マレアイアの主島の中央、うっそうと茂るジャングルの中にその遺跡は眠っている。  間近で見上げるナガミツは、自分が刻の最果てにいるのだと鑑賞的な実感を覚えた。見たこともない古代遺跡で、その痕跡はナガミツの知る時代に研究されていたどの文明とも違う。  三本並んで建つ塔が、どんな祭事に使われていたかもわからない。  ナガミツが眠っている間に、一つの文明が興って、そして滅びたのだ。 「むいっ! では手筈通りに『ハバキリ』は左の塔を目指すです!」 「ああ、じゃあ俺たち『スノウドロップ』は右側か。最後には真ん中の塔で合流しようぜ」 「むい! ……いるです、この上に。邪悪な殺気がビリビリと感じられるのです」  少し前より逞しくなったキリコが仲間たちと塔へ向かう。何度も振り返っては手を振る、その笑顔に手を振り返して。そうしてナガミツたちも逆側の塔に歩いた。  蒸せるような暑さの中、聞いたこともない鳥や虫の声が響く。  もともと鎧になれてるマメシバは大丈夫そうだが、スズランやレオパは軽装でも辛そうだ。なにより、ナガミツも熱処理能力をフル回転させていた。 「あ、あの、ナガミツ。その……」 「ナガミツッ! お前!」 「おう、どした?」  突然、マメシバとスズランに同時に呼び止められた。  塔の中から振り返って、ナガミツは小首を傾げて目を丸くする。 「ナガミツ、頭から煙が」 「レオパ! 大変だ、ナガミツが燃えちまう」 「はいはい、お静かに。こういうこともあろうかと」  そういえば、どこかブスブスと焦げ臭い。  それがまさか、自分から発せられている煙だとは築かないナガミツだった。すぐにレオパが三角フラスコを取り出し、それをそのままナガミツの額に当てる。ジュッー! と音がして、薄緑に明滅する薬品の容器が曇っていった。  同時に、ひんやりとした感触がナガミツの熱を冷ましてゆく。 「悪いな、レオパ。危うくオーバーヒートするとこだったぜ」 「いえいえ、私は『スノウドロップ』のヒーラーですから。ただ」 「ただ?」 「フラスコが割れないようにしてください。もし割れたら」 「割れたら?」  キリリと表情を引き締めつつ、レオパはとんでもない一言を放った。 「死にます」 「そっか、気をつけ……はあ? 死ぬ!?」 「それ、本来は対ドラゴン用の毒薬ですからね。劇薬なので、こうして冷やして持ち歩いているんです」 「……やっぱ返すわ。ちょっとメインコマンドの設定変更で省エネしてみるぜ……」  随分熱も取れたし、暑さにも慣れてきた。  精密機械の天敵たる湿気も、フルスペックの完調状態だったら問題なかっただろう。それでも自分の中のパラメータを設定し直して、ナガミツはフラスコを返した。  スズランもマメシバも、ほっと溜め息を一つ。 「よかった、ナガミツが溶けちゃうとこだった」 「びっくりしたぜ。そんな物騒なもん! ……ま、必要になるか」 「使わずに済めばいいんですけどね、今回も」  やれやれと急造仕様の湿地戦モードに自分を切り替え、ナガミツは塔の中を進む。入り組んだ作りも今は緑にところどころ埋もれ、苔むす中でもう人類の営みは感じられない。  もしかしたらこの滅んだ文明の末裔が、マレアイアの民なのかもしれない。  そんなことを考えていると、奇妙な部屋へと突然視界が開けた。  そこには、古代文字を刻んだ床のパネルが敷き詰められている。 「そういえば、事前に古代遺跡マレアレ神塔の入り口に石板がありましたね」 「あ、わたし覚えています。たしか、あっ! 一つ目は、あれです」  フムと唸るレオパの横からスズランが飛び出した。彼女は、小さく跳ねて床のパネルを踏む。そのまま周囲を見まわたし、さらに次のパネルへ。 「ええと、右の塔は『WNYII』だから……次は、そこっ」  最後の一枚をスズランが踏み抜いた時、ゴゥン! と遠くでなにか重々しい音が響いた。どうやら、謎のギミックが正常に作動したようだ。  同時に、ナガミツは愛用のナイフを抜く。 「どうやらお客さんだぜ? マメシバ、レオパとスズランを頼む! 俺は、斬り込むっ!」  無数のマモノが押し寄せてくる。  中には、竜種たるドラゴンの姿もちらほらと見えた。  数で圧倒されているが、あいにくとナガミツに不安はない。自らのプログラム修正で稼働率はかろうじて平均値を維持しているし、なにより頼れる仲間がいるからだ。  自慢の足で敵意の渦をかき乱し、その中へと分け入っていく。 「ナガミツ、わたしっ! 歌います!」 「レオパ、さっきの例の薬!」 「あれは切り札ですので……しかし、こちらの毒はいかがでしょうか」  レオパの声と同時に、試験官が無数に飛んでくる。それらは全て、ナガミツを避けてマモノの群に飛び込み爆発した。えもいわれぬ毒々しい紫色の煙が広がり、ナガミツはそれを避けるように身を低く影のように床を滑る。  毒に苦しむマモノやドラゴンを、つぎつぎと這うように斬り裂いていった。  そんなナガミツの前に、巨大な影を落とす竜が一匹。  絶叫を吼えるその姿に、塔全体がビリビリと震えた。 「恐竜? ティラノザウルスじゃねーか。……これも今は、竜か。先祖返りなのか、それとも白亜紀とかが竜の時代だったのか。けどよっ!」  強烈な尻尾の一撃が、マモノごとナガミツを薙ぎ払おうと襲う。  それを跳躍で超えるや、天井に着地してさらに躍動……巨大な牙の並ぶ頭部にナガミツはナイフを突き立てた。  噴出する血の赤さが。ナガミツに妙な感慨を思わせる。  ああ、竜の血も赤いんだっけな。  それはやはり、殺せば死ぬ生物であるという証だ。  ナガミツはそうではないが、キリコたち人類、スズランのようなルシェも同じである。  そしてナガミツは、離脱と同時に歌と声とを聴いた。 「この歌……左塔のアダヒメか!」 「むいっ! ナガミツ、そこを動かないでほしいのです! ねりゃねりゃあ!」  ふと声のもとを探して、窓の外を向いた。  そして見た……中央塔の無効、左塔の窓からキリコが身を乗り出しているのをの。 「なっ、キリコ! あぶねえ!」 「大丈夫でする! 鎧通し……氣を集中させて、空間を、壁を! ブチ抜くです!」  ドン! と右塔が揺れた。  キリコの無手の技、鎧通しの威力が間の中央塔と、空とを抜けて壁を抜け……目の前のティラノサウルスの横っ面を暴打した。  次の瞬間、ナガミツの瞬発力が爆発した。 「あの距離で氣が通るかよ……短勁ってレベルじゃねえぞ! んでもって!」  ナガミツはよろけて脳震盪を起こしたティラノサウルスの、その首にまたがりナイフを振りかぶる。確実に脊髄へと真っ直ぐ刺突が振り下ろされれば、太古の竜の王はただの肉塊となって倒れるのだった。