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 サヴィル・ロウの広大な駐機場の一角に、J型の707系テムジンが集まっている。集会の届出は出ていない。その機体カラーやマーキングから、各々別の部隊から集っているらしいが。どの機体も過剰に装飾されたスライプナーを手に、次々と宙へ舞う。

《集結中のバーチャロイドは、ただちに解散してください。従わない場合は逮捕の後、サヴィル・ロウ側から営業妨害による損害請求がなされます。また、ウィスタリア内での戦闘は禁止されているため、無闇に武装のセフティを解除するのもいけません》

 今日はシヨ達第二小隊に加えて、エルベリーデのテンパチまで動員されている。こちらがテムジン一色なら、群れて集うもテムジンばかり。教科書通りの警告を与えても、解散する気配はいっこうにない。

《エリオン達の方がアタリを引いたな。こりゃ、とんだ貧乏クジだ》
「もう、ルイン君? 事件にアタリもハズレもないよっ。どこのお店も迷惑してるんだから」
《……すんません。まあでも、こうしてウサ晴らしもしたくもなるわな。前線の有様がアレだと》

 レシーバー越しにボヤく同僚を窘めつつ、シヨは乗機にスライプナーを構えさせて威嚇を試みる。
 色とりどりのテムジン達は、ある者は肩を竦め、ある者はまるで溜息を零すように項垂れ散らばってゆく。それでもまだ、半数の機体が相変わらず空へとVコンバーターの駆動音を響かせていた。

《ようよう、MARZのねーちゃん! ケチ臭いこと言うなよ、こんだけ広いんだぜ?》
《俺等だって一応客だしな! 少しくらい場所借りたっていいだろうよ。ああ?》
《いけません。サヴィル・ロウ内の78%の店舗から苦情が出ています》

 エルベリーデが応対するところを、簡単にシヨが訳せばこうだ。
 とどのつまり、ガラの悪いテムジンが店先でたむろしているので、何でもいいからどうにかしてくれと言われているのだ。
 そして、雑多なカラーで居並ぶテムジン達が、そのパイロット達が何をしているかというと、

《じゃあ、ねーちゃん! アンタもいっちょ、飛んでみせてくれよ? なあ?》
《MARZのテムジンは俺等の市販機と違って、すっげぇチューニングされてんだろ?》
《まあ、テンパチじゃあ無理、か。なら後の、どうだ? きんもちいいんだぜぇ?》

 いわゆる、ストリート・ギグと言われるパフォーマンスをしているのだ。各々装備されたスライプナーを構えて上昇、ブルースライダーで直滑降に飛び降りる。その際、様々なトリックを華麗に決めては、その技を競い合う……無論、明確なルールはない。ただ――

《俺等よりイカしたテクで飛べたら、この場は引き下がってやってもいいぜ?》

 宙返りを混ぜてみたり、ループしてみたりと、おおよそ実戦での戦闘には全く必要のないモーションデータを、ここでは誰もが持ち寄り披露しているのだ。迷惑この上ないことに、バーチャロイドを用いて。
 シヨはネットでも時々見た事があったが(モーションの作成も試みたことがあったが)、実際のストリートライダー達に会うのは、今日が初めてだった。
 エルベリーデが根気強く説得を続ける間も、果敢に挑戦者は宙に舞う。

《ですから、ウィスタリア内での武装の使用は禁止されているのです》
《いやいや、ブルースライダーつってもほら、ビームは切ってるからよ。っと、きたきたぁ!》
《誰だ? こりゃ高い……来るぞっ!》

 晴天、雲一つない青空にテムジンが舞う。マインドブースターの光を尾と引きながら急降下、ブルースライダーを起動させたスライプナーに乗るや、まるで見えない波を掴むようにふわりと浮かぶ。そのまま一機のテムジンが、巧みな姿勢制御で逆宙返りをしながら、シヨ達の前にピタリと降りてきた。

《……よーやるわ、ったく。あんなに滞空してたら、実戦じゃあっという間に墜とされるだろ》
「すごっ……ルイン君、今の見た? サイクロンマニューバa6'S、しかも逆宙だった」
《は? 何だそりゃ?》
「今のトリック。難しいんだよ、あれ」

 シヨの耳にもう、同僚の溜息は届いていなかった。ヘッドギアのバイザーをあげるや、正面のモニターに先程の映像を再生させる。見るも鮮やかなトリックは、日頃の鬱憤を晴らすかのように伸びやかでキレがある。
 テムジンをMBVとして採用している各部隊には今、度重なる第三世代型への劣勢が、目に見えない鬱積として沈殿していた。それはこうして、路上でのパフォーマンスという形で噴出する。

《ま、お巡りさんにゃー難しいかな。いくら機体が良くても、性能を引き出せなきゃなあ》

 先程のテムジンから発信される通話に、周囲も同調して笑いが満ちる。
 確かに、自分のプログラミングしたモーションで自由に空を舞えたら、どんなに気持ちがいいだろう。喝采を浴びてトリックを決めたらどんなに素敵だろう。そうは思うが、シヨは普段の病気を押さえ込んでいられた。
 ただのバーチャロイド好きで終らないために。バーチャロイドが好きな自分に甘えない為に。
 そうして再度バイザーを下ろすシヨは、信じられない一言に仰天してしまった。

《MARZの機体は、曲芸をする為のものではありません。さあ、速やかに解散してください》

 シヨの頼れる特訓のパートナー、エルベリーデには時々こういうところがある。無論、悪気はない。声音など落ち着いていて、小鳥がさえずるようだ。だが、無自覚な言葉が棘と尖って、相手へ無数に突き刺さるのだ。シヨ自身、何度も蜂の巣にされたことがある。

《きょっ、きょきょ、曲芸!? おうこら、ねーちゃん!》
《私の記憶では、このような競技は公的に存在しません。増して実戦では――》
《いーんだよ、そんなこたぁ! イカしてりゃいい、恰好よきゃいいんだってばよ!》
《それでしたら、どうぞ場所を変えて好きなだけおやりになったらいいではありませんか》

 無論、ウィスタリアの外で、とエルベリーデが釘を刺す。しかし、この街を一歩出れば外は戦場……優雅に飛んでる機体は、舞い降りる前にブチ墜とされるのが常だった。
 火に油を注ぐばかりだと、シヨが思って見守り、ルインがそれを口にした時、事態は動いた。

《埒があきませんね。ではやはり、こうしましょう》

 エルベリーデが恐ろしいことをサラリと言ってのけた。

《わたくし達が貴方達より綺麗に飛べたら、この場は解散してもらうというのはどうでしょう》
「……エルベリーデ、さん?」
《シヨさん、先程のアレは見てますね? アレより凄いのを見せておやりなさい》

 白羽の矢が立った。というよりは、貫通してシヨに風穴をあけた。エルベリーデは優雅な笑みで、再度言う。見せておやりなさい、と。

「エッ、エルベリーデさんっ。わたし、できません。そんな……モーションも用意してないし」
《大丈夫です、マニュアルで充分可能です、あの程度のマニューバは》
《あっ、ああ、あ……あの程度!? おい、ねーちゃん!》

 本当に悪気はないのだ。それはよく知っているのだが。ときどきシヨは、エルベリーデの清廉さが、あまりにも泰然とし過ぎた物言いが恨めしくなる。

《俺ぁ無理だかんな。まあ、その、なんだ。頑張れ、シヨ。骨は拾ってやる》
「そ、そんなぁ。ルイン君が飛んでよ。わたし、今すぐモーション作るから」
《遠慮するわ……だってよ、エルベリーデさんはシヨをご指名だしよ》

 もごもごと守秘回線でぼやいている間にも、エルベリーデの言葉は続く。

《シヨさん、今の貴女の腕なら容易いことです。特訓の成果を見せてください》
「ううう〜、そんな〜」
《……もし、どうしてもと言うのなら、わたくしが代ります。機体を降りてください》

 その一言がシヨに火をつけた。
 周囲のテムジンが冷やかすような視線を送る中、静かにシヨのテムジン421号機が蒼穹へと浮かび上がる。その足元に小さくなるテムジン達が、モザイク模様となっていった。

「いいよもう、エルベリーデさんってば。……特訓の、成果を、見せる。よしっ」

 降りろと言われて黙っているほど、シヨも大人しくはない。何より大人ではない。このテムジン421号機のシートは、自分の物……エルベリーデの方が、バーチャロンポジティブが高かろうが、技量が上だろうが。ここは間違いなく、シヨの居場所だった。

「ウィスタリア分署第二小隊所属、シヨ=タチバナ……いっ、いっきまーす」

 空中で一瞬姿勢を整えるや、急加速と同時にブルースライダーを起動。そのままシヨは眼下のサヴィル・ロウへ向けて垂直落下した。握るスティックを通して、M.S.B.S.を介してシヨの思念がテムジン421号機を躍らせる。

《おおっ! あれはっ!》
《し、知っているのかっ!?》

 それは確か、ダブルツイスターマニューバ80×80とかいうトリックだったと思う。ネットでしか見た事がないが、シヨの記憶力から捻出されたイメージが、そのままVコンバーターへと注がれた。二回転に加えて、捻り込み……忙しく上下の入れ替わる感覚にも迷わず、シヨは微細な調整に意識を研ぎ澄ませる。
 そのままシヨは華麗にトリックを決めて見せた。
 惜しむらくは、高度が少し足りなかったこと。彼女がピシリとフィニッシュを決めた瞬間は、もう地面の上に転げ落ちる直前だった。そして衝撃、轟音……派手に大地と衝突して、そのまま駐機場の隅へとスッ飛ぶシヨの421号機。

《……お、おい、今なんかヤバい落ち方したぞ。MARZのねーちゃん、ありゃ――》
《シヨさん、姿勢制御にまだ雑念がありますね。分署に戻ったら特訓しましょう》
《お、鬼だ……つーかアレ、絶対にヤバいって。俺等、あんな危ないことしてたのか》
《前線で箱やらアファやらに追い回されてたほうが、まだマシだわ。くわばら、くわばら》
《戻る、か。はぁ、なんか興醒めしちまったわ。別の場所探そうぜ》

 シヨは薄れゆく意識の中、逆さまに映る視界の中で、三々九度に散ってゆくテムジン達を見送った。その中から、MARZブルーのテンパチが近付いて来る。
 エルベリーデの涼やかな声がダメ出しを詠うのを聞きながら、シヨはポックリ気絶した。

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