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 正面のモニターに映るレーダーに、MARZを示す光点が光る。
 それが交差点を右折したところで、シヨを圧する狭いコクピットは、けたたましいアラートに満たされた。反射的にヘッドギアのバイザーを降ろし、曲がり角の死角へ潜む敵意へ向かう。投光機が一斉に灯る光の中、シヨのテムジン421号機は同僚の後を追った。
 同時に、激しい衝撃音。

《なんや、御用提灯が一重二重、って感じやないか。やっぱり、罠やってんな》

 広いバイパスへと繋がる交差点内で、二機のバーチャロイドが鍔迫り合いから仕切りなおす。周囲は既にMARZの車両が押さえてあり、全テムジンが息を潜めて待ち伏せていた。その中で今、辻斬りをいなすと、エリオンのテムジン411号機がスライプナーの銃口を向ける。
 その先にシヨは、純白に輝く新型バーチャロイドを見た。

《はい、こちらは現場のチェ=リウです! 番組の途中ですが予定を変更して――》

 誰よりも何よりも、辻斬りが釣り針に引っ掛かるのを待っていたのは、WVCとそのスポンサーだった。御馴染みのワンボックスを躍らせ、名物リポーターが体当たりの突撃取材を敢行する。
 閑散として静かな、夜更けの交差点は再び戦場となった。誰も投資せず、しかし需要だけはある娯楽……超局地的で不条理、理不尽極まる限定戦争として。

《五対一ではカメラ映りが悪いな。オーフィル三査、鎮圧を任せる。コーニッシュ三査は警告を》
《了解。えー、前方の所属不明のバーチャロイドに警告します。ウィスタリア内でのあらゆる――》

 リタリーに促され、ルインが定型文を読み上げる間、シヨは眩い照明に照らされ浮かび上がる影に魅入る。白無垢の機体はどこか、戦国絵巻の鎧武者を髣髴とさせる無骨さ。しかし、華奢なフレーム周りは確かにマイザー系列やスペシネフ系列を感じさせる。シヨには一目で、サッチェル・マウスの色だと知れた。
 同時によく目を凝らせば、真っ白な機体表面は随所に汚れが滲んでいる。それは今まで切り伏せてきたバーチャロイドの残滓であり、どこか返り血を浴びたようだった。

《御託はええねん。こっちかて、悪どいちゅう自覚はあるんや。せやかて、なぁ!》

 どこか聞き覚えのある少女の声。その主を内包して、白い景清が得物を肩に担ぐ。身の丈に匹敵する巨大な野太刀が、怜悧な輝きで抜き身の刀身を晒していた。マインドブースターに光の翼を象り、テムジン411号機が正対する。景清は戦国武将のような頭部を翻して、首を巡らせる。ぐるり居並ぶテムジンを一瞥する、その兜のような頭部には、雪の結晶を模した前立てが輝いていた。
 無造作に景清が一歩を踏み込み、呼応するようにエリオンの声が広域公共周波数へ短く叫ぶ。

《今すぐ乗機を停止させ、こっちの指示に従って下さい! そうしてくれないなら!》
《こちとら天下御免の辻斬り家業やで! まあ、本業は違うんやけどなっ!》

 景清の斬撃は無秩序で無軌道、まるで型というものがない。ただ長大な野太刀を、力任せに叩き付けてくる。まるで重さを感じさせぬ攻撃の手は、エリオンが避ける度に大地を抉り威力を示した。
 ただ固唾を飲んで見守りながら、シヨの手は忙しく光学キーボードを叩く。
 今、夢にまで見たサッチェル・マウスの新型バーチャロイドが、その全データが濁流となってシヨの脳裏に流れ込んでいた。職務も忘れてつい、その一つ一つを拾い上げてゆく。

「このトルク、パワー……凄いっ。足運びのパターンも一致、それよりこの声。これって」
《なんや? 蒼翼の騎士様は逃げはるだけですん? しっかし、恥ずかしい名前やわあ》
《名は体を現す。望まれた名なら僕には、それを示す義務が……それだけの理由があるっ!》

 エリオンは距離を置いての射撃を試みようとはしなかった。相手に付き合うように、何よりカメラのフレームに納まるように。スライプナーにブリッツセイバーを起動させると、それを相手の連撃の隙間へ差し込んでゆく。
 しかし、どこか素人然とした大雑把な動きながら、景清の運動性は目を見張るものがあった。思わずシヨが感嘆の溜息を零してしまうほど。マイザーやスペシネフ等、サッチェル・マウスのバーチャロイドは運動性と機動性には定評がある。グリンプ・スタビライザーを装備した、あのテムジン411号機と互角に渡り合うだけの性能が、白い辻斬りには秘められていた。
 だが徐々に、輪舞を踊るような剣戟のリズムが破綻してゆく。
 乗り手の腕に、明らかな差があり過ぎた。

《これは押してる、押しているぅぅぅっ! 流石は蒼翼の騎士、オーフィル三査だぁぁぁっ!》

 シヨの隣でルインのテムジン422号機が、飛び出しそうになるWVCのワンボックスを制止する。その背後ではエルベリーデのテンパチが膝を突いていた。胸の上で主が、他の部署の人間達と交わす言葉を外部スピーカーが拾ってくる。
 それよりシヨが気にしたのは、先程から狙撃ポジションについて微動だにせぬ、テムジン412号機。
 その中で今、リーインは安堵しているのだろうか? 辻斬りは、少なくともその片方は、彼女のかつての戦友ではなかった。しかし、無関係でもなかったのだ。そう、辻斬りの正体は――

「もう止めてくださいっ、トモエさん。どうしてその子で、そんなことするんですかっ」

 シヨは手を止め、ついに叫んでしまった。
 しかし景清は止まらず、ひらりと身を避けるテムジン411号機へ兇刃を振り下ろす。激しい衝撃音と共にアスファルトがめくれて、もうもうと煙と礫が舞い上がった。その中、軽快な作動音と共に光の尾を引き、闇夜をブリッツセイバーが切り裂く。
 金切り声を上げて、景清が一撃を浴びるや、大きくよろけた。
 いよいよ勢いを増してマイクに叫ぶ、レポーターの声が徐々にシヨの思惟から遠ざかる。もどかしげにバイザーを上げて機体とのリンクを切るなり、彼女はコクピットを解放して夜気に身を晒す。肉眼で見る景清は今、手負いの落ち武者のように白い身を戦慄かせていた。

「ベルゲパンツァーのトモエさんですよね? 今ならまだ間に合います、自首してください」
《何や、ばれてるやん。そいなら尚更、止める訳にはいきまへんなあ》
「どうしてこんなことをするんですか。酷いです、みんないい子なのに、闇討ちで傷付けて」
《第三世代型の普及が進んで、戦場での擱坐率が下がってるんや。仕事ないなら、作るだけやって》
「その子だって可愛そうです。こんなに汚れて……こんなことに使われて」

 不意にグラリと、景清の身が沈んだ。だらりと力なく、野太刀が地面を撫でるように下ろされる。
 しかし、俯き肩を震わせる機体の奥から、搾り出すような声が響いた。

《何や、MARZのお巡りさんはほんま、バーチャロイドが好きなんやな》
「は、はい。それはでも、トモエさんも一緒じゃ。だって、傷付いた子を回収するお仕事だって――」

 瞬間、否定を叫ぶ絶叫。
 突然の事で誰もが言葉を失い、エリオンもトドメと構えるスライプナーを退いた。名物リポーターでさえ黙ってしまい、辺りを静寂が包む。

《ウチは、好きやない……仕事もっ! バーチャロイドもっ! 大っ嫌いや!》
「ト、トモエさん」
《毎日ハイエナ呼ばわりされて! それでもヘラヘラ笑って! 愛想と媚で仕事を拾って!》
「でも、それで助かる人達も、直して貰える子達もいるんです」
《関係あらへん! めっちゃムカつくわ……お巡りさん、ウチのおとんと一緒や》
「わ、わたしが、トモエさんの……お父様と、ですか?」
《二言目にはバーチャロイド、バーチャロイド……それしか見えてないねん》

 不意に、景清のVコンバーターが悲鳴のように甲高く哭いた。まるで搭乗者の昂ぶる感情に呼応するように。シヨは迸る覇気に思わず凍えて、身を仰け反らせた。
 ゆっくりと景清が、手にする野太刀を振りあげて構える。

《シヨさん、駄目だ……僕には解る。もう、乗り手が……バーチャロイドに、飲まれてる》

 エリオンの言葉だけが、雑多な言葉が行き交う無線の中で、嫌にはっきりとシヨの中へこだました。
 トモエが長年溜め込んだ、ありったけの負の感情……それを糧に今、白い辻斬りが亡霊の様に滑り出す。対するテムジン411号機が引き搾る手の中で、スライプナーが粒子の刃を灯した。

《バーチャロイドなんてぇ! ぜぇんぶっ、ぶっ壊したらええねんっ!》
《マインドブースター、全開っ! MARZ戦闘教義指導要綱02番、『疾風迅雷』っ!》

 二機のバーチャロイドは最大出力で擦れ違い、一つの残響を奏でて払い抜けた。
 その片方、景清が大きく仰け反り天を仰いだかと思うと、手から得物を落として崩れ落ちる。それを振り向きスライプナーを地に突き立て、実況を再開したカメラへと、エリオンは愛機を向き直らせた。

《これがMARZの流儀だっ! ……トモエさん、お話は署でゆっくりと聞きます》

 ぴしりと敬礼で、テムジン411号機が深夜のテレビを席巻した。

《状況終了、みんな御苦労だった。撤収準備を。エルベリーデ、WVCの番組編集に立会いを頼む》
《了解しましたわ》
《各小隊のバックス担当は、現場検証を。オーフィル三査は一足先に署に戻って休むように》

 それと……リタリーの的確な指示の声が、シヨにも向けられた。

《タチバナ三査、刑事課に付き合って事情聴取を。何か訳アリと見たが、どうだろうか?》
「は、はいっ。あの、隊長……ありがとうございます」

 シヨは改めて、慌しくなる足元へと首を巡らし、見慣れた現場指揮車の車体を見つけて頭を下げる。
 そうしてあげた視線の先では、白い機体を己自身で今夜は汚して、景清が地に伏せていた。

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