災害級の超巨大帝竜、ジ・アースは討伐された。  その報告のためにネバンプレスに戻ったナガミツたちを待っていたのが、歓声と祝福、そして立ち上がる人間の底知れぬ力の結集だった。  ナガミツたちハントマンが少数で竜災害と戦う中、世界協定は再びこの星の人類を一つにしていた。統制の取れた軍の再編が速やかに行われ、各国が正式にハントマンを援護しつつ総力戦に挑む覚悟を決めたのである。 「しっかし、いよいよやばいぜ。左腕部の肘関節が灼き付いたか」  城での祝宴、その喧騒が遠く聞こえる中でナガミツは溜め息をこぼした。  ここは下町の小さな居酒屋、客もまばらである。老齢のルシェの女将が、どうやら一人で切り盛りしているようだ。場末も場末、それがかえって今は都合がよかった。  ナガミツは今、いよいよ崩壊へと加速するダメージと戦っていた。  痛みはない、感覚すらすでに失われて久しい。  だが、そんなナガミツに懐かしい再会の時が訪れた。 「ミツにい、おまたせー! わわっ、大丈夫? あのね、心配してたんだー」  突然、長身の少女が大荷物を背負って現れた。  ニーナの姉、ホムンクルスのエリヤである。彼女は単身ローグとして、ナガミツたちとは別方面で戦っていた。恐るべきはその戦闘力、常軌を逸した身体能力である。太古の錬金術師が精錬したホムンクルスは今も、両親や友の想いを胸に世界中を飛び回っていた。 「おう、エリヤか。なんか食うか? ほれよ、メニュー」 「わー、うれしい! もう、お腹ペコペコ。でも、その前に」  テーブルの向かい側に座ると、エリヤは背の大きな荷物を降ろした。その中からさらに、細かい機械部品が入った革袋を取り出す。  一目で見てナガミツは全てを理解した。  それは、規格こそ若干違うが、ナガミツたち人型戦闘機の重要なパーツ群だった。  否、言うなれば人型戦車だった妹分のものである。 「……ガーベラに。会ったのか?」 「うんっ! おキクちゃんは元気だったよ? ……三百年くらい前までは、時々会ってたんだあ」 「そっか。じゃあ、このパーツは」 「おキクちゃんと最後に会った時にね、託されたの」  言うなれば、腹違いの妹というか、遠い親戚のような身内がナガミツには昔いた。その少女は名前通りに真っ直ぐ生きて、まっしぐらに戦って、そうして地球だったこのエデンを一緒に救ったのである。  ナガミツが幻影首都・東京で眠りについてからのことは、アダヒメから聞いていた。  竜災害の集束と同時に、ムラクモ機関は解体……機動13班の面々も平和な日常に戻っていった。ナガミツが心を通わせ結んだ少女が、最後の狩る者として最後の竜を単騎で撃破、それで西暦は再び平和を取戻し、ゆるやかに衰退して眠るように滅びたのだった。 「ミツにい、わたしおキクちゃんに頼まれたの。予備パーツを届けてって」 「そうか……あいつは博物館入りだったらしいが、元気だったか? ちゃんと笑えてたか?」 「うんっ! ずっとミツにいのこと心配してて……あ、あれ? おかしいな、変なの」  エリヤの頬を光の粒が伝った。  本人も驚くほどに、急に涙が溢れ出したのだ。  無理もない……正式名称ガーベラストレート、ガーベラはエリヤとは親友同士だった。自分にとって妹分みたいなものだったガーベラが、エリヤにはお姉さんのように寄り添っていたのをナガミツは覚えている。  そして、久遠の刻を経て今……ナガミツの元へとやってきた。  全てとは言えないが、この予備パーツは性能の復元は無理でも、現状維持のために使えそうだった。 「ほらよ、ハンカチ。泣くなよエリヤ。あいつは……ガーベラは笑ってただろ?」 「うん、うんっ! おキクちゃんが『未来で待ってる』って……ちーん! ずびびー!」 「はは、少しは遠慮しろっての。……洗って返せよ、必ずまた生きて会って、その時返せ。ありがとうな、エリヤ」  泣きじゃくるエリヤの頭を撫でてやってる、その時だった。  唐突に店のドアが開かれ、ハントマンのパーティがどやどやと入店してきた。どうやらすでに酔っているらしく、いわゆる梯子というやつだろう。だが、どうにもガラが悪くて無駄におらついている。  ハントマンは無宿無頼の無法者、そういう者もいるのが現状だった。 「けっ! しけた酒場だなあ! おい女将、酒だ! ありったけの酒と飯だ!」 「こちとら竜災害と戦ってるハントマン様だぜえ?」 「知らねえか? 俺たちは『スノウドロップ』ってギルドなんだぜ!」 「こないだのクソデカい竜も、アタイたちが倒したしねえ」  ナガミツは一瞬耳を疑ったが、あえて流した。  無視と不干渉で応じたのは、仲間たちの名を騙る不届きものへの怒りがないからではない。仲間たちが、こんな場所での諍いを望まないと信じているからだ。  それに、泣きながらオムライス大盛りにポテトサラダとカツ丼を注文するエリヤのことが一番大事だった。  だが、ナガミツが渡されたパーツを厳選して確認していると、悪意は向こうから触れてくる。 「お、なんだあ? クソミソに小汚え雑魚が……マブい女泣かせてるじゃんかよお!」 「……お、おいっ! ちょっと待てこいつ、こいつって」 「やべーよ、本物の竜斬包丁じゃん! ……まずくない? アタイたち的に」 「なーに、あっちは二人だ。名を騙ったからには、きっちり『スノウドロップ』でいなきゃなあ! むしろ、あっちが偽物ってシナリオでもいいんだぜえ!」  ナガミツは失望した。それは小さな溜め息で表現され、それ以上でもそれ以下でもなかった。ナガミツに過度の自尊心や守るべき尊厳、誇りや権威といった概念はない。それでも知識として知っているので、こういう事態も予想はできていた。  自分がアレコレ利用されたりするのはいい。  だが、ギルドの仲間たちを騙られるのは腹に据えかねる。  なにより、ナガミツのために来てくれたエリヤが幼子のように泣いているのだ。  思わず椅子を蹴った瞬間、不意に店内の空気が激変した。 「騒がしいな、若いの。俺は一人で、静かにゆっくり酒が飲みたいんだがな」  数少ない客の中の一人、いなせな着流しを着たルシェのサムライが立ち上がった。その逞しい肉体には、ナガミツも驚かされる。無駄のない筋肉美と、必要な重さと質量が密集された身体。間違いなく、一流のハントマンとして戦ってきた男の天然の鎧にして武器だ。  その男は、腰の太刀を抜くことなくナガミツたちを庇うように歩く。 「な、なんだ手前ぇ! すっこんでろよ、おっさん!」 「おっさんはやめて、俺が傷付く。は、いいとして……お前たち、ハントマンとしての誇り、矜持はないのか? 俺がチサキから聞いてる『スノウドロップ』は、こんなものではなかったんだがなあ」 「! 手前ぇ! 俺たちゃ『スノウドロップ』なんだよ! その名で稼いで来たんだあ!」  咄嗟にナガミツがたちあがろうとしたが、その一瞬の間に全ての勝負は決していた。ルシェの漢は白刃一閃、神速の抜刀術でハントマンたちの武器を叩き落した。  まさに神速、音速、絶技の極たる居合抜きだった。  武器を拾って偽りの『スノウドロップ』が逃げるのを見送り、その男はナガミツのテーブルに歩み寄ってきた。 「これも奇縁、貴公の勇名は聞いている。竜斬包丁ナガミツ、俺はビャッコ。なあに、名もなきサムライにして不確定存在、だが今は嬉しい。貴公はチサキが言う通りの人物のようだな」 「あんた、チサキを知っているのか? ってか、あいつなんなんだ?」 「我らは影……強い光が刻んだ、選ばれなかった可能性、ありえたかもしれない未来の具現体のようなものよ。故に、どこにでもいて、どこにもいない」 「チサキもそう言ってたけどよ……だが、今は感謝だぜ。けど、あんたらは」 「おっと、仲間が迎えに来たようだ。今宵はここで失礼する……折れるなよ、竜斬包丁。欠けても斫れてもならん。お前が最後に竜を斬るまで、我ら影はお前を支える」  ナガミツにも少しチンプンカンプンだったが、ビャッコと名乗ったサムライは旅装に身を固めた仲間たちの来店と同時に、そろって四人で出ていった。  ナガミツが彼らを、局地戦で散らばった世界各地の竜を討伐して回っている、そして政治的にも世論の統制のためにも、悪党とは別の意味で『スノウドロップ』を名乗っているということを知るのは、もう少し先の話なのだった。