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 ――Get Ready?
 シミュレーターの問い掛けにシヨは、無言でスティックを押し倒して答える。彼女の愛機であるテムジン421号機は今、仮想世界の中に完全に再現されていた。その挙動や追従性、クセは間違いなく自分のテムジン。

《シヨ、狙うならルインっきゃないよ。エリオンはもう、潔く無視しよっ》
「う、うんっ」

 インカムに応えるシヨの視界を、リーインのマイザー・デルタが覆う。サッチェル・マウスが誇る最新鋭バーチャロイドは、瞬く間にテムジンを抜き去り前面に躍り出た。無論、ここ最近になって市場に出回り始めた機体で、MARZは予算もコネもない為、配備の予定は当面ない。
 だが、データだけならタダ同然……毎日バーチャロイドに関する事件を取り扱うMARZには、ウィスタリアRJに出入りする、あらゆるバーチャロイドの情報が蓄積されていた。

《ルインさん、援護するんで――ルインさん? あの、どっちから先に……まさか》
《……どっちも潰すっ! 俺がぁ!》

 エリオンのライデンを押し退け、緑の悪魔が地を蹴った。言の葉を象らぬルインの雄叫びと共に、スペシネフが真正面から飛び込んでくる。即座に側面に回りこむリーインを見送り、シヨは逆側へと愛機を翻した。
 直後、震動にコクピットが揺れる。実際のコクピットと寸分違わぬ、シミュレーターが乗機の転倒をシヨに告げていた。
 エリオンは正確に、シヨの回避行動の到達地点へとレーザーを「置いて」いた。

「え、今、何に……あ、レーザーか。ダメージチェック、コントロール。よしっ、まだ――」
《遅ぇっ! おおおっ! 喰らいっ、やがれぇぇぇっ!》

 機体を立ち上がらせるシヨの、視界一杯にルインのスペシネフが迫る。その無軌道で無茶苦茶な動きは、シヨの知る教本には記されていない。たちまち零距離に迫られ、シヨはスティックを内側に倒して耐えた。
 巨大な戦斧の一撃を、身を削られるような思いで耐えしのぎながら。ルインの操るスペシネフが「戦」と呼ばれるバリエーションだとシヨは確認する。その背後からバズーカを放ってくるライデンは、E2型……火星戦線では最もスタンダードなタイプ。
 第三世代型の圧倒的な性能を前に、シヨは懸命に回避運動に努めながら歯を喰いしばる。

《シヨ、今助けるっ! ルイン、後いただきっ》

 光の銃剣が飛来して、僅かにスペシネフが脚を止める。その隙をついてやっと、大ダメージを負った機体をシヨは安全圏へと逃がした。入れ替わりに飛び込んできたリーインが、見よう見まねといった感じで弾幕を張る。

《出る杭は打たれるでしょっ、ある意味っ! シヨ、援護して。ここでルインを》
《っぜえんだ、よぉぉぉ! ドラァァァ!》

 もはや模擬戦とは思えぬ迫力で、ルインのスペシネフが吼えた。
 彼は普段とは違い、シミュレーターにヘッドギアを接続していた。実際の機体でなくとも、MARZの狂犬は鎖を引き千切って暴れ出す。その狂気じみた粗暴な操作に、不思議とスペシネフは、特に「戦」はマッチした。
 絶妙な距離で付かず離れず、途切れない攻撃でリーインがルインを追い詰める。追い詰めている筈なのに、ダメージも意に返さずスペシネフは金切り声を響かせ踏み込んできた。
 慌てて援護に回ろうとするシヨは、再び目の前を一条の光が迸るのを見て制動をかける。

《あーもぉ、プラクティスだって言ってるのに……ちょっとエリオン、貴方止めなさいよ》
《いや、でも、僕は今、ルインさんと組んでるし。それに、ライデン面白いんだ》
《このっ、バーチャロン馬鹿っ! ……ああもう、手数が足りないのよ、シヨッ!》

 そうは言われても、シヨは迂闊に動けない。まるで自分の手の内が読まれているように、走ればGボムの爆風に遮られ、飛べば頭上をバズーカの弾頭が押さえてくる。そうしてシヨの自由を制限しながら、エリオンは同時にリーインの飛べる空間を徐々に削り取る。
 当のリーインは、デタラメな動きで視界を右に左に舞うスペシネフを相手に苦戦していた。一度肉薄した死神は、まるで影のように付き纏い離れない。マイザーの距離に持ち込もうと一歩退けば、倍する速度で影は忍び寄ってきた。
 みるみるリーインのマイザーが窮地へと追いやられてゆく。自慢の脚を殺され、翼はもがれたも同然。

「ごめんね。わたしが……うん、わたしに任せて。やってみるっ」

 シヨは一人、蚊帳の外に放られた自分を叱咤して奮い立たせた。
 ソードウェーブを放つと同時に、その光る刃を追ってシヨがターボスロットルを押し込む。飛来するバズーカの弾頭が相殺される光を浴びながら、テムジン421号機はスペシネフとマイザーの間に強引に割り込んだ。振り下ろされた戦斧、アイフリーサーの刃をスライプナーで受け止める。

《そのままっ、潰れろぉぉぉっ! ぬあああっ!》
「リーイン、わたしにいい考えがあるの。距離とって、あれを。タイミング、合わせて、みるっ」

 模擬戦とは思えぬ程に、鬼気迫るルインの気迫。その黒く暗い情念を、仮想現実のスペシネフは吸い上げ脈動する。EVLバインダーが唸りをあげれば、圧倒的なそのパワーに押されてシヨのテムジン421号機が膝を突いた。

《あれ、って……私、マイザー始めてなんだけどさ。ま、いっか。博打上等、って感じよねっ!》

 距離を取って後退するリーインのマイザーが、クルリとバク転で距離を取る。そのまま足元を狙うエリオンの牽制を巧みに交わして、リーインは慣れぬ機体で猛然と反撃に転じた。大地を抉るヒールが熱砂の赤錆た土砂を巻き上げ、その土煙を纏いながらマイザーが変形する。

《ルインさん、リーインがS.L.C.で突っ込んでくる。避けてください》
《今、忙しいっ! オラァ、潰れちまえよぉ!》
「ルイン君、ひどいっ……練習なのに、もう。いいよ、ビックリさせちゃうんだから」

 シヨはスライプナーを手放すと同時に、機体を宙へと躍らせた。そのまま見上げるスペシネフを、その後方でバズーカを構えるライデンを直線上に捉えてイメージを膨らませる。
 普段なら、こんなことを考えたりはしない。教本には書いていないから。しかし今、シヨは咄嗟の機転で臨時の相棒と連携を取る。

《シヨ、行けるの? 私、すっごい不安なんだけど……これ》
「行けるよっ、MARZ戦闘教義指導要綱07番、『臨機応変』……え、えいっ」

 飛行形態を取ったリーインのマイザーが、地を這うような高度でスペシネフへと突進する。その背へ降りたつと同時に、シヨはブルースライダーの要領でバランスを取った。咄嗟に回避行動を取る死神の背へと、S.L.C.の軌道を器用に曲げてゆく。
 シヨとリーインの視界一杯に、肩越しに振り向くスペシネフが迫った。が――

《ダメじゃん、シヨ! 届かないっ》
「あ、あれっ? そ、そんな」

 失速するマイザーからシヨのテムジン421号機は前のめりに放り出された。変形を解いて着地するリーインが、その上に折り重なるように躓き転ぶ。その瞬間をまるで待っていたかのように、フルパワーで照射されたライデンのレーザーが二機を同時に屠った。
 シミュレーション終了を告げるアナウンスと同時に、四台のシミュレーターが同時にハッチを開放。

「シーヨー、最後のあれは何? あーゆーのはエリオンだけにしてよね、もうっ」
「ご、ごめんリーイン。あのっ、何とかしなきゃって思って」
「ノった私も私だけどさ。シヨはもっと、経験が必要かな。根性は認めるけど、応用の前に基本」
「あ、ありがと……その、ごめんなさい」

 ハッチから這い出たシヨは、隣のシミュレーターから首を覗かせるリーインと軽くリザルトを終えて。エリオンとルインの姿を振り返った。勝った側にも課題があるようで、二人は何やら真剣に話しこんでいる。
 身振り手振りで事細かに熱っぽく語るエリオンの前で、ルインはまるで先程とは別人の様に萎びた様子で相槌を打っていた。

「ルインさん、前から気になってたんですけど。あの状態って、記憶あるんですか」
「いや、何というか、別の俺を外から見てる感じというか……すんません」
「はあ……まあでも、データ取ってたんですけど、やっぱり凄い数値出てますよ」
「……話になんねぇよな、でも。毎回暴れ回ってもいられないしよ」

 ルインはトボトボと、背を丸めてシミュレーションルームの中央端末へと歩く。その後を追うエリオンは、続くシヨとリーインに瞳を輝かせて駆け寄ってきた。

「シヨさん! さっきのあれ、凄かったです。僕も一度やってみたいな」
「でも、失敗しちゃった。わたしは何か、奇をてらうより先にやることがあるみたい」
「うーん、確かにそうですね。シヨさん、何か操縦に迷いがある感じです」
「迷い、というか。何か、わたしってばお子様だな、って。よしっ、しっかりしろシヨッ」

 気合を入れるようにシヨは、両の頬をテシテシと叩く。
 その横ではリーインが、エリオンと連れ立って中央端末へ向っていた。

「リーイン、さっきのあれ……僕のときも試させてよ」
「エリオン、貴方なら安心だけど。でもさ、うちにマイザー配備されると思う?」
「……配備されないの? もう市場には出回ってるし、バリエーション展開も」
「うちはね、エリオン。すっごい貧乏なの! 中古のテムジンで精一杯なの! 解った?」

 加えて給料も固定給だと、常々口を酸っぱくしていることに拘るリーイン。
 ウィスタリア分署に配備されている四機のテムジンは、どれもが地球圏で運用されていた707型の払い下げである。素性の確かな、癖のない機体を回してもらい独自のチューニングで切り盛りしているが、パワー不足は否めない。
 それはシヨも解るが、同時にまだ機体性能に文句をつけるレベルではない自分にも彼女は気付いていた。シミュレーションで第三世代型を相手に苦戦するのは、何もテムジンが……テムジン421号機が非力だからではない。
 全ては、シヨの腕と意識の問題だった。

「訓練御苦労、諸君……たまには息抜きと思ったが、どうだったかな?」

 典雅とさえ思える声が響いて、四人のパイロットが囲む端末の画面にMARZのシンボルマークが浮かぶ。バーチャロイド部隊の隊長、リタリー特査の登場に全員が身を正した。
 そう、先程の一戦はプラクティス……と言うよりは、隊長の提案したレクリエーションだった。ウィスタリア分署にあるデータの中から、各々好きなバーチャロイドを選んで操作し、その対策を考えながらレポートを提出する。いわば、遊び半分の息抜きである。
 そんな中、自由に選べと言われて……シヨは迷わず自分の愛機を選んだ。もっと、自分のテムジンと一体感を得たい。少しでも経験を重ねて、自分の身体同然に振り回せるようになりたい。そうすれば、リミッターも外して貰えるし、何より迷いが自信に変わる気がするから。

「よし、では全員シミュレーターのデータを乗機にセット。ランダムで小隊ごとに特訓だ」

 優雅で深みのある声と、特訓という単語のミスマッチにしかし、違和感を笑うものは一人も居ない。四人のパイロット達は再びヘッドギアをかぶると、シミュレーターへ小走りに向った。
 シヨもまた、自分の戦う理由を求めて……それを探して、課題に挑んだ。

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