ミロス連邦を経て、スズランたちはカザン共和国に戻ってきた。  ちょっとした英雄扱いで迎えられ、凱旋という雰囲気でひたすらに恐縮してしまった。今も少し恥ずかしくて、自室の窓を開けると外におっかけの少年少女たちが見上げてくる。  彼ら彼女らもまた、未来のハントマンになるのだろうか?  きっと、スズランたちを超えてゆく可能性、未来の希望なのだろう。 「うぅ、でもちょっと……恥ずかしいよぉ。……あら?」  ふと、庭に目を落とすと元気な声がこだましていた。  集まった子供たちも、どうやらその場の二人に、その舞い踊るような手合いに熱視線を投じているようだった。  激しい稽古で火花を散らすのは、ナガミツとキリコである。  珍しくナガミツは、徒手空拳の素手で相手をしていた。 「むいむいっ! あ、当たらないです。ナガミツに拳が届かないのです!」 「まだ身体が太刀の間合いで動いてるからだ! もっと踏み込んで来い、キリ!」 「むいーっ!」 「まあ、そうやって真っ直ぐ突っ込んでくると、あっさりこうなるんだけどよ」  神速の踏み込みで、キリコが影をも置き去りに肉薄する。  だが、その勢いをそのまま反転させて、ナガミツはさばいて流しながらブン投げた。大の字にキリコが地面に叩きつけられると、観客たちから感嘆の声があがる。  すぐに立ち上がるキリコも、瞳にやる気をみなぎらせていた。 「むいっ! 分かった気がするです」 「おーし、もう一本いくか。こいよ、キリッ!」  まるで、二人はダンスを踊るように拳を交え、蹴りを回す。  ともすれば演武のような、しかしそれは本気の一撃が飛び交う乱稽古だ。  あれだけの激戦で帝竜デッドブラックを討伐した、その疲れが全く感じられなかった。  周囲の観衆たちも、口々に驚きの声を発している。 「あれが新しい羽々斬の巫女か……か、可憐だ」 「でも、大丈夫か? 頼りないっつーか、一子相伝の剣技が見れると思ったんだが」 「いや、あれは竜斬包丁がすげえのさ。パワーは巫女の方が上だが、それを受けるナガミツのテクニックもなかなか」 「うおお、どっちも頑張れー! くそう、早く俺もハントマンなりてー!」  まだ、キリコの拳は拙い。  必要最低限の武術しか体得していないスズランでも、はっきりとわかるくらいには未熟だ。そして、ナイフを持たぬナガミツもまた、普段よりずっと攻撃力を抑えている。  だが、ナガミツの体術、体さばきは熟練の達人を思わせる鋭さだ。  苦し気な表情を時折見せるものの、まだまだナガミツの方が一枚上手の様子だった。 「ハァ、ハァ、さすがにちょいとキツいぜ。……そら、これでまずは終いだ」 「むいっ? あわわ、ふわーっ!」  またしてもナガミツは、キリコの直線的な力を円の動きでいなした。  自分の力はほんの少し、ほぼ全てがキリコの膂力を反転させたものだった。  キリコも息切れしたのか、大地に叩きつけられて動かなくなる。  それでも、薄い胸を上下させる彼女は笑顔だった。 「あ、ありがとうです、ナガミツ。また色々教えてほしいのです」 「おう、まずはフィジカルだぜ? あとそうだな、空手、柔術、骨法、八極拳……まあ、知ってる型は一通り教えてやる。……もう、俺には使えない技ばかりだからな」  実は先日、羽々宮の家に世話になった時少し調べてみた。古い古い文献の中に、ナガミツと思しき人物の記述があったのを覚えている。すでに神代の刻となって去った、旧文明の時代……当時の巫女キリコと共に戦った斬竜刀。竜殺剣を託された救世主を守って、数多の竜を屠ってきた機械の拳士の伝説だ。  もっとも、あまりにも記述が曖昧な上に、おとぎ話レベルなので真偽のほどは不明だ。 「はるか太古から、人類は竜災害と戦ってたんだ。そして、ナガミツはそんな人たちに寄り添ってきた」  窓辺に頬杖ついて、改めてスズランはナガミツたちを見下ろす。  手当を担当するレオパやノリトの話によれば、ハントマンたちの医術や薬品では、あまりナガミツの傷を癒すことは難しいとのことだった。ちょっとずつ、ほんの少しずつ竜斬包丁ははつれて砕け、キラキラと散ってゆく。  その痛みと苦しみをちらりとも見せぬナガミツを、スズランは歌で支えたい。  強い想いがしかし、確かにナガミツの中に一人の少女を感じていた。 「……いいんだ、わたしはそれでも……ナガミツを、みんなを歌いたいんだ」  ひとりごちて、ふと窓辺を離れようとしたその時だった。  突然、庭の方がにわかに騒がしくなる。  竜討伐の冒険譚をねだる子供たちに、ナガミツもキリコも圧倒されているところだった。 「ねえねえ、巫女様! どうして巫女様は太刀をはいていないの? おてて、痛くない?」 「わたし見たよ! このカザンを取り返してくれたんだよね、この間!」 「馬鹿だなー、竜斬包丁はそのずっと前から、このカザンを守ってたんだぜ?」  さすがの二人も、子供たちの物量作戦にはたじたじとしているようだった。もともとナガミツは寡黙で物静かなたちで、子供たちに物語を聞かせてやるような性分ではなさそうだ。キリコにいたっては、巫女様巫女様と子供たちに囲まれて頭から煙が出ている。  開けっぱなしだったドアから声がしたのは、そんな時だった。 「ふふ、出番じゃなくて? スズラン」 「アダヒメさん。え、でも、わたし」 「ちょっと行ってきて、一曲歌ってあげなさいな。わたしはちょっと、プレロマ行きの手配で忙しいですし」 「わ、わたしがですか!?」  あの日の激闘を覚えている。  それはすでに、旋律に並ぶ言の葉となって詩を紡いでいた。  少し気圧されたが、今はもう昔のスズランじゃない。  気弱で内気で引っ込み思案、そんな自分から一歩を踏み出しているのだ。その一歩は小さくても、次の一歩に続いている。その先をゆく背中を支えるために。 「……ちょ、ちょっとだけなら。わたしっ、歌ってきます!」 「その調子よ、スズラン」 「そのかわり、あの……」 「ええ。いつかわたしが歌いましょう。かつてのナガミツたち、狩る者たちの歌を」  身だしなみを整えると、スズランは部屋を飛び出した。  急いで階段を下りて、リビングを横切る。  他の仲間たちもめいめいに休養を取っていたが、そんな彼らと挨拶を交わして、そして外へ。一度止まって呼吸を整え、庭の方へと回る。  そこはもう、歌姫を待つステージに無数の観客があふれかえっていた。 「あっ、スズランです! た、助けてほしいのです! 母様と違って、わたしはこういうのは初めてで、正直混乱してるのです!」 「同感だ、ってか……英雄譚ってな、自分で語るもんじゃねえしよ。俺だってガラじゃねえ」  一騎当千、さすがの竜殺しでも子供たちの相手は苦手らしい。  そんな二人に、笑顔で頷いてスズランは歌い出す。  音に歌われし斬竜刀、その蘇った伝説の始まりを。  このエデンの明日のため、身を削って戦うハントマンたちの叙事詩を。