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 本来部外秘の、MARZウィスタリア分署シミュレーションルーム。そこは今、大勢のTVクルーが行き交い、忙しく本番の準備に追われていた。
 日課のシミュレーションによる特訓を、今日は一人で終えたシヨは、賑やかな中を邪魔そうな視線で撫でられながら隅っこに寄る。中央、いつも全員で集うターミナル前には椅子がニ脚用意され、その片方に……この街のエースの一人、エリオンの姿があった。

「はい、本番はいりまーす! 5、4、3、2、1……」
「エースさん、いらっしゃーい! みなさんこんばんは、チェ=リウです」

 眩しい照明の中、最早御馴染みとなった突撃レポーターが、今日はインタビュアーの顔を覗かせる。回りだしたカメラから逃げるように、シヨは同僚達を探した。すぐ見つかった相棒は、WVC……ウィスタリアバーチャロイドチャンネルのクルー達と言葉を交わしながら、手にしたボードにマジックペンを走らせている。
 火星戦線が開催されたころより、この街のお茶の間で大人気、お昼の定番番組。『エースさん、いらっしゃーい』は、各部隊のエースパイロットへインタビューを行い、撃墜秘話や限定戦争の裏話を取り上げる番組だった。
 最もシヨは、いつも見る側で、取材が来ると知った時は胸を弾ませたものだが。幸か不幸か、出番とは全く無縁のままだった。いつもは特訓に付き合ってくれるエルベリーデでさえ、局の人間と打ち合わせがあるとかで、姿を現していない。

「はい、今週はMARZの若きエースパイロット、あの蒼翼の騎士! エリオン=オーフィル三査をお招きしております! オーフィル三査は現在、難事件の数々を抱えつつ貧困に喘ぎ、旧式機での騒動鎮圧に悪戦苦闘するMARZにおいて、驚異的なスコアを――」

 MARZが好意的な取材対応と知れば、言いたいだけ言ってくれる。
 しかし、台所事情が厳しいのは、厳然たる事実だった。こうしている今も、上層部は第三世代型バーチャロイドの調達に四苦八苦しているが、フレッシュ・リフォー以外のプラントはどこも、MARZへの機体供給には難色を示している。頼みの綱のフレッシュ・リフォーですら、適正価格でしかバーチャロイドを売ってはくれなかった。
 シヨが恨みがましく、むむーと睨んでいる先で、チェ=リウの口がますますよく回る。

「現在、火星戦線にオンステージしている、707系テムジンの中でも、オーフィル三査の411号機は、J+を基にした過激なチューニングで、第三世代型に匹敵するスペックを叩き出していると聞きます。先ずはネット上でも話題の、愛機についてお聞きしてみましょう!」
「あ、はい、ええと……」

 ターミナルの端末を挟んで座る、エリオンがチラリと視線を走らせた。その先、シヨの横ではルインが、ボードを持って指差している。書かれている文字は『好きに喋ってよし』……それでエリオンは、歳相応の笑顔を取り戻した。

「411号機は、現在MARZでMBVとして配備されている、707Sの現地改修型……いってみれば、このウィスタリアだけの機体です。仰る通り、僕ら貧乏なので。パーツもデッドストックや中古品を集めて使ってるんですが、偶然格安でグリンプ・スタビライザーが手に入ったので。署ではS+と呼ばれてます」
「完全なオーフィル三査の専用機と聞きましたが」
「はい、もともと僕達は専任のテムジンを各員与えられていますが。411号機は多分、僕じゃないと動かせないんじゃないかな……そんなに気難しい奴じゃないんですけど、こう、柔らかく触らないと上手く繋がらないんですよ。神経質っていうか、だからいつも、スティックはそっと、そしてじんわりと」
「は、はあ……こちらの取材では、改修前からピーキーで、他の隊員が動かして転んだとか」

 自分のことだ。顔から火の出る思いで俯くシヨ。
 隣ではディレクターらしきヒゲにサングラスの男が、ルインからボードを引っ手繰っていた。そうしてマジックで書き殴られた文字は『もっと視聴者に解りやすく!』という、焦りと怒りが滲む言葉。それを目にしたエリオンが、しまったと口を噤む。
 そのやりとりを見てシヨは、自然と自分達の敵を……敵かどうかも解らぬ、悪意とも知れぬ距離で接してくる、一人の人物を想起した。Directorというハンドルネームだけが、頭の中に浮かび上がる。
 先程も話題に上った、ネット上で動画をUPし続ける、その真意は?
 シヨの疑念を置き去りに、番組の収録は続いてゆく。

「そういえばオーフィル三査、たしかご出身は」
「はい、僕は嘗ての0プラント、そこのラボで生まれました。当時、初めて実戦用として開発されたバーチャロイドに合わせて、バーチャロンポジティブの……バーチャロイドに最初から適正をもった人間の精製実験。僕はそこで造られた、マシンチャイルドです」
「VCa4年にようやく開示された情報で、0プラントの悪行の一つと世間では認知されていますが」
「僕や僕の兄弟、姉や妹は皆、散り散りになってしまいましたが。別に気にしてないと思いますよ」

 バーチャロイドに乗れてれば、とエリオンは結ぶ。
 暫し気まずい沈黙、シヨは初めて知る同僚の生い立ちに驚いた。どうりで、とも。軽快なBGMだけが上滑りする空気に、チェ=リウが慌てて話題を変える。番組ディレクターの『話題変えて!』の文字も、切実なものがあった。

「0プラント終息後も毎日バーチャロイドに乗れたし、ファイユーブ姉さんも親切で――」
「そ、その話はまた後日! え、ええとですね、そう! 視聴者の皆さんが今気にしてるのは」

 チェ=リウが本題を切り出した瞬間、シヨの傍らでルインが動いた。普段通りの眠そうな半目に光が走り、ディレクターからボードを奪回する。エリオンも身を正して座りなおすと、ルインの指示を待った。

「最近頻発している、連続辻斬り事件に関してですが。MARZでは今後、どういった対応を?」

 素早くルインがしたためた走り書きを、棒読みでエリオンが読み上げる。

「現在捜査は佳境を迎えています。辻斬りはこれを追い詰め、速やかに撃墜、鎮圧します」

 さらにせわしく、ルインがボードをびっちりと長文で埋めてかざす。

「犯人は常に不意打ちでの攻撃をしており、刑事課のプロファイリングでは腕に自信のない表れと見ています。無論、僕が対峙すれば、負ける要素は1%もないでしょう。僕のテムジンは無敵ですから……例え正体不明の第三世代型が相手でも、決して遅れは取りません」
「は、はぁ……では、近いうちに事件は解決すると?」

 エリオンをルインは無言で頷かせた。
 さらにマジックを走らせるその手元を、シヨは真剣な表情で覗き込む。それが再びかざされると、エリオンは素直にそれを口にした。

「ただ、解決は来週以降になります。僕のテムジン、明日午前三時にドック入りするので」
「MARZの整備班は優秀な魔改造……っと、兎に角、優秀と聞いておりますが」
「あんまりいじりすぎたので、一度メーカーに出すことになりました。僕が直接乗って出向きます」

 明日の午前三時、408管区。リファレンス・ポイントのウィスタリア支社。繰り返しそう説明して、エリオンはぎこちなくカメラに微笑んだ。全て、ルインの指示である。
 勿論、シヨの記憶に、テムジン411号機のメーカー整備という予定はなかったが。

「では、来週になれば、この恐ろしい事件も……」
「もし僕が、この夜に襲われなければ、ですが。今は機体が不調で、ちょっと厳しいですから」
「あ、あの、そういったことを喋られては……犯人はこのチャンネルを見ている可能性も」
「あー、これはしっぱいだなー。いや、ごめんなさい。ここ、へんしゅうしてくださいねー」
「……ライブ中継ですから」
「こまったな、それは。ぼくのきたいだけ、かいしゅうぎょうしゃとけいやくしてないしなー」

 酷く白々しい言葉に、ディレクターが頭を抱えて転げ回る。それをよそ目に、ルインは次の台詞をエリオンに言わせた。MARZは経済的に困窮しているが、411号機に万が一のことがあれば……持てる予算を全てつぎ込み、早期回収を心掛ける、と。

「エースが朝っぱらから、路地裏で醜態をさらす訳にも。僕等は街の治安を守る、MARZですから」
「はいっ、た、頼もしいお言葉でしたね! 以上、MARZウィスタリア分署からチェ=リウでした!」
「最も、僕は誰にも負けない。僕と、僕のテムジンは……MARZの流儀は」
「次週は三回目の登場になる、あの、紅蓮の魔女! リクエストにお応えして、リーネ=リ――」

 最後の一言だけは、ルインが言わせた言葉ではなかった。
 周囲のTVクルーが一斉に動き出した。番組は終了へと向かい、協賛する企業のテロップを流す旨が叫ばれる。ディレクターは何とか纏まった番組に、胸を撫で下ろしているところだった。
 その横では、悪びれずにルインが、背を丸めてシミュレーションルームを後にする。

「ま、待ってルイン君。あ、あれっ、いいの? 408管区っていったら」
「あの交差点を通っていくしかないよな。リニアレールを使わない限り」
「そんなこと言ったら、待ち伏せしてくれって言ってるような……あ」
「まあ、これで食いついてくるか――いや、くるね」

 ルインがエルベリーデと練り上げた策は、刑事課のプロファイリングという後押しもあって、署長の首を縦に振らせていた。二人の辻斬り……その片方は、戦闘傾向こそ不意打ちの一撃離脱と、もう片方と同じだったが。踏み込みや足運び等、シヨの調べたデータの結果、酷く臆病な人間と推定されていた。それでも、辻斬りだけは止めない。
 餌を撒けば食いつくという直感が、何よりルインにはあるらしかった。
 WVCのクルー達が引き上げた後……MARZのミッションが密かにスタートした。

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