ナガミツが目覚めると、寝かされたベッドのある部屋は夕闇に包まれていた。  身を起こすと、少しだけミシリと内から軋みが込み上げた。  夜の帳も降りて、外ではマレアイアの民たちが歌って踊っている。どうやら、帝竜ドレッドノート討伐を祝しての宴が催されているようだった。  女王への挨拶も事後処理も、恐らく仲間たちがやってくれているだろう。  それだけは絶体の信頼があって、ナガミツはゆっくり休んでてもいいはずだった。  だが、一人の歌姫の少女が気になってベッドを降りようとした。 「おっと、まだ少し横になっていた方がいい。祭の夜は心がそよぐ、しかし今は休息が第一だ」  気付けば、窓際の椅子に一人のルシェが座っていた。  全く気配を察知できなかった。どうやらサムライのようで、愛刀を手入れしながら手酌で酒を飲んでいる。月影が零した小さな光が、彼のマッシブながらも洗練された肉体美に陰影を刻んでいた。  そう、この好漢には一度ナガミツは会ったことがある。 「確か、ビャッコ……だったな」 「うむ、改めて名乗ろう。我はビャッコ、我らもまた友と集いて竜を狩る者」 「チサキの御同類ってことか。……前も聞いたが問うぜ。あんたたちはなんなんだ?」 「うむ、それが俺にもよくは分からなくてな。ただ」  銘も無き太刀を手入れしながら、うんうんとビャッコは頷く。  とりあえず、彼の助言に従い再びナガミツは身を横たえた。自己判断プログラムを走らせて損傷状況を手早く脳裏にまとめてはみるが、そもそもその自己判断プログラムに欠損があってどうにもよくない。  これはいよいよかとも思ったが、ここで止まれるナガミツではなかった。  それを察してか刀を鞘に戻したビャッコがとっくりと杯を二つ持ってベッドへ座った。 「先日あのホムンクルス……確か、エリヤといったな。彼女から受け取って消耗部品の一部は交換できただろうに。明らかに貴公は、日々日々弱っている」 「……お見通しかよ。ああ、そうだ。こちとらもう耐用年数を数千年レベルで超えちまってるんだ。減価償却終了のお知らせだぜ、ったく」 「しかし、貴公は前を向いている。上を向いて進んでいる。……不思議なものだ」  ビャッコから杯を受けとったので、少しだけ身を起こして酒をもらう。こうしたアルコールの類には糖分が含まれているので、ごくごく一部を省いた全ての飲み食いはナガミツのカロリーとなって力に変わる。  しかし、その上限すら最近はあやふやになってきているのだった。  そうこうしていると、ドアをノックして声が響いた。 「ビャッコの兄貴! オレだ、グラジオラスだ。なんか適当に料理をもらってきたけどよ。村はものすんげえお祭り騒ぎだぜ。なんか、ハントマンの歌姫が歌ってくれてさあ」  ナガミツが頷くので、ビャッコが入室を促した。  現れたのは、ボロボロのマントを身に着けたローグの少女だ。ケープを外したその顔立ちは、凛々しく引き締まってナガミツへ目を細める。  グラジオラスと名乗った少女は、テーブルに数品の料理を並べてナガミツに向き直った。 「オレはグラジオラス、ハントマンだ。まあ、兄貴と同じただのハントマンだよ」 「俺はナガミツ、こんな姿勢で悪いな。色々と陰で助けてもらってるようだ」 「まだ寝てなって。……事情はアイテルやエメル、タケハヤから聞いている」 「タケハヤ? じゃあ、幻影首都東京は」 「禁地トゥキオン。それが誰も入れぬ過去の聖域」  ――禁地トゥキオン。  それがナガミツがかつて眠っていた土地。アイテルとタケハヤの愛の楽園。あらゆるオーバーテクノロジーが朽ちて眠る禁断の聖地だ。  どうやらビャッコやグラジオラスは、そことも繋がりがあるらしい。  だが、彼女は勝気な笑みで自分から杯を取る。 「一応、オレたちもエメルやアイテルから頼まれてもいるしな。安心しなよ、オレたちは味方だ。表だって隣に並ぶことはないけどさ。後にはオレたちがいる。それを覚えててくれよな」  これこれとビャッコが制止するのを振り切って、グラジオラスは杯に酒を注ぐ。そしてそれを一気に飲み干すと、美味そうに満面の笑みで口元を手の甲でぬぐった。 「あー、染みる! 染みわたる! 一仕事のあとはこれだな」 「これ、あまり深酒するでないぞ。それでなくともお前は」 「ほらほら、兄貴もナガミツも飲んだ飲んだ! 大丈夫、だって今夜はお祭りだぜ」  ナガミツも呆気にとられたが、不思議と懐かしい気持ちが込み上げる。  容姿も口調も、言動もなにもかもが違うのに……そこに昔の誰かが重なって見える気がした。それが、グラジオラスのあの人の共有する想いなんだと思うと、不思議と全身の不調が和らいで感じる。 「しかし、ドレットノートすら倒してしまうとはな……流石は斬竜刀と言わせてもらおう」 「いやいや兄貴、今のナガミツは竜切包丁だろ? 包丁で竜が倒せるんだからなあ」 「剣の道は拳の道に通ずる……極めれば刃の大小は関係なくなるのだ」 「あー、それでか。最近、羽々宮のお嬢ちゃんがガンガン強くなってるのって、それか」 「うむ、あれは身近な師がよいのもあるだろう」  そんなもんかね、と思いつつナガミツも謎の海産物が連なる串を手に取り、食べる。酒で流し込んででも、消化してカロリーに変換してゆく。ある程度は自己修復機能があるが、人型戦闘機としての全体のレベルが低下しているので、今は少しでもエネルギーがほしかった。  そんなナガミツの杯に勝手に酒を注ぎ足しながら、グラジオラスは美味そうに鳥肉の塊を頬張る。 「師匠って柄じゃないよな、ナガミツ。でも、ただただその背中から伝わるものがあるんだわ。オレもビャッコの兄貴からは沢山のことを教わったからな」 「おいおい、俺はそんなことをした覚えは」 「いいじゃんかよ、それで。オレたちは影、光が強い程に色濃くなる影なんだ」  以前、チサキは言っていた。  彼女たちはどこにでもいて、どこにもいない……ありえたかもしれない可能性、歴史の影だと。ナガミツたちの光で浮かび上がる星の影。光が消えれば影もまた消えてしまう。それは闇に抗うナガミツたちの輝きで浮かび出た存在、本来は虚無の彼方へ消え去る筈だったハントマンたちなのだった。 「ま、そんなに難しく考えんなよ。なんだっけ? ボツネタ? チサキの姐御はそう言ってたけど、そうなのかもなあ。でも」 「でも?」 「影には影のプライドってもんがあっからな。光の強さは、イコール影の深さだ。しんどいだろうけど頑張れよ、ナガミツ。もうちょっと、あと少しだ」  グラジオラスの言葉に、ナガミツは大きく頷く。  そこからは楽しい三人での飲み会が続いたのだが、不意に荒々しくドアが開かれる。  現れたのは巨大な斧をかついだチサキだった。 「オラオラごめんくださいよー! って、ナガミツ元気そうじゃん」 「これチサキ、普通に入ってこれんのか」 「およ、ビャッコの兄貴もグラジオラスもいるじゃん。丁度いい」  全力疾走で駆けつけたのか、額の汗を拭ってチサキはビャッコから徳利を取り上げる。それをそのまま直接口をつけて、ほんの数秒で全て飲み干してしまった。  あまりの急展開にナガミツが言葉を失っていると、チサキの目が真剣さを帯びる。 「ちょっとやべーのよ、真竜が来やがった。二人とも悪い、メンゴ! 休暇は中止、征くよ……征かなきゃ。エリヤにだけ任せてもいられないしさ」 「姐御が言うならしょうがないかあ。ビャッコの兄貴、征こう。征って竜を、真竜を狩ろう」  挨拶もそこそこに一同は出ていった。残されたナガミツは、真竜という言葉に不安を感じつつ、不思議な安心感を得ていた。ビャッコたちなら大丈夫、そういう気持ちが込み上げてくる。彼ら影なる者のためにも、自分の輝きを忘れてはならないと思いながら……今はただ回復のためにベッドでの休眠をナガミツは選ぶのだった。