キリコたちギルド『ハバキリ』と合流してからは、ナガミツの旅は弾みがついたように順調だった。立ちふさがるマモノも、その全てを排除し蹴散らせた。  剣を捨てて両の拳で戦うキリコを見ていると、ナガミツは昔の自分を思い出す。  だからこそ、出来る範囲で自分の全てをキリコに託したいと思った。  エデンのため、なにより彼女のために……自分が極めた武の全てを伝えたい。  それほどまでに、キリコは離れていた数日の中で強くなっていたのだった。 「ナガミツ! スズランもおば様も、みんなも! ネバンプレスが見えてきたのです!」  先頭を歩くキリコが無邪気な笑顔で振り返る。  彼女が指さす先に、巨大な城塞都市が小さく見えた。  ルシェたちを中心に興された強国、ネバンプレスである。この超大国が世界協定に加わってくれれば、エデンは一丸となって竜災害に立ち向かうことができる。  同時に、ナガミツの心を不安が過る。  自分はあと、どれくらい稼働していられるだろうか?  あと何年……いや、何日、何秒戦えるのだろうか、と。 「あ、あの、ナガミツ?」 「ん? どうした、スズラン」 「いえ……難しい顔をして、どうしたのかなって」 「ああ、気にすんなよ。でも、気にかけてくれたんだよな。ありがとな」 「う、うん」  隣のスズランの背を、ポンと叩く。  それだけで伝わる体温には、温かさ以上のぬくもりがあった。  一同は巨大な門と城壁に囲まれたネバンプレスを目指す。  相変わらずマメシバはシイナのえげつないジョークに赤面していたが、心なしか逞しく成長したように感じた。出会ったころより、精悍な顔つきを見せる時があるし……なにより、ナイトとして真っ直ぐに成長した、それを闘いの都度に見せつけられた。  ノリトとレオパも、医術と薬品での援護がとてもありがたい。  特に、レオパが用いる毒薬は戦闘でもいつも窮地を救ってくれた。 「ネバンプレスはルシェの国、わたしが立てば顔パスですわ。うふふ」  アダヒメもなんだかんだでマイペース、そしていつも通りである。自ら先頭に立って歩く、その足が小走りに近い程に軽快だ。  一同を率いるような歩調のアダヒメは、真っ先に城門の前に到着した。  そこには、重武装の兵士たちが槍を手に立ちはだかる。 「止まれ! ハントマンだな? 我がネバンプレスに何用か!」 「我らと同じルシェであっても、難民を受け入れる余裕はここにはない! ……もう、エデンのどこにもそんな場所なんてないんだ」  鈍色に光る鋭い穂先を突きつけられて、それでもアダヒメは全く動じなかった、ナガミツは改めて、この女性の決意と覚悟を思い知らされる。壊れてゆく自分と違い、永遠に竜と戦う人生を無限ループしている女……滅竜の輪廻の願いと呪いを抱く者。  どこか、自分と同じようで、キリコと同じようで、そして真逆の姫君。  そのアダヒメは、ナガミツたちが追いついたところでドヤ顔で腕組み背をのけぞらせる。 「門を開けなさい、我が同胞よ! わたしはアダヒメ、湯津瀬、地ノ湯津瀬のアダヒメですわ! すぐに王に謁見の手配を!」  こんなドヤ顔、長らく生きてるナガミツでも見たことがない。  ムフー! と鼻息も荒くアダヒメは得意顔だ。  だが、兵士たちの反応は予想を超えていた。 「はあ? 地ノ湯津瀬だあ?」 「竜を討つ血筋が、この大惨事になに言ってんだよ!」 「古い血筋だからって、名前だけで! こうしている今も人が死んでるんだよ!」 「ハントマンなら、マモノや竜を狩れよ! こっちも手いっぱいなんだよ、おばさん!」  最後の一言がきいたのか、アダヒメはぐらりとよろけて転びそうになった。咄嗟に支えようとしたナガミツは、自分の肉体が意志を裏切る現実に直面する。すぐに抱きかかえてやりたかったのに、体の反応はあまりにも鈍く遅く、重いものだった。  だが、ナガミツの気持ちを掬い取るような風が突き抜ける。 「お、おば……なんですって! 数億年生まれ直してても、このエデンではさんじゅ――」 「おば様、危ないのです!」  狼狽え転びそうになったアダヒメを救ったのは、キリコだった。  滅竜の輪廻によって、竜災害が存在する限り無限に転生を繰り返すアダヒメ……彼女は最初のキリコに心を奪われ、竜を滅する凶祓の一族に想いを寄せた。希望を背負う蒼穹の天を見上げ、その全てを受け入れる大地として血族を率いてきた女なのである。  そのアダヒメを今、しっかりと抱き留め立たせて、キリコが前に歩んだ。 「ネバンプレスにも世界協定に参加してほしいのです! わたしの名は、ユイ……ううん、今はもう違う。わたしはキリコ! 天ノ羽々宮、羽々斬の巫女、キリコなのです!」  ナガミツは小さな背中を、キリコの後姿を視線で支えた。しばらく見ないうちに立派になったとも思うし、その面影に昔の同胞、あの日のキリコが重なった。  そして、同じ目線でキリコを見守ってきた少女のことを思い出す。  あの彼女ならそうするだろうなと思った時にもう、声が走っていた。 「本当です、こちらの方は羽々斬の巫女……斬竜刀、キリコなんですっ!」  キリコの隣に並んで、スズランが訴えかけた。そして彼女は、古い古い歌を紡ぎ出す。ナガミツたち13班が戦った竜災害よりも遥か昔、太古の神話が伝える世界……その全てをスズランが歌い出したのだ。  しかし、兵士たちは頑なで、そして恐怖と不安で思考が硬くなっていた。 「はぁ? 太刀も帯びずに羽々斬の巫女だあ?」 「そうだ、それに知ってるぞ! もう何年も前に巫女は死んだ! 救世の血筋は滅びた!」 「羽々斬の巫女ってんなら、証拠を見せろよ! 竜さえも屠る、その力を示せよ!」  ナガミツは我慢が限界に達していた。  自分への侮蔑や罵倒には耐えられる、人間のエゴと欲はそういうネガティブな形で表現されるし、同じ数だけ愛や友情、ポジティブな可能性を見せてくれるから。  実際に、遠い昔のパートナーがそれをはっきりナガミツに刻み付けてくれたから。  だが、その彼女がいない今は、朽ち果てかけてる自分を抑えきれない。 「兵隊さんよ……こいつはキリコだ。俺が一緒に戦ってきた仲間、キリコなんだよ」 「はっ! どう証明するんだ? しかも貴様、貴様もだ! その醜い姿は――」 「ゴチャゴチャうるせえよ。ちょっと借りるぜ」  ナガミツは兵士の腰から素早く剣を抜いた、  そしてそれを、キリコへ向かって投げつける。 「ユイ、いや……キリコ。見せてやれよ、その力……その血があいつに繋がってるってな」 「むいっ! わたしはキリコ……羽々斬の巫女、キリコなのです! むいーっ!」  放られた両刃の剣を、キリコが拳で応える。  ユイは一族の血の力を、外に出すことができない。ナガミツの知るキリコのように、剣に宿すことができないのだ。だから、肉体そのものを斬竜刀にして戦う。  その拳が、彼女の正当性を証明してみせた。  精鋭部隊の兵士が使う業物を、空中でキリコは殴りつける。  その手は出血もなく、傷すらつかない。  逆に、鋼の剣は木っ端微塵に砕け散った。 「な、なんと……ま、まさか、ほんとうに?」 「なんて力だ! じゃあ、巫女が死んだってのは」 「いやまて、巫女には娘がいたと……じゃあ、こいつが? いや、あの方が?」  こうしてナガミツたちはネバンプレスに到達した。  そして竜災害との戦いは、新たな局面を迎えることになるのだった。