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 ほたるのひかりが奏でられて、一般客がめいめいに店を出てゆく。照明が落とされ、アチコチでビデオゲームの筐体が沈黙する。そして……今夜もまた、選ばれし者達の宴がはじまった。
 エリオンはゲームセンターの雰囲気が嫌いではなかった。と言うよりは、ゲームセンターだけが、日常生活で自分が馴染める唯一の場所だった。そしてこのウィスタリアRJ歓楽街にある、GA社直営店のゲームセンターもまた、彼を拒まなかった。そこで日付を股いて行われる、秘密のゲームも。

「ようし、いいぞう! 今日の稼ぎが全部かかってんだ、気張れよニーチャン!」
「MARZの狂犬が何だってんだ、地球で慣れたこの機体なら……っしゃあ!」

 電脳戦記バーチャロン・オラトリオタングラム。それが今、薄暗い店内に僅かに光を灯す筐体の一つ。大勢のバーチャロイドパイロット達に囲まれ、賭けの対象になった勝負の中に、エリオンは同僚の丸まった背中を見た。
 毎夜毎晩、ルインが閉店後のゲームセンターに出入りしている……それは常連のエリオンの耳に真っ先に入ってきた。そのことを本人へ告げると、珍しく慌ててルインは黙秘を頼み込んできた。特に、シヨには絶対に口外無用だと釘も刺されていたのだった。

「どうせやるなら、分署のシミュレーションルームでやればいいのに」

 歓声と悲鳴が上がる一団の中心で、ルインはツインスティックを握りながらテムジンを操る。ゲーム内に再現された機体はG型……この火星戦線に対応してアップデートされる前の型で。そもそも地球圏での戦闘を再現したオラトリオタングラムは、ゲームバランスから何から、現実の任務とは大きく違っていた。
 そのことで恐らく、自分は呼び出されたのだろうとエリオンが思惟を巡らせていると。

「いやいや! それは駄目だ、オタクは何を言ってるんだい? そんなキャスティングは認めないよ」

 背後で突然、悲観にくれた大声が響いた。振り向けば、中肉中背の肥満体がモバイルに向かって、しきりに唾を飛ばしている。その風体はおおよそ、バーチャロイドのパイロットには見えない。安物のスーツによれたシャツ、ネクタイはしどけなく緩めている。それらは全て、目に痛い三原色なのだ。

「脚本はマビーナ=トルケで決まり、配役もオイラが……あの激戦を映像化するんだ、当たり前だよ」

 男は天井を仰いで、大袈裟な仕草で目を覆う。彼がレヴァナントマーチの事を切々と、熱っぽく語る声は、一際大きな喝采に消えていった。どうやら勝負がついたらしく、席を立つルインの半目がエリオンを捉えた。よぉ、とぼやけた声に向き直るエリオンの、視界の隅を違和感がよぎる。
 年端もゆかぬ幼い子供が、少女というにもまだ幼すぎる娘が、ぽつねんとエリオンを見ていた。灰色の髪を短く刈り揃えられた、セーラー服の女の子。彼女はエリオンの向こう側の、どうやら白熱の接戦だったオラトリオタングラムを見ていたらしかった。

「悪ぃな、エリオン。呼び出しちまってよ。その、やっぱり、ちょっとオラタンだと、な」
「地球圏と火星戦線じゃ、運用される機体も動作環境も違いすぎるもの」
「まあ、本当はシミュレーションルームでやりゃいいんだけどよ。なんだ、まあ、色々と」
「シヨさんは毎日、エルベリーデさんと特訓してるよ。みっちりしごかれてるみたい」
「……へばるまでずっとやってるだろ、アイツ。涼しい顔して厳しいからな、あのオバさんは」
「何だ、知ってたんだ。……一緒にやればいいのに、パートナーなんだから」

 一瞬だけルインは、僅かに瞼を押し上げるが。また普段の眠たげな表情に戻って、エリオンの言葉を反芻するように考え込む。

「少しでもアイツにゃ、集中させてやりてぇ……と、俺は考えたんだがよ」
「うーん、考えたんだ。まあ、それはいいとして。せめてやるなら、あっちにしようよ」

 ぬーっと隣に立つルインを見上げて、エリオンは奥の筐体を指差す。その先に例の女の子が、吸い寄せられるようにふらふらと歩き出した。ルインも気付き、勤務時間外とはいえMARZの一員として動き出す。
 女の子は、今しがた団体が遊び終えて離れた、バーチャロン・フォースの専用筐体の前に立ち尽くしていた。

「今日はエリオン、お前に胸を借りようと思ってよ……お嬢ちゃん、こんな時間にどうしたんだ?」

 大きく身を屈めて、ルインが女の子の目線に並ぶ。しかし女の子は、大きな蒼い瞳を瞬かせながら、黙ってルインを一瞥して……再び、バーチャロン・フォースのデモ画面を見詰める。秀でたおでこが眩しい。
 困ったように頭をボリボリ掻きながら、ルインは溜息と共に立ち上がった。兎に角保護を、とエリオンも近付いたその時。

「いやぁ、待たせたね! エイス、今日はどっちで遊ぼうか? オイラ、今日はフォースがいいなぁ」

 先程の太った男だ。彼は満面の笑みで両手を広げて、女の子へと歩み寄った。保護者らしき人物の登場に、ルインは二、三の職務質問を行う構えだったが。エリオンはその時、女の子の放った言葉で、男との関係に首を捻った。

「遅い、監督。待った、随分」
「いやぁ、スポンサーがうるさくてね。ごめんよ、エイス。さあ、今日も沢山遊ぼう」
「あんた、保護者か? 子供をこんな時間まで……っておい、お嬢ちゃん! ……ったく」

 エイス――それがどうやら、女の子の名前らしかった。エイスは今、いかにも鈍いルインの小脇をすり抜けると、右手にカードを、左手に小銭を遊ばせて、バーチャロン・フォースのシートに納まった。苦い表情でルインは男を睨むが、そこには大人気なく悪びれないニヤケ顔があるだけだった。

「まあまあ、少し位目を瞑ってよ……オタク、MARZの狂犬ことルイン=コーニッシュだろう?」
「はあ、すんません。ってか、知ってるなら、俺等が言いたい事も解るよな? オッサン」
「そっちはエリオン=オーフィル。たっは! ウィスタリア分署のエース様じゃないか、素晴しいっ!」
「あの、僕達の話、聞いてもらえますか? 未成年がこの時間に……あ、僕も未成年か」

 自分の年齢を思い出して、思わずエリオンが苦笑する。ルインがおいおいと眉をしかめるより先に、男は二人を置き去りに、バーチャロン・フォースの筐体へ……エイスの逆側へと消えていった。

「エイス、今日は対戦しよう! 手加減しないぞ、素敵なゲストもいるしねぇ」

 そう言ってコインを握り締めると、男は再度筐体の影から首を覗かせた。薄い笑みが浮かんで、たるんだ顎の肉が震える。大人としてあるまじき、しかしどこか憎めない……自分ではそう思っている人間特有のいやらしさが滲んだ。その上、目だけは笑っていない。エリオンにはそう感じた。

「オタク等さ、おごるからちょっと付き合ってくれよん? エイスの遊び相手、して欲しいなー」
「あのな、オッサン。俺等は一応、この街の治安維持の他に、警察権もある程度与えられて……」
「――ルインさん、対戦しよう。この手の人はね、言葉じゃあまり動いてくれないんだ」

 驚くルインを置き去りに、エリオンはエイスの隣に腰を下ろした。ルインは呆れた顔でしかし、何となく察してくれたようだ。つまりはエリオンも、広義の意味では同類なのだ。この、どうしようもなく社会性の欠けた、向かい側の男と。

「狂犬クン、はやくしてくれよ! オタク、やっぱりゲームでもテムジンなの?」
「まあ、じゃねーと特訓になんねーしよ……一戦だけだぜ? 俺等は俺等で、忙しい」
「いやぁ、MARZの狂犬と一緒に、ウィスタリアのエースと戦えるなんて、これは面白い!」
「……何なんだ、このオッサン」

 向こう側にいるルインの呆れっぷりが、エリオンにもよく伝わってきた。まあまあ、と宥めていると、隣でエイスがコインを入れる。自分の分まで投入されて、慌ててエリオンはカードを取り出した。

「変わったお父さんだね。でも、いいな……遊んで貰えるなんて。や、夜遊びは関心しないけど」
「いない、親なんか。ただの監督、あの人は」

 抑揚に欠く、投げ捨てるようなブツ切りの声音。笑えばそれは、花咲くような可憐さだろうが……ただ無表情に、エイスは画面を見詰めていた。どこかその姿を、エリオンは知っているような気がする。否、覚えている筈……それは幼少期の自分に良く似ていた。

「エリオン、まぁ、何か流されちまったけどよ……やるからには一つ、頼まぁ」
「うん。本気で、いいんだよね?」
「……ああ。俺はこの、モニターだけの戦闘精度を上げてぇ」
「みんなにナイショで、シヨさんに気を使わせずに、ね。了解」

 向こうで息を飲み、次いで零れそうになる言葉を飲み込む気配。
 確かに、隣でルインが悪戦苦闘しているのを見ると……あの人はきっと、心配してしまう。シヨ=タチバナはそういう類の人間だった。そして、それがマイナスにばかり働くと判断してしまうのが……頭で何でも考えてしまうルインなのだとも。

「考えるな、感じろ……か」
「何?」
「ううん、それより。ええと、エイスはどうする? 僕は予習がてら、J+のカードがあるけど」
「いつもこれ、わたしは」

 小さな手からカードを飲み込み、モニターが見知らぬバーチャロイドを映した。雰囲気はフェイイェンやエンジェランに似ている……しかし、まるで現実のエイスのように、小さく幼い女の子のような機体。

「ニシシ、楽しい夜になりそうだなあ! こんなことならカメラを持ってくるんだったよ」

 監督と呼ばれる男の、不快な笑いに「Get Ready?」の機械音声が混じる。エリオンは眼前に立ち塞がるルインのテムジンの横にも……見た事も無いバル・シリーズを見て息を飲んだ。
 筐体を挟んで戸惑いを分かち合うエリオンとルインは、最早特訓どころの騒ぎではなかった。
 これがMARZとエイス、そして監督と呼ばれる男との出会いだった。

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