澄み渡る蒼穹の彼方へと、船は飛ぶ  メナス補佐官が用意してくれた飛空船は、雲海の中へと徐々に高度を落としつつある。  先程からスズランやキリコは、空飛ぶ船が珍しいのか甲板で少しはしゃいでいた。  ナガミツにとっては珍しくはないが、エデンの科学文明の発達度を知るにはいい機会だった。そして、白い闇の中を抜けると、眼下にエデンの大地が広がる。 「スズラン、見るです! 大地が真っ赤なのです!」 「あっちの森も……凄いフロワロの数」  ちらりと見たが、かつての名を忘れた母星は今、紅蓮の徒花に飲み込まれようとしていた。ナガミツたちが戦って倒した竜など、まだほんの少しでしかない。  改めて見下ろし、ナガミツも真っ赤な地面に言葉を失う。  旧文明を忘れてなお、人類は生きてきた。  その全てが、竜災害の悪意に塗り潰されていこうとしている。 「こいつはひでえ……南の方はこんなことになってたのか」 「大丈夫だって、ナガミツ。俺たちみんなで一つずつ潰していこうぜ」 「ん、そうだな。マメシバは驚かないのか?」 「レオパから話は聞いてたからなあ。でも凄いじゃないか、ノワリーさんのこの船!」  マメシバがどこか不敵に笑うので、ナガミツもニヤリと唇を歪める。  そう、まだ旅は始まったばかりである。  これから再び世界を一つに束ね、全人類の力で三度目の竜災害を克服するのだ。たとえその旅路が命を削ってゆくとしても、ナガミツに迷いは全くなかった。  だから、身を切る寒さの中でナイフを抜く。  気付けばマメシバも盾と剣を構えていた。 「みんなっ! マモノたちのお出迎えみたいだ」 「機関室だけは死守しなきゃな。俺たちこのままじゃ墜落しちまう、ぜっ! と」  ナガミツが瞬時に跳躍し、マストに群がるマモノを切り裂く。その反動で次の目標へと、まるで八艘飛のように肉体を酷使した。  ギシリと軋むような体内のパルスの乱れ。  どうしても反応にワンテンポ遅れる肉体の可動。  だが、大型猛禽類のマモノがつぎつぎと撃墜されていった。 「みなさん、回復を! このマモノはマンダラファン。危険度は低いですが、数が多い!」  レオパの声を繋ぐように、スズランの歌が弾けて広がる。  強風の中でもかすかに、そしてしっかりとメロディがナガミツたちに届いていた。  船室で休んでいたノリトやニーナ、アダヒメも姿を現す。 「ニーナ! 機関室を守ってくれ。こいつらは俺たちで片づける!」 「うーい。鉄壁ニーナちゃんにお任せだぞ?」 「では、わたしも歌いましょう。翼を持つ者よ……道を開けなさい!」  あっという間に船上に戦いの舞台が広がってゆく。  レオパの言う通り、一匹一匹の強さは問題ないが、数が多い。圧倒的な物量で今、飛空船は殺意の鳥かごに閉じ込められようとしていた。  そんな中でナガミツが宙に舞えば、小さな影がその隙をフォローしてくれた。 「むいっ! ナガミツ、背中は任せるのです!」  キリコの拳と蹴りが、無数の羽毛を雨と散らせる。  その中でナガミツは、懐かしい過去の思い出を脳裏に浮かべていた。  あの時も、いつもいつでもキリコが共にいた。  仲間たちがいて、なにより隣にあの人がいてくれた。  一瞬の追憶を振り払うように、ナガミツはナイフを振るう。  そして、一人の少女の新たな成長をまじまじと見せつけられた。 「こういうのも覚えたです! 遠くの敵にも、むいーっ!」  キリコの拳が空を切る。  そして、その先で離れた場所に断末魔が響いた。  ナガミツも驚く、それは武術の奥義だ。 「へえ、遠当てかよ。やるじゃねーか、キリ!」 「だんだんわかってきたのです。拳の間合い、わたしの距離が!」 「ま、あとは何度も言うけどフィジカルな? ハントマンは体力勝負だぜ」 「むいっ!」  二人の連携が、次々とマモノを撃ち落としてゆく。  だが、やはり戦いは数だった。  黙々とマモノを処理していたニーナが、平坦な声で簡単にギブアップした。 「あ、これ駄目なパティーンじゃん? 墜落するぞいー」 「ちょっとちょっと、ニーナ! なにやってるんですか!」 「孤軍奮闘するも、機関室から火が出ちゃったんですよー、ノリト君」 「うわあああ、水! 水で消化! 誰か氷の魔法を……って、メイジがいなーい!」  船員たちも戦いながら、必死で消火作業を始めた。  しかし、黒煙をまき散らしながら飛空船は高度を落とし始める。必死で舵を切るノワリーの悲鳴も、鳴き叫ぶマモノの絶叫に飲み込まれてゆく。  それでも、スズランの声は聴こえていた。  震える声で、歌は響いていた。  その旋律を支えるように、アダヒメの詩が広がる。  まだ誰も諦めてはいない。  ナガミツにいたっては、諦めることを許されてはいないのだ。 「高度がどんどん落ちる。キリッ! さっきの技だ、甲板の床を突き通して地面を殴れ!」 「むい!? そ、それは、どうやって」 「遠当ての応用だ! 拳に宿った血の力を、置いてくる、置いておく。間に遮蔽物があっても、今のお前ならできるはず! つーか、やってみろ! できる!」 「むいっ! 船底の向こうへ……置いてくる。船を壊さず、地面を……見えたっ!」  甲板に着地したキリコが、小さくポンと床に拳を当てる。  瞬間、ふわりと小さな浮力が足元を襲った。  本当にささやかなその一瞬を、決してナガミツは見逃さない。不自然に減速した飛空船は、マモノの群を抜けて大地に不時着した。  その瞬間に、わずかに追いかけてくる敵意へと置き土産のトラップを放る。  小さな爆発と共に、船はフロワロを蹴散らしながら地面を抉って滑り……なんとか無事、草原のド真ん中に止まったのだった。 「ふう、なんとか到着だぜ。スズラン! みんなも! 生きてるか、大丈夫か!」 「ちょっとナガミツ! 危険ではありませんか。キリ様もキリ様でしてよ!」 「なんだか、ナガミツに言われたらできるような気がしたです。むいっ!」  散々な空の船旅が終った。  大きな損傷こそないが、飛空船は機関室を修理しないともう飛べないだろう。ノワリーたち船員も九死に一生を得たが、船の件では守り切れず悪いことをしたと思う。  すぐにレオパとノリトが怪我人を手当てしはじめ、マモノたちもはるか遠くの空へと去っていった。 「で、あれがプレロマか。……なんだ? 妙な胸騒ぎがするな。待って、いるのか? なにが」  独り言ちてナガミツは船から飛び降りる。  足元のフロワロを蹴っ飛ばせば、風に舞う紅の散る先に大きな都市が見えるのだった。