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 八機のバーチャロイドが入り乱れる、市街地内のバトルロイヤル。その乱闘騒ぎを鎮圧するべく、第二小隊の二機が現場へ踏み込んだ。その後を追って、第一小隊のテムジン411号機が、ふわりと翼を翻す。
 迷わずリーインは地を蹴るや、即座に検索した廃ビルの屋上に陣取った。

《シヨさん、ルインさん。頭は僕が抑えるんで、ライデンから片付けちゃいましょう》
《了解っ。じゃあルイン君、わたしから警告するね》
《おう、頼まぁ。後は気にしなくていんだろ? なあ、リーイン?》
「ま、ある意味ね。あんまり当てにばかりされても困るけど……背中、預かるわ」

 リーインは愛機テムジン412号機を屈めて、片膝をついたまま、スライプナーを固定する。同時にカメラに直結した彼女の視界は、数ブロック先の事件現場へとズームしていった。射線は通っている。
 シヨの頼りない、しかし教科書どおりの警告を読み上げる声を遮り、ライデンがレーザーをチャージし始めた。その展開した左右のバイナリー・ロータスを、リーインは射抜く。ウィスタリアの中心街でレーザーが炸裂するという大災害は、MARZの射手によって食い止められた。

《狙撃されてるぞ! ええいMARZだ、全機やめっ! 喧嘩やめーっ!》
《つーか俺等、何でこんなことしてんだっけ?》
《忘れたか? 最初に午前中の戦闘で株価が下がったって話してて……》
《ああそうだ、アダックスのクソ箱がって流れになって》
《バカくせぇ、これでペナルティだなんて……馬鹿騒ぎもお開きだ、ずらかるぞっ!》

 容疑者達は一斉に散った。しかしその半数がエリオンにより容易く撃破され、残る半数も第二小隊の二人が連携で停止させてゆく。的確な援護射撃を浴びせつつ、リーインは終息しつつある戦闘から、一機のスペシネフタイプが飛び出すのを見た。それは追い縋るシヨのテムジン411号機を振り切ると、EVLバインダーから妖光を引き跳ぶ。
 逃げ果せたと思えたのだろう、背後を肩越しに振り返るスペシネフ13「終」が、リーインの視界を覆った。瞬間、身を起こして数歩後ずさるテムジン412号機。空いたスペースに降り立ち前を向いたスペシネフには、明らかな動揺が見て取れた。予定外の接敵はしかし、リーインも同じ。

《っとぉ!? スナイパーはこんなところに、いやがっ――》
「遅い、イタダキッ! 出会い頭のっ、何と、や、らっ!」

 遭遇は全くの偶然だった。
 だが、両者を経験の差が別った。即座に近接戦闘へとスイッチしたテムジン412号機の手に、一回り巨大なスライプナーが刃を灯す。それは慌ててアイフリーサーを構えるスペシネフ目掛けて引き絞られた。ほぼ零距離に近い密着状態で、テムジン412号機が身を捩る。
 瞬間、横薙ぎに両手で叩きつけられたブリッツセイバーが火花を散らし、大きくスペシネフを抉る。優位性のある第三世代型とはいえ、装甲の薄さに定評のあるスペシネフが吹っ飛んだ。そのまま広域公共周波数に悲鳴を叫んで、一般販売カラーのスペシネフは落下していった。

「はい、しゅーりょーっと! っとっとっと……あ、やばっ」

 振り抜いた勢いでグルグルと、何度かその場で回りながら……リーインは即座に下肢をコントロール。停止を念じる思惟をM.S.B.S.が拾って、ダン! とテムジン412号機が踏み止まる。
 それがトドメになった。もともとバーチャロイド二機分の重量に悲鳴を上げていた廃ビルは、あっけなくその天井を崩落させる。再度リーインが、本気で危険を叫んで地を蹴ろうとした時にはもう……ひび割れ裂けた割れ目を、テムジン412号機は落下していた。何層ものフロアをぶち抜き、制動にもがけばマインドブースターから光芒が迸る。しかし虚しく、激しい衝撃が何度も襲って、リーインは底へと叩きつけられた。

《状況終了、っと。それよりルイン君、今リーインが……リーイン、大丈夫? 返事して》
《お前さんが逃がしたスペとばったり、か? 現場検証は俺等でやっから、エリオン見てこいよ》
《うん。リーイン、平気? 何か凄い音がしたけど》

 リーインはコクピットの中で、軽く頭を振って愛機に上を見上げさせた。今、テムジン412号機は多くの廃材に埋もれて、大の字に落ちてきた穴を見上げている。巨大な鉄骨が幾重にも重なり、全く身動きができない。冷静にヘッドギアのバイザーをあげて正面モニターを見れば、左腕部と両足が深刻なダメージを訴えていた。
 間をおかず静かに、光の翼を纏って僚機がはるか上空に静止した。

「った……ん、エリオン? 駄目よ、降りてきちゃ。このビル、崩れる……これは私のミス」
《今、署に救援を要請したから。待機中のエルベリーデさんが来たら、二機でサルベージするね》
「そうして頂戴。あーもう、久々に始末書物だわ……おやっさんにもどやされちゃう」

 やれやれと溜息をついて、リーインはヘッドギアを脱ぎ捨てる。そして立ち上がるや、天井のハッチに手を掛けた。だが、開かない。思わずハッとして、再度解放を入力すれば、何か重量物が軋む音が響いた。
 ハッチの上を残骸が覆っている……閉じ込められた。その事実にリーインは、全身から血の気が引くのを感じた。既に出動して一時間、このコクピットに入りっぱなしだと、身体が訴えている。

「閉じ込められた……出られない」
《リーイン、中で大人しく待ってろよ。つーか、外出た方が危険だからよ》
《うん、わたし達もこっちが片付いたら……あ、そこの方、機体をこっちに寄せてください》
《……リーイン、大丈夫?》

 気遣うエリオンの声が、どこか遠くに聞こえる。それもその筈で、冷静さを自分に言い聞かせるように、リーインは改めてシートンに座りなおすとヘッドギアを装着した。無線が耳元で鮮明さを取り戻す。
 そして改めて、機体を起こそうとスティックを握るが……悲しいかな相棒は身震いするだけで、Vコンバーターが虚しく駆動音を響かせた。ビリビリと周囲の壁が震え、リーインは無駄な努力を放棄する。下手に暴れたら、ビル全体が倒壊するかもしれない。
 バイザーを下ろして愛機に同調させた視界に、ホバリングするテムジン411号機を捉えて、リーインは無線の周波数を切り替えた。

「……エリオン」
《大丈夫、すぐ上にいるよ。事件は解決したし……さっきのスペシネフも無事確保した》
「うん」
《もうすぐ救援がくるから、それまで辛抱して》
「解ってる。ねえ、何か喋ってよ……気がまぎれるから」

 リーインは滲み出した不快な汗が、顎で玉と光るのを拭った。
 息苦しい……左右前後、上に下。鋼鉄のコクピットに閉じ込められてから、どれくらいたっただろう?
 時間をモニターに表示させると、リーインの焦燥感は加速した。

「まだ五分しか」
《リーイン、落ち着いて。じゃあ、その、僕の育ったラボの話……は、面白くないしな》

 薄暗い中、正面モニターの明かりだけがぼんやりと灯るコクピット。その圧迫感が徐々に狭まるように感じられて、リーインはいよいよ焦れながら頭を抱えた。

《えっと、困ったな。あ、そうだ、この間エルベリーデさんが――》
「もっと、違う話、して」
《ゴ、ゴメン》

 改めて無線の周波数を確認する。大丈夫、エリオンしか聞いていない。同時にリーインは静かに深呼吸すると、こんな時につまらない嫉妬を見せた自分を恥じた。その間もエリオンは上に滞空しながら、何かと話題を振ってくるが……例によっていつも通り、バーチャロイドに関することばかりだった。
 それでも耳を傾けてるうちは、ともすれば押し潰されそうな気持ちから解放される。そう思っていると、エリオンが会話を区切ったうえで、改まる気配を忍ばせた。

《……ねえ、リーイン。その》
「ん? ああゴメン、ちゃんと聞いてるわ。その対戦、どうなったの? 勝ったんでしょ?」
《あ、うん。それより……前から気になってたんだけども。カウンセラーは何て言ってるの?》
「ああ、軽いPTSDだって。MARZなら任務の性質上、長々とコクピットにいることって少ないでしょ? だからこんな薄給でも、私はMARZに来たの。フレッシュ・リフォーの、あの部隊から」

 今はもう再編成されてなくなった、あの部隊から。そう心に結べば、不思議と言葉が勝手に口を突いて出た。それはまるで追い立てられるように、口元を覆う手の間から零れてゆく。

「私ね、レヴァナント・マーチの時、あの戦場にいたの。本当ならあそこで死んでた」
《……うん》
「少佐が……あ、当時中尉ね。ルインのお兄さんに助けられたの。私、ヘマやっちゃってさ」

 時間だけが誰にも公平に過ぎてゆく。こうしている間もまだ、閉じ込められて半時間も経っていない。そしてあの地獄の退却戦から、まだ半年しか経っていなかった。

「最後列で私のテムジンは擱坐したわ。すぐ後に箱の群が……解る? 凄い数だったんだから」
《火星戦線開戦当時、アダックスは大量の箱を逐次投入してたからね》
「うん、それで。ああ、もうこれまでだな、って思った。実入りがいい分、こんなもんだって」

 その時の光景を今も、リーインは覚えている。レーダーを埋め尽くす敵のVOX系。遠ざかってゆく仲間達の部隊。そして……その中から指揮官機に命じられるまま突出してくる、見た事もないテムジン。

《……でも、リーインは今、生きてるじゃないか。僕等と一緒に》
「私は奇跡的に助けられた。私が、というより私のテムジンが、かな」
《僕もシヨさんから借りて読んだよ。大部隊の運用には僕、疎いけど……凄かったんだね》
「私がコクピットから這い出たのは、撤退を完遂した後だった。ふふ、酷かったんだから……」

 僅か一メートル四方にも満たぬコクピットで、ひたすら劣勢の中、僚機に支えられて逃げ切った後……汚物と吐瀉物にまみれて、数週間ぶりに仰いだ空を今でも覚えている。多くの血を吸う赤錆びた大地の上に、雲一つない青空が広がっていた。
 リーインはその時から、長時間コクピットにいられなくなった。彼女はフレッシュ・リフォー直轄部隊との契約を解除し……このMARZにやってきた。カウンセラーは繰り返し何度も、バーチャロイドからは少し遠ざかるほうがいいと繰り返すが。彼女もまた、バーチャロンとして生きるしか、食う術を知らぬ人間有価証券だった。

「……何言ってんだろう、私。やだ、ゴメ――」

 通信を一方的に切るや、リーインはボロボロと零れる涙を拭い、しゃくりあげながら泣き出した。脳裏をフラッシュバックする恐怖の記憶が、閉じ込められた彼女から普段の毅然とした仮面を剥がし……その奥で膿んだ傷へと深く浸透していった。

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