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 両手一杯の紙袋をぶら下げ、御馴染みの店へとリーインは歩く。その精力的かつ闊達な休日の過ごし方に、シヨは一日振り回されっぱなしだった。流行のブティックをハシゴして回り、この夏の最先端を試着させられる……そうして過ごす休日は、シヨ達MARZのパイロットにとっては何よりも貴重だった。
 現在、MARZウィスタリア分署は全テムジンが修理中の為、パイロットには一日の休暇が与えられていた。今日に限っては、事件が起こってもMARZにできることはなく、署長はあちこちのコーポレートアーミーとの折衝に追われ、朝から不機嫌。隊長のリタリーも不在で、シヨの不安は募るばかりだった。

「さて、と。いつもの店でいいんでしょ、シヨ? ある意味常連よね、もう」
「あ、うんっ」

 リニアレールの駅を出ると、すたすたリーインはサヴィルロウへと歩を進めた。慌てて追いつき並ぶシヨは、同僚の視線が胸に抱く包みに注がれているのに気付く。

「あんたねぇ、年頃なんだからもっとこう……」
「えっ、でもぉ。このスケールのキット、新作は全部買ってるし、つい」
「今年の夏物とか、いいわけ? もう遅いくらいだけど」
「えーっとぉ、服は……あるものを着とけば、いいかなって」

 額に手を当て、リーインは呆れた様子で天を仰ぐ。
 最新モードのワンピースやサマードレスよりも、シヨが興味を抱くのはバーチャロイドのプラモデルで。リーインは模型屋に一時間も入り浸るシヨを連れ出すのに、四苦八苦の様子だった。
 それでも互いに楽しいショッピングを終え、後は夕食をとって宿舎に戻るだけ。
 二人は当然のように、休日の締めにサヴィルロウの繁華街を選んでいた。

「あー、重いっ!」
「リーイン、買い過ぎだよぅ。そんなに沢山、いつ着るの?」
「いつか着るのよ、いつか。にしても、エリオンの奴め。荷物持ちにと思ったら……逃げられた」
「ルイン君と朝から、どこいったんだろ?」
「男同士、アヤシイ……前からコソコソ、二人で何かやってんのよね」
「あっ、そそ、そうなの。前からね、二人でこっそり……なんだろう」

 雑多で無国籍な繁華街を抜けて、二人はいつものバーの扉をくぐる。落ち着いた店内照明が出迎え、静かにジュークボックスがジャズを奏でていた。早い時間帯に客もまばらで、ジェラルミン色の髪のバーテンダーが、カウンターでグラスを拭いている。
 そのカウンターに見知った顔を見つけて、シヨが声をかけようとした瞬間……彼女はリーインと並んで、同時に肩を後から抱きすくめられた。

「やあ、お嬢ちゃん達。こんばんは……一人、もとい二人だけかい?」
「でっ、出たわねっ! 行くわよ、シヨッ」
「あ、マビーナさん。こんばんはです」

 両手に花を満喫中のマビーナ=トルケが、金髪を揺らして交互に左右のシヨとリーインを覗き込んでくる。相変わらずの馴れ馴れしさにシヨは慣れっこだったが、リーインは顔を引きつらせて身を捩った。だが、当のマビーナはどこ吹く風で、二人をエスコートして店内を進む。
 シヨは通り過ぎるカウンターの麗人を、その背中を振り返りながら窓際に連れ去られた。

「やあ、うれしいな。今日はMARZのお嬢ちゃん達とご一緒できるなんて」
「だれがっ、一緒なんてっ!」
「はは、相変わらず元気だなあ、リーインちゃんは。エースの坊やがいなくて、ご機嫌ナナメ?」
「なっ、なななな、何を言ってるんですか!? わっ、私は」
「いいねえ、若いって……初々しい。可愛い坊やはでも、あれはかなりの難物だと思うけどネ」
「余計なお世話ですっ!」

 リーインとマビーナのやり取りを聞きながら、シヨはカウンターを振り返る。
 そこには、一人黙々と杯を傾ける、リーネ=リーネの姿があった。

「あ、あの……マビーナさん」
「ん? ああ。今日の彼女は、一人にしてやって欲しいな」

 マビーナの軽薄な笑顔が、僅かにかげった。それも一瞬のことで、マビーナは瞬時にいつもの表情を取り戻すと、肩を竦めて席に納まった。渋々リーインが、一番はなれた斜め向かいに腰を下ろす。
 尋常ならざる雰囲気を発散するリーネに後ろ髪を引かれながら、シヨもリーインの隣に座った。

「今日、彼女の部隊で久しぶりに被害が出てね」

 注文を取りにきた給仕に、勝手に三人分のディナーコースを告げ、自分のカードを渡すと。マビーナはグラスに注がれた水で唇を湿らせ、俯き加減に言葉を紡いだ。

「彼女の指揮で戦死者が出たのは、レヴァナントマーチ以来だよ」
「く、詳しいんですね、マビーナさん」
「見てたからね……私は彼女の部隊後方に伏せて、戦闘の一部始終を見ていた」

 それはマビーナが、ウォーライターだから。電脳暦最高の娯楽にして事業、限定戦争を語り綴る、現代の吟遊詩人……それがウォーライター。フレッシュ・リフォーの火星戦線広報課に籍を置くマビーナは、マイザーガンマを愛機に、毎日記事のネタを求めて戦場を飛び回っていた。

「時々忘れそうになるけどね。私達は戦争をやってるんだよ。勿論、お嬢ちゃん達も」

 先に運ばれて来た食前酒を掲げて、マビーナは吐き捨てた現実と入れ替わりに飲み干した。
 そう、確かに戦争をしている。シヨやリーイン、そしてウィスタリア分署の仲間達は、街の治安維持を名目に、毎日局地的な限定戦争に参加している。そしてそれは、負ければ死と隣り合わせであり、同時にこの街を彩る観光資源でもある。

「先日、揃って君達は景清にしてやられたね? それも私は見てたよ」
「あっ、あれは……」
「シヨちゃん、どうして鎮圧対象を庇った? どうしてそんな無意味な戦術を取る?」
「とっ、突然景清が襲ってきたんです。わたしたちの仕事は……」
「君達の任務は、違法バーチャロイドの鎮圧だ。違うかい?」
「そ、それは」

 確かにあの時、ライデンとアファームドが乱闘しているとの通報があって、シヨ達は出動した。しかし現場では突如景清が現れ、鎮圧対象を攻撃しはじめたのだ。瞬間、気付けばシヨは、不意をつかれたアファームドを庇っていた。結果、機体は中破して行動不能、シヨ自身は失神という失態を犯した。

「黙って聞いてれば、好きにいってくれるじゃない。ま、ある意味正論だけど?」

 押し黙るシヨに代って、隣のリーインが気炎を上げた。グラスの食前酒を飲み干すや、鼻息も荒く身を乗り出す。対するマビーナは楽しげに、涼しい表情で笑みをたたえていた。

「私達は常にベストを尽くしてるわ。そりゃ、シヨが不器用なのは認める。この子ヘタッピだもの」
「しかし、結果が出せなければ、過程を評価はできないんじゃないかな?」
「……私達だって、機体に性能差がなければ」

 口に出して虚しい言葉だと、言ったリーイン本人が悟ったようで。それっきり彼女も、口を噤んでしまう。しかしどうやら、マビーナは欲しい言葉が引き出せたようで、満足気にテーブルに肘を突いて手を組んだ。その視線がカウンターのリーネに注がれる。

「彼女の部隊は今日、普段通りテムジンを追い回してた。君達と同じ、707系を運用する部隊をね」

 アダックス直営部隊を率いるリーネ=リーネ中尉は、この街でも有名なエースの一人。その操縦技術や撃墜スコアもさることながら、高い指揮能力と部隊運用能力が評価されている。今日もフレッシュ・リフォーは痛手を被り、低迷中の株価が回復の兆しをみせることはない……筈だった。

「そこに突如、ただ一機の増援が現れた。……私もはじめて見たよ、あんなテムジンは」

 その言葉にシヨは、眼前のマビーナが以前したためた、テムジン敗走録の一文を思い出す。しかし、どうやら今日現れた新型テムジンは、そこに詠われた機体とは別種のようで。しかし、間違いなく新型だったと、マビーナは語る。

「リファレンス・ポイントはどうやら、第三世代型のテムジンをロールアウト寸前のようだね」
「そ、それじゃあ、わたしたちMARZにも……」
「ちょい待ち、シヨ。うちの台所事情だと……いやでも、もしかして」
「それはお嬢ちゃん達の上層部次第かな? でもあの性能……私は久々に身震いしたよ」

 突如現れた、新型のテムジン。それは僅か一機で、VOX系の追撃を押さえ込み、その中から無理に突出した一機を撃破、爆散させたという。新型のスライプナーを構えた、まごうことなきテムジンの系譜……その機影は味方の撤退を確認すると、迷わず追撃を振り切り消えた。

「そうだ、お嬢ちゃん。その時のデータがあるんだけど……見るかい?」

 モバイルを取り出すマビーナを、ぼんやりと見詰めるシヨ。
 普段なら新型のバーチャロイドと聞けば、自然と心が躍るのに。今はただ、そんな気分にはなれず、むしろ全く関係のない言葉が口をついて出た。

「……見てるだけ、ですか?」
「ん? ああ、後で記事にまとめるけど。トルク、パワー、そして武装に装甲、どれを取っても……」
「マビーナさん、見てるだけなんですか? リーネ中尉のこと」

 不意をつかれたように、わずかにマビーナが身を仰け反らせた。鼻白んだ表情に驚きが浮かび、泳いだ視線がカウンターに咲く花へ逃げてゆく。リーネは一人静かに杯を重ね、穏やかに荒れていた。

「私はいつでも、見てるだけさ。そして、見てただけに……慰める言葉を知らない」

 それだけ言って、酔い潰れるドレスの背中をまなざしで撫でるマビーナ。シヨもただ、その目線を追って、見詰めるしかできない。
 戦争が日常化した電脳暦にあって、まだまだ人間はその現実を処理しきれずにいた。どれだけルールが明文化され、システムが洗練されたとしても。それを受け入れ肯定するには、まだまだ人は優しすぎた。
 Vca8年、火星は夏を向かえ、戦線はいよいよ激化する。
 MARZの、シヨの戦いもまた、新たな局面を迎えようとしていた。

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