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 眠らない街、ウィスタリアRJの夜は明るい。
 中心市街は常に、怖いもの知らずの観光客と娯楽を求める兵士達で大賑わい。その喧騒を離れれば、周囲は広大な補給基地……昼夜を問わずバーチャロイドが出入りし、物資を満載したリニアレールが四方へと走る。

「ルイン君、通報があったお店ってあれかな?」
《つーかシヨ、この辺に他の店があっかよ。あれだろ、サヴィルロウって》

 無骨な倉庫や格納庫が並ぶ一角に、燦然と輝くネオン。わざわざ古いタイプの粗悪な電灯を灯した、その開けた空間だけが前暦時代のよう。世界で唯一バーチャロイドを乗り付けられる集合飲食店、サヴィルロウの第一印象は、シヨには映画のカウボーイ達が集う酒場を彷彿とさせた。
 ならば自分達はさしずめ、街の保安官といったところだ、とも。

「じゃ、じゃあわたしから行くね。ルイン君、今日は……」
《ん? ああ、コイツをかぶって直結させなきゃ大丈夫みたいだな》

 ルインのテムジン422号機は今、自動操縦でシヨの421号機について来ている。その胸部コクピットハッチを開け放ち、ルインは外に腰掛け夜風に髪を遊ばせていた。手にはヘッドギアをもてあそび、喋る時だけインカムに口を寄せる。

「戦闘になったらでも、不便じゃないかな。バイザーを直結させないと視界が」
《正面のモニタだけでやるしかないだろ。ゲーセンのあれと一緒だ。それで駄目なら……》
「それで駄目なら?」
《……すんません》
「ちょ、ちょっとルイン君、謝らないでよ」

 一抹の不安を感じつつ、けばけばしいネオンの看板を仰ぎ見ながら。シヨは愛機を、サヴィルロウの広々とした駐機場へと侵入させた。店は大繁盛らしく、様々な種類のバーチャロイドが凄然と並ぶ。
 居並ぶバーチャロイドに瞳を輝かせるシヨ。しかし、ちょっとしたバーチャロイド博覧会状態の駐機場に浮かれている暇はない。店の女将が通報で叫んでいた危機は、すぐ目の前にあった。
 今にも戦闘状態に突入せんと、互いに牽制しあう箱が……VOX系のバーチャロイドが二機。

《えー、前方のバーチャロイドに警告します、と。ウィスタリア内ではあらゆる戦闘が禁止されており、これを破れば契約スポンサーへの賠償請求及びに補給への制裁が……まあ、とにかくやめてください》

 コクピットのハッチに頬杖を突きながら、ルインがぼそぼそと警告を与える。その姿を見て、やる気のなさはともかく安心するシヨ。教本通りではないが、先ずは警告段階をクリア。
 物事が型通りに進むと、シヨの心は不思議と穏やかに安らいだ。それは長続きはしないが。

《るせーな! マッポの出る幕じゃねーんだよ、すっこんでろ!》
《おうよ! 今日こそ俺ぁコイツと決着つけてやんだよ! 止めてくれるなオマワリサン!》

 二機とも飲酒操縦である事は明らかだった。
 しかし火星戦線における限定戦争のレギュレーションでも、飲酒後の操縦を禁じてはいない。そんな事をするパイロットは、火星であれ地球であれ自殺志願者としか見られないから。もしくは、余程の凄腕か。

《まあ、そう言わずに事情を話してみな。悪いようにしねぇからよ》

 大きなあくびを噛み殺して、ルインが説得に入る。その気概や気合とは無縁な声が、今はいい方へと作用しているようだった。
 シヨはと言えば、乱闘寸前の両機に見入っていた。テムジン421号機のメインカメラが、二機の特異なVOX系をズームアップする。

「どっちも素敵……あ、でもバランスは凄く悪そう。重量オーバーって感じかな」
《そもそもコイツが難癖付けてくんのがわりぃーんだよ!》
《あぁ!? ちげーよ、手前ぇが俺様の美学にイチャモンを……》
《はいはい、解ったから同時に喋らないでくれ。ええと、そっちの箱からどうぞ》

 ルインに促されて喋り出したのは、「VOX D-101 "Dan"」らしき機体。そのシルエットはシヨには、「VOX D-102 "Danny"」とも違って見えた。
 肩から背面に掛けて、異様なまでに増設されたボックス・ランチャーには、どれも手の込んだファイアパターンのアームズアート――いわゆるコミック調のイラスト――が彩られている。それを照らす電飾まで装備されており、搭乗者の趣味が一目で理解出来た。
 トドメは肩にデカデカとペイントされた「ミサイル魂」のキメ文句。

「武装をミサイル系統に絞って、レギュレーションギリギリまで増設してあるんだ。凄い」
《おっ、婦警さん解るかい? これぞ漢の浪漫、無数のミサイルこそが戦場で最も頼りになるってもんよ! 有質量弾頭、最高っ! 放つぜ無限軌道、魅せるぜ俺様サーカス!》

 得意気に胸を張ったその機体は、バランスの悪さ故に転びそうになる。よろけながら体勢を整えるその機体を、シヨは心の中でダニエルと名付けた。無論、アダックスの正規の製品では無く、ダンをベースに改造を重ねたものだが。
 ダニエルを押し退け、その喧嘩相手が代って前に進み出た。

「わぁ、珍しい……VOX系にこんなユニット・スケルトンがあるなんて。あ、自作なんだこれ」
《御嬢ちゃん、見る目あるね! そうよ、俺はオラタンの頃からビーム一筋よ! それをアダックスの連中は……まあいい! ビームこそ真の漢の浪漫、迸る光芒に明日を見ろぁ!》

 その機体にシヨは既視感を覚え、その答えを第二世代型バーチャロイドの中に見出した。
 先ほどのダニエルに勝るとも劣らぬ、もはや原型を留めぬレベルまで改造が施されたVOX系。その肩や手には、ダンやダニーのようなボックス・ランチャーは無かった。代りに装備されているのは光学系兵器のシュタイン……のアッパーバージョンに見える。それもやはり過積載寸前まで搭載され、アームズアートの水着の女が電飾に照らされている。
 ダメオシは肩にデカデカとペイントされた「ビーム命」のキメ文句。

《これがリーインの言ってた、デコ箱って奴か》

 ルインの深い溜息。珍しい光学兵器特化型のVOXの愛称を考えていたシヨは、その聞き慣れぬ単語に疑問符を返した。とりあえずは、シュタインボックスという安直なネーミングを保留して。

「デコ箱? っていうのは……」
《デコレーションボックス。まあ、こーゆー痛い過度な個人改造のVOX系のコト》
「おおお、なるほど。でもこの子達、結構凄いよ? そりゃバランスは悪いけど」
《そゆ問題じゃねえだろ……さて、どうしたもんかな》

 ひとしきり自己主張が終ったところで、口喧嘩は再開された。そしてそれはルインが心配する通り、いつバーチャロイドを用いての乱闘騒ぎに発展するとも知れない。
 非常に危険な状態であるにも関わらず、周囲には酔っ払った野次馬が集まり出していた。彼等彼女等は無責任に、どちらにつくともなくはやし立てる。

《だいたいお前、ミサイルがいっつも弾切れんなってんじゃねーか!》
《バーカ! 最大火力放出後は誰だって、チャージに時間が掛からぁ! バーカバーカ!》
《馬鹿って言う奴が馬鹿なんだ! いつも誰がフォローしてると思ってやがる! 隙でけぇんだよ!》
《あぁ? この俺様がいつ、手前ぇに援護を頼んだよ! 俺より撃墜数低い癖によぉ!》
《おっ、おま……言ったな? それ言ったな? 俺ぁ量より質で稼いでんだよぉ!》
《うるせぇ、大体なぁ、そんなにビームが好きなら、ライデンに乗りゃいいだろうがよ!》
《レーザーとビームは違うっ! この素人め、カペリーニとパッパルデッレ位に違うのだ!》
《そいつは悪かったな! まあ姐さんと違って手前ぇの腕じゃ、ライデンなんて夢のまた夢だぜ!》

 一触即発の空気が練り上げられてゆく。
 シヨは緊張感に身を硬くした……今夜こそ、戦闘になる。自分にとって初めての戦闘に。

《どっちもパスタ、食えば一緒だろうが……ったくよ》

 ヘッドギアをかぶって、ルインがコクピットへと消える。そのハッチが閉じられると、自動操縦が切られてテムジン422号機が一瞬身震いした。
 乗機のメインカメラに視覚を連動させず、正面のモニターだけでの戦闘……それは可能と言えば可能だが、著しく動きが制限される。しかし、バイザーを機体に直結すれば、ルインはまた暴走してしまうだろう。
 シヨの緊張に不安が入り混じる……しかしもう、やるしかない。
 既に相手へ放つ言葉も尽きて、二機のVOX系……ダニエルとシュタインボックス(仮)のVコンバーターが唸りを上げた。戦闘をするようなら即座に、介入するのがMARZだが。その一員であるシヨにはまだ、任務をこなす自信が無かった。
 それでも覚悟を決めて、操縦桿を握り直した瞬間。女の怒声が夜気を切り裂いた。

「お前達っ、もう少し静かに飲めないのかいっ! いいから二人とも降りといで!」

 肉声だった。見れば二機の足元に、一人の女性が腕組み仁王立ち。赤いドレスがネオンに眩しい。

《姐さん! ええい、見逃しておくんなせえ! 後生でさぁ!》
《これは漢と漢の勝負、ここは黙ってやらせてくださいよ、姐さん!》
「誰が本社に頭を下げると思ってんだい? 雇われ中間管理職ナメんじゃないよ。それとも……」

 女はハンドバッグからモバイルを取り出し、それを素早く操作する。
 駐機場の片隅で、膝を突いていた機体が唸りをあげて立ち上がった。それは主の呼びかけに応えて、ゆっくりとその威容を近付けてくる。野次馬が蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

「言うことが聞けないなら、このアタシが二機ともスクラップにしてもいいんだよ?」

 朱色のライデンが、バチバチと歌うネオン光に浮かび上がった。燃え上がる炎のようなその機体には、S.H.B.V.D.の識別マークと共に無数のキルマークが刻まれていた。
 咄嗟にコクピットハッチを開放して、身を乗り出すシヨ。彼女はルインがインカムに警告を呟くより早く、眼下に向って叫んでいた。

「あっ、あのっ、スクラップはやめてください。この子達が可愛そうです、乗り手さんだって……」
「おや、MARZってのはハイスクールのクラブ活動かい? こんなお嬢ちゃんがパイロットとはねぇ」

 赤いドレスの女はシヨを一瞥して、肩を竦めてみせた。
 それに構わずシヨは言葉を続ける。

「ウィスタリア内では、あらゆる戦闘が禁止です。えっと、あなたの部隊の方かもしれませんが、おしおきとかも駄目です。戦闘とみなしちゃうんで……とにかくっ、やめてください」
「甘ちゃんだねぇ。だいたいアタシとこいつ等で、戦闘なんてレベルになるもんかい」

 喉を鳴らして女は笑った。

「それとも……MARZ自慢のテムジンで、アタシを止めてみるかい? お嬢ちゃん」
「そ、それは――」
「ふふ、冗談さ。ちょいと部下の行儀が悪かったね、許しておくれよ」
「は、はあ」

 女はドレスの裾を翻して、屈み込んだライデンの手に飛び乗った。そのまま彼女のライデンは、胸元へと主を運ぶ。
 屈強な闘士を思わせる厳つい機体が、夜空に浮かぶ双子の月に向って立ち上がった。

「お前達、今夜はこの辺でお開きだ。帰るよっ!」

 気風の良さで部下の尻を叩いて、朱色のライデンが踵を返す。ホバー移動の体勢に入り、身を僅かに屈めたその機体は、最後に一度だけシヨを……テムジン421号機を振り返った。

「お嬢ちゃん、名前は?」
「え、えと、ウィスタリア分署第二小隊所属、シヨ=タチバナ三査です」
「そうかい、覚えとくよ……縁があったらまた会おう」
「あ、あれ? こゆ時って普通、あなたも名乗ってくれたりとかは……」

 しかし名乗らず、女はコクピットのハッチへと消えた。
 Vコンバーターの軽快な作動音を響かせ、朱色の機体が夜の闇に溶け消える。その後を追って、件のデコ箱……独特な改造のVOX系も姿を消した。
 サヴィルロウの喧騒はどこか遠くに聞こえ、それ以外はなにもシヨの耳には入ってこなかった。

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