港町ゼザより抜錨、ナガミツたちスノウドロップは海路をネバンプレスへと急ぐ。  同時に、慎重さを忘れず『急がば回れ』という古代の戦訓を忘れたりはしなかった。それに、進む先々でどこの島もフロワロに覆われている。これを素通りすることはナガミツたちにはできなかった。  結果、食料や飲み水の補給もあって、一同はマレアイア群島国に立ち寄ることになった。 「潮風が、痛ぇ。昔はこんなの、なんともなかったのにな。……隣にあいつらがいたしよ」  潮騒の砂浜に立てば、ナガミツは水平線に目を細めて小さく愚痴をこぼす。深刻なダメージ箇所がいくつかあって、自己修復が不可能なレベルになっているのだ。そういう傷口に海の風は酷く沁みる。  だが、その痛みという周波数のパルスが、まだナガミツに短い時間の残りを教えてくれるのだ。まだ戦えるのだと囁き続けるのだった。 「おうおう、ここにいなすったかハントマンさんや」 「お、長老。群島周辺のフロワロは潰しといたぜ。これで瘴気も弱まる筈だ」 「本当に、なんと礼を言ってよいやら」  杖を突いた老人がやってきて、ナガミツに並んで海を眺める。このマレアイア群島国を統治する長老の一人で、わざわざ礼を言いに出向いてくれたらしい。こうしている間も、マメシバやレオパ、スズランが再び旅立つ準備をしている。  周辺のフロワロは全て、マメシバを中心に一掃した。  そうして払っても、どこからともなく生えてくるのはわかっている。いたちごっこだが、徒労だとは思わない。たとえ一時でも、フロワロの害がない暮しを思い出してほしいからだ。 「礼ならいいって、じーさんよ。あ、いや、長老」 「なに、このおいぼれにはなにもできんでな」 「でも、食料と水には感謝してる。あと、休むコテージも貸してもらって」 「ハントマンさんはのう、無宿無頼のアウトローなどといわれることもあるが……ワシにはわかる。お前さんたちはそういう人間ではないとのう」  破顔一笑、顔をしわくちゃにして長老が笑う。  その心遣いに、ナガミツも自然と不器用な笑みを返した。  日も高く燦々と輝き、そこかしこで子供たちが水遊びをしている。フロワロの影響が弱くなったので、島の男たちも久々の漁に張り切っていた。  そして、活気に満ちた島の様子を長老は満足げに頷いて背を向ける。 「またなんでも、必用なものがあったらいってくだされ。ハントマンさん、名は?」 「……ナガミツ。今は竜斬包丁のナガミツだ。ギルド、スノウドロップのナガミツ」 「ほう、ナガミツ……はて、島の口伝にあった名と同じとは奇遇じゃのう」  ナガミツは一瞬驚いた。  そして、長老の語る神話が懐かしさをつれてくる。この地方では、遥か太古の竜災害の伝説が残っているのだ。それは代々の長老に言い伝えられ、断片がおとぎ話となって世界中に絵本として散らばってゆく。  刻の最果て、このエデンにはまだ……ムラクモ機動13班の偉業が残っているのだ。  ただただ人を守りたい、世界を救うなんておこがましいと想いながらも駆け抜けた仲間たち。その姿が一瞬、ナガミツの脳裏を駆け抜けて消える。 「――斬竜刀。そして竜殺剣。それこそが竜災害を断つ刃。しかしてその本質は、人の意思……無数の名もなき民の意思が、それこそがこの天変地異を覆すのじゃ」 「ああ、その通りだ。俺たちはその旗振り役でしかねえよ」 「フォッフォッフォ、若いの。死になさんな、無事にこのエデンを一つに束ねておくれ」 「ああ。ルシェ王の返事次第だが、まだ死ねねえよ。それに、新しい仲間もいるしな」  そう、頼れる仲間がいる。  その仲間たちの中に、かつての同胞たちの意思を感じるのだ。  祈りと願いは受け継がれ、いつの世にも人の意思は勇気を喚起させる。恐るべき竜災害に立ち向かう人間が、このエデンの時代にもいるのだった。  立ち去る長老を見送り、ナガミツは軽く頭を下げる。  だが、顔をあげた時……目の前に予想外の姿があった。 「あ、あの、ナガミツ……マメシバとレオパが、少し休めって。わたしにも」  そこには、スズランの姿があった。彼女は水着姿で、恥ずかしげに肘を抱いて俯く。その瞬間、ナガミツは驚きのあまりに固まってしまった。  まったくの予想外、高度な演算処理が大半失われている現状でも混乱した。 「……変、かな。に、似合わないよね、こんな派手な水着」 「あ、い、いや、違うんだ。その……か、かわいいんじゃないか? その、なんだ……綺麗だ」  スズランの白い肌を際立たせる、真っ赤なハイレグのビキニ。それはもはや、まるでプレゼントを包むリボンのようなものだった。布ではなく、ほぼほぼ大半が紐である、そんな大胆な水着で己を飾って、赤面にスズランは俯く。  ナガミツは驚いたが、今まで忘れていた記憶を思い出した。  仲間たちと海水浴をしたこともあったし、その記憶は化石になった今も琥珀のように煌めいている。 「あのね、アダヒメ様が……絶対に水着が必要になるから、これを持っていけって」 「……あの野郎か、まったく! 全っ、然っ、変わらねえなあ! おい」 「ちょっと恥ずかしいけど、ナガミツが喜んでくれるって言われて……ご、ごめんね、わたし」 「いや、スズランは悪くねえよ。いい天気だし、なんか飲みながら渚を散歩しようぜ」 「う、うんっ」  内心、ナガミツは驚いた。いつも物静かで内向的なスズランが、とても大胆な水着で着飾ってきたから。それはまるで、脱がすために着る一流のドレスみたいな紐だった、健康的なスズランの肢体をみせつけるように、ぴったり縛ってフィットしている。  脳裏にアダヒメが『オーッホッホッホ! ベネですわー!』と高笑いで突き抜けた。 「くそっ、あのいかず後家が。なにしてくれやがるんだ……あ、いやでも、違うか」 「ナガミツ? ……うん、わたしもそう思ってた。アダヒメ様って」 「いかず後家が本当の後家様になっちゃってよ。……少しくらい弱さを見せてくれてもいいのにな」 「うん」  他の仲間たちも薄々気付いていたようで、スズランも敏感に感じ取っていたようだった。そう、ユイの……この時代の新しいキリコの父親は、恐らくアダヒメだ。エメルによる滅竜の輪廻を呪いとして身に帯び、竜を殺すために無限の転生を繰り返すルシェの姫君。彼女は常に、羽々斬の巫女に寄り添い、全てのキリコを愛してきたのだ。 「おっ、なんか木の実が売ってるな。ヤシの実的な。ちょっと待ってろ、スズラン」  ナガミツは、自分と似て異なるルシェの姫君を忘れる。同じ方向に走っていても、道が違うのだ。ナガミツの道はもうすぐ消えてなくなり、そこで立ち止まることになるだろう。だが、アダヒメは永遠にループする道をゴールも見えないまま走り続けるのだ。  因果なものだと苦笑しつつ、地元民の露店で大きな木の実を買う。  それを腕力で二つに割ると、天然の甘露が器ごと二等分された。 「ほらよ、スズラン」 「あ、ありがとう、ナガミツ……美味しい。それに、よく冷えてて」 「だな。よくわかんねーけど、甘い」 「ナガミツ、やっぱり味覚も」 「最近はな。でも、スズランの作ってくれる料理も美味いし、マメシバの謎肉の丸焼きも、レオパの魚料理も好きだぜ? そうだな、味がぼやけてても気持ちが伝わるからな」  そのまま二人は、砂浜に並んで座って果実の美味を味わった。  ちなみに天然のフルーツジュースは絶品だったが、器になった実と皮は硬くてしぶかったため、ナガミツははっきりそれがわかる自分に少し安心しつつ、スズランには食さぬように告げるのだった。