです。……おや? そちらの方、どうしました?」  ふと見れば、ノリトが両肩を抱いて震えている。  そういえば、彼がプレロマ出身の人間だったとノリトは思い出した。  エデンのノリトは、ナガミツもちょっと引くくらいに東京のノリトに似ていた。恐らく、遠い血の繋がりで結ばれた子孫なのだろう。それにしても、似すぎている。  ノリトは音楽とサブカルチャーを愛する、ちょっと気取って格好つけた若者だった。キジトラといつも一緒で、ナガミツにとっては悪友の悪友、そしてまさしく直接の友だった。そんな彼の面影が、目の前で少し表情をかげらせている。  思わずナガミツは、ドン! とノリトの背を叩いた。 「気になんのか? ノリト。プレロマって、お前さんの故郷だろう」 「あ、いや、俺は……わ、わわっ、私は大丈夫です。問題ありませんが」 「問題ないってツラかよ。まあ、みんなで一緒に行くから少し落ち着けって」  故郷になにか、やましいことや後ろめたいことがあるのだろうか? だが、レオパもマメシバも「さもありなん、ですよ」「そうだぜー、むしろ故郷に錦を飾るくらいの気持ちで丁度いいよ」などとノリトに寄り添ってくれてる。  バツが悪そうなノリトも、引きつりながらもようやく笑顔を見せてくれた。 「いえ、ちょっと、その……よくない思い出が多いものですから」 「あー、いわゆる黒歴史的な? 確かにノリトだと山ほど黒歴史ありそうだねぇん」 「ニーナ、それは違うんです! 違う……くも、ない、けど、微妙に違うんです!」 「いーよいーよ、若気の至りじゃん? で、アタシもカザンへの一時帰国は賛成」 「フッ、記憶はなくとも歴史はある……イッツ、ブラックヒストリー」  ノリトをコロコロと転がしながらも、ニーナの眼は真剣みを帯びて輝く。 「一応、一段落ってことでカザンにもどろっか? あそこ、わたしたちの家もあるんだし!」 「そうだな、んで……プレロマってな、どんなとこだ? カザンからどうやって?」  あとからやってきたアダヒメが、かいつまんで説明してくれた。  プレロマとは、学徒の集う科学の都市だ。それ自体が一つの国家規模の組織である。遥か数千年の彼方に古代文明が消えても、その残滓を拾って守る者たちがいるのだ。  そして、アダヒメはぐるりと仲間たちを見まわしてからゴホン! と咳払い。 「わたしたちはこれから、この世界を一つに束ねて竜を討ちます。今こそ――全ての竜を狩り尽くす時!」 「世界を、一つに?」 「ええ、ナガミツ。かつてわたしたちが一丸となったように」 「総力戦かよ、でも……あ、いや、そうか。そのために俺は、俺たちはいるんだったな」 「そういうことです。アイゼン皇国は内外の混乱を収めるために少し時間がかかります。ですから……会いに行きましょう、あの女へ」 「あの女?」  プレロマで、ナガミツのよく知る者たちが待っているという。  それだけ言うと、アダヒメは兵士たちに事細かに伝言を託して歩き出した。  つられてキリコやナガミツといった仲間たちも歩き出す。 「そいや、この近くにポータルあるかも。帝竜も倒したし、電源が戻ってれば使えるじゃん?」 「ニーナ、まずはミロス連邦に寄ります。旅路の護衛、引き続きお願いできますね?」 「んにゃー、徒歩かあ。めんどーい」 「エリヤとは連絡が取れないのですか?」 「おねーちゃんはほら、フリーダムだから。あらゆる意味で」 「……戦力は少しでも多い方がいいのですが」 「そのうち生えてくると思うよー、フリーダムに」  こうしてレオパたちはアイゼン皇国をあとにする。世界屈指の軍事大国は、政変と竜災害でしばらくは再起不能だろう。  だが、牙が折れて爪が削がれても、この国には唯一輝く平和の希望がある。  立ち上がるだけの力があれば、その先へ進めるのが人間だとレオパは信じていた。  それに、個人的にはプレロマにも興味はある。  医術を中心に知を集めるレオパにとっても、いつかは訪れたい場所だった。 「学術院……そして、その全てを統べる女性。なかなか楽しい旅になりそうですね」  この日、エデンの歴史は新たな時代へと舵を切られた。  三度目の竜災害が過去前例のない驚異的な獰猛さで星を紅く濡らしてゆく。人の血と、フロワロの花びらとで。その渦中で今、人類は不条理に絶滅させられそうだった。  そんなことを思っていると、不意にアダヒメが歩を止める。 「それはそれとして! よくて? スズラン」 「えっ? あ、いや、その」 「竜は倒され暴君は退場したわ。今こそ歌う時……ついてこれるかしら?」 「ッ! ……歌います! わたしっ、自分を物語にするより、回りの人たちを物語にしたいからっ!」  アイゼン皇国の城門で振り返ったアダヒメとスズランは、手に手を取って祝祭を歌う。この日、竜が死んで国が生まれ変わったのだ。プリンセスとして、アイゼンの地を去る前にできることは一つしかない。やるべきこともただ一つ、だからレオパは静かに胸に手を当てた。  誰もが犠牲者と過去を痛みながら、二人の歌姫が奏でるハーモニーに涙する夕暮れだった。