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「あのちっこいのは、何だったんだろうな……プラジナー・ブランドっぽいんだけどよ」
「最新のカタログには載ってなかったけど。それよりあの、見たことないバル・シリーズ」
「あ? ああ、あのオッサンのか。監督って呼ばれてたし、ゲームか映像業界の関係者か?」
「バーチャロイドのことならいっそ、シヨさんに聞いてみ、んぐ、んが」

 先程から男の子達は、ブリーフィング中だというのに少し騒がしい。
 シヨは、ルインに口を塞がれてモゴモゴ言っているエリオンを見やる。隣のリーインが額に青筋を浮かべて眉を痙攣させており、いつ「男子、授業中は静かにしてくださいっ!」と叫び出してもおかしくないような。そんな雰囲気だが、実際にはそれはありえない。
 ここはハイスクールの教室ではなく、MARZウィスタリア分署のシミュレーションルームだから。

「二人とも、私語は慎むように。エルベリーデ、先を続けてくれ」

 リタリー隊長の声が、落ちつかない様子のルインとエリオンを硬直させる。続いて響くエルベリーデの声音も、負けず劣らずに典雅なもので。手にするモバイルにMARZのシンボルマークを回しながら、すらすらと楽器のように歌いだした。

「鎮圧対象はウィスタリア外より低空で……超音速で侵入、目標を爆撃の後に離脱――らしいのです」
「それも五件全て、サッチェル・マウス傘下の倉庫や工場ばかり狙われている」
「偶然カメラが捉えた映像から、鎮圧対象はマイザー系列の機体であることが判明しています」
「だが、残念ながら断片的な映像だけで、バリエーションの特定までは至らない。目撃者も、いない」

 交互に奏でられる、リタリーとエルベリーデの報告。まるで輪唱のような連なりに、シヨは懸命にモバイルを叩いてメモを取った。同時に目は自然と、先程から繰り返し流される映像に釘付けになる。
 ノイズ交じりの不鮮明な記録は、シャープな翼が刺々しい人型に変形するところで途切れていた。

「爆撃、ってことはイータ。もしくは、イータの改造機じゃないかな」
「まあ、ある意味その線が打倒よね。ルイン、あんたは何か心当たりは?」
「すんません、何も……まあ、でも、餅は餅屋って言うしよ。なあ、シヨ」

 全員の視線が、一斉にシヨへと向けられた。各々異なる熱量を乗せた眼差しが、自分の瞳へと集束するのを感じる。シヨはメモを取る傍ら、別のウィンドウに広げたネットの海から、必要な情報だけを拾い上げて全員の前へ表示する。
 謎の破壊魔バーチャロイドに代って現れたのは、情報と呼ぶには不確かで曖昧な……噂とか、都市伝説とか言われる類の物だった。それでも期待されてると知れば、自然とシヨの語気は高まる。

「えっと、通常装備のマイザーでは、音速でこの機動は……まして、爆装してるとなると、んと」

 高鳴る鼓動に反して、口はなかなか上手く回らない。自分でも流石に、ネットの情報を鵜呑みにする訳にはいかないから。しかし、現実の事件を引起した正体不明の翼は、余りにもシヨの知る話に酷似していた。それが不謹慎だが少しだけ、シヨには嬉しい。
 やはり、幻の超々高速機は実在したのだ。

「タチバナ、どんな情報でも構わない。ソースについては問わないから、意見を」

 点滅するMARZのマークが、あくまでも優雅にシヨを促す。周囲の目もそれに追従して、全員が息を飲む気配が感じられた。自分で自分に言い聞かせるように、シヨはゆっくりと言葉を紡いで吐き出す。

「恐らく、鎮圧対象はマイザー……噂の、マイザー・オメガだと、思い、ます」

 消え入るように言い終えたシヨが、不安げに周囲を窺う。誰もが一様に、聞きなれぬバリエーションに首を捻っていた。エルベリーデだけがリタリーを片手に、形良い顎に手を当て頷いている。
 ――マイザー・オメガ。それはいつの頃からか、火星戦線全土に見え隠れする謎の都市伝説。
 曰く、超音速での高機動戦闘、自在な高速変形が可能である。
 曰く、デルタを超えるS.L.C.のモーションパターンを持つ。
 曰く、イータとは別次元の兵装積載量を誇り、攻撃力も上回る。
 曰く、ガンマが足元にも及ばぬ隠密性で、影から影に敵機を撃墜する。
 マイザー・オメガとは、マイザー乗りの妄念が形となったかのような、夢の超高性能機だった。そのスペックはネットの海を駆け巡り、背ビレ尾ビレがついて肥大化の一途を辿っていた。シヨが初めてその名を知った時には、もう単独で定位リバースコンバートが出来る機体、という事になっていた位だ。

「あー、何か僕、ゲームセンターで聞いたことがあるような、ないような……」
「んな機体あっかよ、物理的にありえねぇ。変形一つ取っても、空中分解しちまうだろ」
「でも、映像は残ってるわ……さっきも見たでしょ、信号機のカメラが捉えた事件の瞬間」

 エリオンが腕組み考え込み、その頭上をルインとリーインの声が行き来する。自分の投じた一石が織り成す波紋を、シヨはただ呆然と見守るだけだった。

「その、マイザー・オメガというのはわたくしは解りません。ですが、ルインさん」

 カチコチの理論武装で否定するルインを、やんわりとたしなめる声。

「世の中には確かに、常識外のバーチャロイドが存在するのです。そう、例えばわたくしの以前の……」

 エルベリーデは肩に掛かる金髪を振り払うと、精緻な横顔に瞳を滑らせ、しなりとルインを見定めた。例えば……その続きを待って、ゴクリとシヨが生唾を飲み下す。
 薄い唇が言葉を象ろうとした瞬間、エルベリーデの手の内にMARZのシンボルマークが光る。

「その話は後だ、エルベリーデ。事件は現場にて発生している、そして……鎮圧対象は健在だ」
「そうですね、リタリー。ルインさん、とりあえずわたくし達も為すべきを為しましょう」
「は、はぁ……まあ、その、理屈の通じない奴とやら……かもしれないの、見ちまったしよ」

 何よりルイン自身、理屈の通じないパイロットだから。ぼやけた生返事に続く呟きは、シヨの耳朶を打つや、ルイン自身に反射した。彼はぶつぶつと「バル・シリーズの方だけでも手掛かりが……いや」などと、半目でぼんやり虚空を見詰める。そんな彼自身、得体の知れない"視覚同調時暴走病"だった。

「幸いなことに……と言えばサッチェル・マウスには悪いが、次の被害予定地は確定している」

 話は本筋を取り戻し、リタリーの凛とした声がブリーフィングを進める。シヨは急いで手元のモバイルから不要なウィンドウを消し去り、必要事項を記録しておく。マイザー・オメガの襲撃には規則性が、しかも極めて単純なものがあった。
 鎮圧対象は、一番マイザーが多く集まる施設を襲う。
 残されているのは、サッチェル・マウスのウィスタリア支所……その広大な滑走路。

「第一小隊はいまだ機体の調整中だ。よって、第二小隊とエルベリーデのテムジンで網を張る」
「となると、残る問題はシンプルです。わたくし達の装備で、どうやって超音速機を止めるか」

 さて、どうしましょう? と小さな溜息をつくエルベリーデ。その表情は微笑を湛えて、恐縮するシヨへと向けられる。難題だが、無言の質問にシヨは無い知恵を絞った。
 ふと、あの人の……師でもあるチーフの、何よりウィスタリアのエース、エリオンの得意技が閃いた。

「あっ、あの、ブ、ブルースライダーで、追いかける、ってのは……」
「シヨさん、例え僕の411号機がフルパワーでも……テムジンで音速は出ないよ」

 最も今、そう言うエリオンの機体が装備するスライプナーは、ブルースライダーがオミットされていて。何より411号機自体がまだ、新装備の調整で連日連夜、整備班を悩ませているのだった。
 冷静に考えれば、スペックオタクのシヨにもすぐ解ることだった。それだけに落胆するシヨの、その最初の閃きだけを拾う声。

「隊長、提案します。被害予定地周辺の交通システムを、一箇所残して全て切ってください」

 ルインだった。彼は即座にウィスタリアの地図を確認し、滑走路のある広い施設を睨む。

「奴はカメラに映ったんじゃない、映させた……幻と呼ばれた自分の機体を」
「つまり、地上のバーチャロイド用交通システムを絞ることで、爆撃コースを特定できるのだな?」
「たぶん、いや、恐らく……エリオン、お前さんはリーインと交通整理な、ええと、あとは……よし」

 ルインの目元が、一瞬だけ引き締まった。驚くシヨの横で、リーインが懐かしそうに眼を細める。
 普段から気概も気負いもなく、覇気どころか生気もどうかというルインだが。こんな時だけは僅かに、血筋の片鱗を垣間見せる。シヨはまた、ルインが突飛な作戦を言い出すのだと覚悟した。

「爆撃ルートを絞れば、追いつく必要はないというか……シヨ、お前さんはあれだ、横からブチ当れ」

 シヨはその後、ルインがとんでもないことをボソボソ呟くので、軽い眩暈を覚えた。

「わたくしはでは、ルインさんの……422号機のスライプナーを回収すればよいのですね?」
「はあ、まあ、やってもらえるなら。全力全開でブッ放すんで、どこかの企業に当ると不味い」

 それと、とルインが何かをエルベリーデに頼み込んでいる。その声もどこか、シヨには遠かった。
 リーインが得意の狙撃でとか、他に方法があるような気がするのだが……生憎と、リーインの機体もまだ調整中で。シヨは射撃は……否、射撃も御世辞にも、自信が有る方ではない。
 だが、ブルースライダーによる高速突撃戦を、まさかこんな形で初めて経験するとは思いもしなかった。

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