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「リーイン、先行するっ! 僕の機体の方が、速いっ」
《ちょっとエリオン、突っ込み過ぎないで! ある意味、異常事態なんだから》

 はじまりはいつもの、バーチャロイドによる乱闘の通報だった。即座に第二小隊が出動したのが10分前、しかしその時にはもう、事件は新たな方向へと発展していた。
 ルインの現場指揮車からの、要領を得ないエマージェンシー。
 急遽別の事件現場から急行する、エリオンたち第一小隊。
 そして今、疾駆するテムジン411号機は、擱坐したライデンの脇を通り過ぎる。恐らく、最初に通報があった機体の片方だろう。厳つい巨躯が今は、ビルに半身を埋めるようにして、天を仰いでいる。ちらりと見た印象では、大きな外損は見られなかったが……アダックスの誇る高級機が、見るも無残な姿を晒していた。

「ルインさん! エルベリーデさんでもシヨさんでも……応答してください!」

 ヘッドギアの無線に呼びかけながら、エリオンが交差点をターン。既に分署の職員達が交通規制を敷き始めた一角へ、フルスロットルで飛び込んでゆく。危険を示す赤の回転灯を浴びて、テムジン411号機は戦闘地域へ飛び込んだ。
 真っ先に目に飛び込んできたのは、道路に横たわるシヨのテムジン421号機だった。その脇には最近出回りはじめたらしい、新バージョンのアファームドが突っ伏している。

《エリオンか? 助かる、すぐエルベリーデさんの方を手伝って――》
《はいっ、現場のチェ=リウです! 正直、平穏無事だった今日には嬉しいニュースですね!》

 足元に横滑りで停車した現場指揮車の脇を、もはや見慣れたワンボックスが駆け抜けてゆく。その先、夕暮れの街並みを背に、一組のバーチャロイドが刃を交えていた。その片方を見たとき、エリオンの背筋を戦慄が走る。
 忘れもしない、今エルベリーデのテンパチをあしらっているのは、細部こそ以前の二機とは違うものの……あのサッチェル・マウスの新型バーチャロイド、景清だった。

「ルインさん、あれは――」
《解らねぇ、俺等が現場についた時には、あいつがライデンもアファもやっちまった後だった》
《ああっと! はい、スタジオの方から機体の照会が来ました、現在MARZと交戦中の機体は――》

 桜色の機体を夕映えに躍らせながら、三機目の景清が舞う。その手には長い錫杖のような武器が握られており、一挙手一投足の度にシャランと銀輪が幾つも鳴った。それに対するエルベリーデのテンパチはもう、満身創痍で異音を奏でている。
 機体の性能差は明らかだったが、それを差し引いてもエリオンには驚きだった。自分以外に、エルベリーデと互角以上に戦える人間など、数える程しか知らないから。そして今、景清が内包する敵意に心当たりはない。

「ルインさん、リーインとバックアップを! エルベリーデさん、僕が代ります!」

 言うが早いか、地を蹴る愛機の背から光の翼が羽根と散る。マインドブースターから光の尾を引いて、エリオンのテムジン411号機は、ゆらめく枝垂桜のような景清と、辛うじて持ちこたえるテンパチの間へ割って入る。
 WVCのレポーターが歓声を叫ぶ声が、広域公共周波数に響き渡った。

《エリオンさん、気をつけて下さい。できれば距離をおいて戦いたいのですが》
「離れてはくれなそうですね。カメラ映りも、ちょっと」

 背に膝を付くテンパチを庇って、繰り出される錫杖をスライプナーでいなす。瞬間、甲高い駆動音を巻き上げ、テムジン411号機はフルパワーで逆襲の一撃を繰り出した。今度は逆に、側面を狙ったにも関わらず、容易にさばかれ二機は揉み合った。
 当然ながら、景清側に間合いを取る様子は見られない。元が近接戦闘用に調整された機体なれば、距離を取ればテムジンにも多少の優位性は得られるが……エリオンはちびちびと射撃で戦意を削いで鎮圧すると、夕刻のニュースでどんな扱いをされるか心得ていた。ウィスタリア分署のみならず、MARZ全体のイメージを損ねてしまう。
 最も、その選択をしようにも、相手は執拗に、そして巧みにクロスレンジを維持し続ける。

《さぁ、好カードが実現しました! 突如現れた謎の景清にぃ! 蒼翼の騎――ああっとぉ!》

 機体に同調した視界一杯に、まるで山伏のような頭部の景清が迫る。
 疾い。
 そして、鋭い。
 今まで相手にして来た、酔っ払いやチンピラといった手合いのパイロットではない。古参の手練を思わせる海賊達とも違う。小刻みにターンとジャンプを互いに繰り返しながら、集中するエリオンの思惟から実況と解説の声が遠ざかる。眼前の景清は、エリオンがこの街に来てからはじめて相対する、強敵だった。

《……出てきた、やっと》

 その敵から不意に、広域公共周波数へ呟きが漏れた。
 それは小さくか細い、少女の声だった。

「君は……その声、まさかっ!」

 一瞬の動揺を振り払うように、巧みなフェイントを織り交ぜ、エリオンが踏み込む。ターボスロットルを同時に叩き込まれた斬撃が、火花を散らして景清の脇を擦過した。本来ならば直撃の一閃が、紙一重で避けられた。
 エリオンはその声を記憶していた。
 何故なら、この街でエリオンと互角に戦える人間など、数える程しかいないから。それは実戦であれ、ゲームセンターであれ、同じことだったから。

《覚えてる? 名前、わたしの》
「あの時の、ゲームセンターのっ! どうしてエイス、君がっ!」
《言った通り、監督の。覚えてくれてた、名前》
「僕の声が聞こえるなら、今すぐ機体を停止させるんだっ!」

 叫ぶと同時に、レバーを両方とも内側に倒して身を固くする。エリオンの身を衝撃が襲ったのは、ほぼ同時だった。強烈な刺突がシャランと鳴って、テムジン411号機が大きく上体のバランスを崩す。咄嗟にガードしたにも関わらず。
 間をおかず繰り出される錫杖に、二歩三歩と退くエリオン。しかし狂い咲く桜花の如き景清の猛攻は、もとより装甲を犠牲に練り上げられた機動力を、じわじわと削いでいった。はじめてテムジン411号機のコクピットに、警告の赤が点滅する。

《言われてるの、監督に。集める、データ……そのテムジンの》
「それでまた、ネット上に動画をアップするのか!? 君達の目的は何だっ!」
《知らない。言いつけを守るだけ、わたしは》
「刑事課でも身元を洗ってる! すぐに君達は……リーイン?」

 一条の光芒が迸り、僅かに身を逸らした景清の眼前を通り過ぎる。その間隙を縫って離脱したところで、エリオンは機体のダメージチェックを急いだ。致命打こそ互いにないものの、積み重ねた損傷の差は歴然だった。急場しのぎの改造機体であるMARZの707系テムジンでは……第二世代型ではやはり、火星戦線に特化した第三世代型との性能差は明らか。

《うそっ!? この距離を私が外した?》
《違う、避けたの。見えるもの、わたしには》

 シャラン! 地に突く錫杖を鳴らして、景清が再び地を蹴った。背後からの援護射撃を起点に、どうにかエリオンも機体を踏み込ませて継戦を試みる。リーインの放つニュートラルランチャーの着弾はしかし、景清の足を鈍らせるには及ばない。
 そして、今の局地的な限定戦争がどのように映るかを、耳元でWVCの名物リポーターが叫んでいた。

《二機がかりでも全く勝負にならなぁーいっ! どうしたMARZ、久々に鎮圧失敗かあっ!》

 好き放題に言ってくれるが、それが彼女達の仕事なのだ。この街では、外の限定戦争も、そこからはみ出た街中の乱闘も、全てがショーアップされたビジネスなのだ。それは何も、このウィスタリアRJに限ったことではない。電脳暦最高の事業であると同時に、最高の娯楽。
 桜色の景清は、一際甲高いVコンバーターの駆動音を奏でると、滑る影の様にテムジン411号機に肉薄した。

《やっぱり。わたしが勝つわ、あの子に乗ってなくても……この子でも》
「くっ、……ダメだ、奥の手は使えないっ! ならっ!」

 苦し紛れに突貫するエリオンのテムジン411号機から、集束したビームが眩い光弾となって放たれた。しかしそれは虚しく景清の表面を焦がして夕焼けに吸い込まれ、同時に激震。胴を薙ぎ払われて、エリオンの愛機は、距離を詰めてきたリーインの412号機ともども吹き飛ばされた。

《まさかの全滅っ! 強い、強過ぎる景清ぉぉぉ! 悠々と去ってゆくぅぅぅ!》

 すぐさま乗機の体勢を立て直して、ノイズの走る視界にエリオンは見る。
 まるで沈む太陽に溶け入るように、景清がビル伝いに飛び去ってゆくのを。その影がレーダーの探知範囲外へ消えると、WVCのレポートだけが虚しく響き渡った。鎮圧、失敗……現場には当初暴れていたバーチャロイドの他に、MARZのテムジン達が損傷も露に並んで晒されることになった。

「ルインさん……あの子だ、前にゲームセンターで。あの子が、エイスが乗ってたんだ」
《エリオン? どうしたエリオン、お前……まさかあの、監督とかってのの》

 悔しさにダン! と、エリオンはスティックから放した手を眼前に叩き付ける。パイロットスーツの中で、その手が汗を握っているのを感じて、ウィスタリアのエースは一人焦燥感に炙られた。
 ついに敵は今、牙を向いてきた。その目的も不明のままに。

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