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 週末、土曜日午後六時。
 熱砂の戦場からたなびく風に、夕映えの街が赤く燃える。それは同時に、この街を訪れる観光客にとって、週に一度のお楽しみ……宇宙海賊達の跳梁と、略奪阻止に奔走するMARZの戦闘は、既に名物となって久しかった。
 それはしかし、決して馴れ合う事無く、形骸化する事無く、毎週淡々と繰り広げられる。
 そして今日、シヨを襲ったのは、普段通りの業務ではなかった。

「はぁ、はぁ……これでっ、二機、目っ」

 強張る手がスティックを繰り、焦れるように滾る思惟をM.S.B.S.が拾って。テムジン421号機が広い倉庫街を駆け抜ける。その正面に、コンテナを前に変形をはじめる一機のマイザー・イータ。
 シヨが迷わずトリガーを押し込むと、スライプナーが唸りをあげた。
 無防備な隙にニュートラルランチャーを二斉射浴び、擱坐するマイザー。その脇へ滑り込むように、急ターンでアスファルトを抉ると、シヨはコンテナを確保しつつ周囲を見渡す。
 既に目に映る機影は海賊ばかりで、その数は増える一方。

「きっ、きりがないよぅ、ルイン君。今週に限ってこんなに……どしたんだろ」
《喋ってないで手ぇ動かせ! 上っ、次が来てんぞっ!》

 愛機の足元で、相棒を乗せた指揮車が横滑りに停止する。そのままギアをバックに叩き込まれて、小さなハッチバックはフル加速で後退した。同時に空を見上げるシヨは、視界に同調したセンサーが新手を捉えたのを感じる。
 直上より急降下してくる敵機は、右腕のレブナントに光の刃を灯していた。
 瞬時にクロスレンジを警告するダブルロックオンのアラートが響き、シヨは眼前のコンテナを蹴った反動で愛機を翻す。同時に粘りのある足回りが柔軟に機体を押し留め、次の瞬間には再加速でシヨは踏み込んでいた。

「ごっ、ごめんな、さいっ」

 側面をさらすマイザーへと、真っ直ぐにスライプナーを突き立てる。鈍い衝撃と共にぐらついた敵機は、反撃に備えて離脱するシヨの視界で膝を突いた。
 援護射撃――高出力のラジカルザッパーが遠方より直撃し、シヨはその方向を振り返る。
 隣のブロックで応戦中の第一小隊、テムジン412号機がスライプナーMk5を畳むや、群がるマイザーを振り切り上昇するのが見えた。

「あ、ありがとっ、リーイン」
《いいの、いいのっ! あーもう、何この数っ! 信じらんない、本気でここを襲うなんてっ》

 再び乱戦の渦に巻き込まれながらも、シヨは心の中で同僚に同意した。
 確かに、信じられない――こんなにも大規模な略奪部隊で、ウィスタリア内でも最大手の、アダックス直営部隊の輜重品を狙ってくるなんて。
 それは大胆にして無謀に思えた。何故ならば、

《やれやれ、お偉いさんの悲鳴で慌てて帰ってみれば……海賊風情が、やるじゃないか》

 この場所を襲うということは、東部戦線でも随一の最精鋭、アダックス直営部隊を敵に回すことになるから。
 戦場帰りの砂に汚れた赤いライデンが、数機のボックスタイプを引きつれ戦闘に介入してきた。戦況は一層混迷の度合いを増し、目まぐるしく敵味方が入り乱れるレーダーを睨んで、シヨは手早くアダックスの新手に見方識別のマーカーを振り分ける。

「リーネさんっ、あ、ええと、おかえりなさい」
《各小隊、略奪阻止を最優先! 損傷のある機体は外で待ちなよ! ……ん、ああ、お嬢ちゃんかい》
「すみません、今日はちょっと手一杯で……」
《いいさ、自分ン家くらいは自分で、ってね。こちとら戦場帰りで気が立ってんだ――》

 加減はできないと叫ぶや、シヨの傍らでライデンが僅かに腰を落とす。ドン! と地を踏み締めるや、その肩に装備された超高出力レーザー発信器が花咲いた。バイナリー・ロータスを展開するや、僅かに仰角に射線を取り、光が集束してゆく。

《MARZのっ! ありゃエースの坊やだね……どきなっ! まとめてブチ落すよっ!》

 マイザーの群と熾烈な空中戦を演じていた、エリオンのテムジン411号機が四肢を広げてダイブする。それはシヨの隣で、眩い光条が迸るのと同時だった。強力なレーザーが照射され、その先で幾重にも敵機が爆ぜる。
 その光が細く消えゆく空の彼方に、不吉な黒い巨影が近付きつつあった。

《ちぃ、母艦までは届かないか。まあ、街の上で落しちゃ不味くもあるが》
「リーネさん、あれ、あれはっ」
《ああ、あれが連中の母艦……マシュー艦隊の高速補給艦、ロシナンテさね》
「はあ。あ、海賊船、か」

 既に周囲で、ボックスとマイザー同士の戦闘が散発的に発生する中、シヨもまた自然と襲い来る敵の対処に追われた。リーネのライデンと背を互いに庇いあいながら、迫るマイザーの脅威に立ち向かう。

《ああもう、きりがないねぇ》
「ですよ、ね」
《――アタシのライデンの予備パーツが一式、ストックしてあんだ。あれを盗られちゃ》
「高いですもんね、ライデンって維持コスト。あ、左に三機……今日はデルタも出てくるんだ」
《面倒な……くそっ、突っ込んでくる。足元! ウロチョロしてると踏み潰すよっ!》

 その場で僅かに宙へと浮いて、リーネのライデンが反転した。スキール音を響かせ逃げ惑うのは、ルインの指揮車と……もう一台。

《はい、現場のチェ=リウですっ! 今週は時間を延長して、最後までこの大攻勢を――》

 一気に広域周波数のチャンネルが騒がしくなった。

《御覧下さい! 近付いてきます、あれは……局の照会によれば、あれが海賊達の母艦です! えー、マシュー艦隊所属、艦名はロシナンテとあります! 御覧いただけるでしょうか、あの派手な髑髏マークが! ……カメラ、寄って! いーから寄りなさいって! ズームして!》

 海賊達の怒号に、アダックス直営部隊の罵声、そしてWVCの実況と解説。その中に一筋の清水のごとく、澄んだ声がシヨの耳朶を打った。

《シヨさん、アダックスの皆さんと連携して、各個撃破。いいですね?》

 エルベリーデのテンパチが、倉庫を一足飛びにマイザー・デルタの三機編隊へ踊りかかった。旧式機の廉価版とは思えぬ挙動で、一気に近接戦闘をしかけるや、一刀の元に切り伏せ払い抜けて、シヨの眼前に滑り込んでくる。
 呆気にとられていたシヨは、慌ててその旨を背後に伝える。

「だ、そうです。お願いしてもいいですか? リーネさん」
《そうしとくれ。後は……誰かあいつを、頭を潰しなよ! こっちゃ、これで手一杯だ》

 轟音を響かせ上空に侵入してくる、巨大な海賊船。その穂先に今、一機の不気味なバーチャロイドが佇んでいた。その全身を移送用のシートでくるみ、アイフリーサーを捧げるように膝を突いている。
 最大望遠でその姿を捉えたシヨは、コクピットの上に腕組み笑う人影に言葉を失う。
 モノクロームのゴシックロリータは、唯一色彩を帯びて赤い唇を吊り上げ、ハスキーな声を発した。

《木星圏も今ちょっと忙しくてね。今週はボク等も真面目にお仕事って訳》

 隠した興奮の滲む、湿り気を帯びた声音だった。何も悪びれた様子もない、無邪気な響きだった。

《アタシゃ自分の部隊を面倒見るので忙しい。MARZの方で……お嬢ちゃん、やっちまいな》
「ほ、ほへ? わ、わたしがですか? い、いや、そのぉ……ちょっと、自信が」
《以前の交戦データは拝見しました。シヨさん、今のあなたならできますわ。自信を持って》

 瞬時に蘇る恐怖に、シヨの身体が強張った。緊張に動悸が激しくなり、呼吸が浅く早くなる。
 無言で答えるしかできないシヨの耳に、リーネの舌打ちとエルベリーデの溜息が重なり響いた。

《……まあ、いいさね。連中、アジムだかゲランだかが木星で湧いて、焦ってんのさ》
《エリオンさん、聞こえますか? 地上はわたくし達で押さえますので、宜しくお願いします》

 光の翼が羽撃いて、海賊船へと真っ直ぐテムジン411号機が昇ってゆくのが見えた。その影が甲板の上に見えなくなっても、周囲の乱闘は治まらず、むしろ激化する一方で。その中心でシヨは、安堵と失望を持余しながら、目の前を乱舞するマイザー達の処理に忙殺された。

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