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 同じ規格のシミュレーターでも、普段の気配が背中にいない今、シヨの緊張感はいやがおうにも増した。
 ここはリファレンス・ポイントのウィスタリア支社、大勢の招待客を満たした大ホール。シヨ達MARZは今日、特別なはからいで招かれ、噂の新型機とシミュレーション上での模擬戦の真っ最中。

《シヨさん、わたくし達が頭を抑えます。エリオンさんと挟撃してください》

 いつもは背中で見守ってくれてる声が、視界の隅で浮かび上がる。エルベリーデのテンパチの攻撃を起点に、ルインとリーインの砲火が目標に集中する。その爆炎の中へと、シヨは仮想空間の愛機を押し出した。
 敵は僅か一機……しかし、最新鋭のMBV。その名もテムジン747。
 707系を踏襲しつつ、洗練されたスタイリッシュな機体が突出してくる。その姿に目を奪われることなく、シヨはエリオンと連携してニュートラルランチャーの二斉射を浴びせた。
 そして、驚愕。

「嘘、立った……今、直撃だったのに」
《シヨさんっ、動いて! 反撃が来るっ!》

 エリオンの声を追うように、衝撃がシヨを襲った。彼女を内包するシミュレーターの筐体が、激しい震動に揺れる。必殺の一撃を浴びて尚、新型のテムジンは何事もなかったように立ち上がった。そればかりか、的確な反撃で同じ攻撃をシヨへ浴びせてくる。
 機体が新型ならば、装備されるスライプナーも新型。その威力は、あっという間にシヨの愛機を擱坐させた。同僚達の驚きの声が遠ざかり、タイムアップが迫る中……シヨの視界で新たなテムジンの背中が小さくなる。

《はい、では模擬戦はこの辺で……MARZウィスタリア分署の皆様、ありがとうございました!》

 アナウンスと同時にシミュレーションが停止し、密閉された空間から開放されるシヨ。その耳朶を打つ、拍手の嵐。見渡せば、招待客の誰もが、立ち上がって手を叩いていた。無論、シヨ達MARZにではない……会場正面の大型モニターに映る、新型のテムジンへである。
 五対一ながら、倒しきれなかった。そればかりか、数的な優位にあるMARZに損害が出た。圧倒的なハードウェアの性能差を前に、シヨは言葉を失い立ち尽くした。しかし、構わず司会進行の声は続き、お披露目のパーティは続いてゆく。

「えー、皆様に改めて紹介いたします。第三世代型テムジン、747です!」

 巨大なモニターが上へと持ち上がり、その背後に控えていた機体へとスポットライトが当てられた。
 先程、仮想空間で八面六臂の大活躍をしたテムジンが、膝を突いて佇んでいた。

「あーあ、俺等は噛ませ犬かよ……えげつねぇ営業すんぜ、ったく」
「ある意味、やられ損よね。にしても、五人がかりでこの結果ってのは何?」
「うーん、特別上手い相手じゃない気もするんだけど。削りきれなかったな」
「特筆すべきは、高いサバイバリティでしょうか。皆さん、お疲れ様です」

 シヨは思い思いに呟きを零す同僚達と共に、並んで新品のテムジンを見上げた。
 リファレンス・ポイントは再三再四に渡るフレッシュ・リフォーの要求に、ついに応えてみせた。現用の第三世代型を遥かに凌駕する、707系テムジンの後継機……最新の技術を惜しみなく盛り込んだ、最新鋭のMBVを。その脅威は、体感したシヨの身に染みていた。
 全てにおいてハイスペック、その上高い継戦能力と耐久性能、さらに――

「さらにこの747シリーズは、アーマー・システムを採用しており、戦場に合わせて換装が――」

 司会の声は弾む。

「御覧戴いているA型の他に、H型やF型が既にロールアウトしており、現在の戦況を一気に覆す力があると開発陣は見ております。現在、各部隊で運用されている707系が全て刷新された場合、防戦一方だった戦場は一変し、予想される株価の変動は――」

 シヨは呆然と、ピカピカに輝くテムジンを見上げる。その胸中を満たすのは、複雑な心境だった。
 誰よりも早く、最新鋭のバーチャロイドを見る事ができた嬉しさ。同時に、その驚異的な性能を前に敗北した悔しさ。何よりも、この火星戦線が新型の投入により、新たなステージへと進むであろうことへの不安。言葉にできぬ雑多な想いに、思わず無意識に彼女は、一房の紫髪をいらいだ。

「しっかし、何でリファレンス・ポイントがこんなに張り切っちゃってる訳? 普段ならいつも」
「うん。普通なら、フレッシュ・リフォーからアナウンスが――」
「ま、リファレンス・ポイントもここいらで少し、存在感を示したいんだろうよ」

 眉を寄せるリーインとエリオンに、ルインが肩を竦めて見せた。
 第七プラント、リファレンス・ポイント……本来、交易ジャンクションであったこのプラントは、フレッシュ・リフォー子飼いのテムジン開発元として有名である。その影響力は弱く、フレッシュ・リフォーの庇護がなくば、その存在すら危い小さなプラントなのだ。しかし技術力は高く、707系にはじまるテムジンシリーズの開発および改良、運用には定評がある。

「いつまでも子会社でいねーぞ、ってとこか? しっかし、えれーモン造りやがったなあ」
「プラント間の力関係は複雑ですから。今日のデモンストレーションの意図も、そうでしょうね」

 エルベリーデの言葉で一先ずは締めくくり、MARZの五人はただ、黙って新型を見上げるしかない。
 司会の男の、次の一言を聞くまでは。

「我々リファレンス・ポイントは、今後はフレッシュ・リフォーを通じて市場へと本機体をリリースするものであります! が……同時に、我々独自の意向で、このウィスタリアRJにおいて、本機体を運用する自警団を組織いたします! このことは既にウィスタリア運営委員会に通達済みであります」

 一瞬の沈黙の後、喝采が上がった。
 シヨは言われた意味をすぐには理解出来なかった。それはエリオンやリーインも一緒だったが、ルインの舌打ちと、モバイルを取り出すエルベリーデの慌て様が、事の次第を如実に語っていた。
 司会の男はマイク片手に、そんなMARZのシヨ達をチラリと横目で見やる。

「現在、この街の治安はMARZの皆様が日々守ってくださいますが……僭越ながら、我々も市民の義務として、何かお手伝いができるのでは、と。勿論、747系の導入に迷う企業に対しての、宣伝効果を期待していることは否定しませんが。やはり、街の平和を守るのは、それに相応しい力を持つ者でなければ」

 グラリとシヨの足元が揺れたような気がした。思わずよろけた彼女の肩を、隣のルインがしっかりと抱きとめる。そして耳元で囁く声は、どこか普段にも増して、抑揚に欠くなげやりな響きだった。

「つまり、コマーシャルも兼ねて自治に介入すっから……俺等はもういい、ってことか」
「もう、いい、って? ルイン君、だってわたし達は、MARZは――」
「タイミングも最悪だったな。こないだの海賊騒ぎで、こっちは大打撃受けてるからな」
「そんな……みんな、頑張ってるのに。頑張ったのに」

 背後では何やら、エルベリーデが隊長のリタリーと小声でやり取りをしている。しかし、シヨの見開かれた瞳は今、目の前で俯くテムジンを映しており、意識が全てそこへと吸い込まれる。

「世の中、頑張るだけじゃダメなのさ。ウチでもあれが買えれば、あるいは……無理だな」
「そんな……わたし、ヤだよ。みんなも、うちの子達も、すっごく頑張ってるのに」
「現実を見ろよ、シヨ。まあ、そんなに気にすんな」

 ルインはシヨの身を引き寄せ、その頭をポンと叩いた。

「連中には勝手にやらせておくさ。俺等ぁ、やること何も変わらねぇよ……そうだろ?」

 黙ってシヨは、大きく何度も頷いた。
 この日を境に、火星戦線の戦場から707系のテムジンは、徐々に姿を消してゆくことになる。代って各地に配備された747系のテムジンは、各地で赫奕たる戦果をあげた。劣勢だったフレッシュ・リフォー直轄部隊及び関連企業は息を吹き返し、市場と戦場で大反攻が開始される。
 そしてここ、ウィスタリアRJも、新たな局面を迎えようとしていた。

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