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 通報から出撃までの、ごくごく短い時間。それも、ここ一週間で激変してしまった。
 バーチャロイドによる乱闘は絶えることがなく、その数は増える一方だったが。
 劇的な変化は、たった一つ。

《っと、また片付いてらぁ。仕事熱心つーか、なんつーか》
《被疑者の身柄拘束と、現場検証だけで済みそうですね》

 あきれたようなルインの声に、エルベリーデの穏やかな声音が重なる。それを愛機のコクピットで聞きながら、シヨは居並ぶテムジン達をぐるりと見渡した。最新鋭の747系による一個小隊が、すでに鎮圧し終えた暴走バーチャロイドを組み伏せている。
 事の顛末は、ここ最近と全く一緒だった。
 事件発生と同時に、リファレンス・ポイントによる自警団『ウィスタリア・ガードナー』はいち早く出動。MARZがもたもたしている間に、先行する747F二機で現場へ急行、速やかに一般市民を退避。次いで、747Hと747A二機からなる本隊で、乱闘するバーチャロイドは瞬く間に撃破されたのである。

「それにしても、凄いなあ。けど、ちょっと、やりすぎだよぅ」
《奴等、加減ってもんを知らねぇからな……よっぽど売り込みたいんだろうよ》

 今日の被害者――否、加害者であるところの暴走バーチャロイドは、もはや定番ともいえるVOX系のダン。そして、前線はおろか、この街でも見るのは珍しい、エンジェラン『慰撫』だった。
 報道のカメラへ向かい、整列するテムジン達の片隅に、今は残骸となって重なり合っている。
 通報があったのは確かだったが、その徹底したやり口に、シヨは思わず閉口してしまった。

《シヨ、気づいたか? 連中の、あのカラー》
「え? ああ、うん。珍しいよね、あれってTSCドランメン特別提供の限定カラーだよ」
《汝の武運の永遠なる事を……皮肉だな、おかげ様でこちとら、毎日暇を持て余してるってのによ》
「ウィスタリア・ガードナーさん達のお陰で、なんか楽ばっかりだよね、最近」
《リファレンス・ポイントにTSCドランメンまで絡んでんのか、今回の強烈な売り込みには》

 シヨは足元を現場指揮車が通り抜け、今日の犠牲者となったダンとエンジェランの両パイロットへ向かうのを見送った。すぐ傍らにはエルベリーデのテンパチが、やはり機体を並べて、事態を見守っている。今日はもう、バーチャロイド戦になることはなさそうだ。
 シヨはヘッドギアを外してセフティジャケットを解除すると、コクピットを抜け出た。
 正午前の外気は、真夏の太陽に熱され、じとりと露出した僅かな肌に絡んでくる。

《よう、MARZの! 遅かったな、今日もお疲れさん!》
《また片付けさせて貰ったぜ! 被疑者はあっちだ、連れて帰んな》
《はあ、いつもすんません》

 ルインの抑揚に欠く声が、ぼそぼそと呟くように聞こえる。相手にしているのは、ウィスタリア・ガードナーのパイロット達だ。機体が一流なら、乗り手も一流どころを揃えたらしく、この一団はいつも手際がいい。事実上、第一小隊が壊滅している今、MARZは治安維持と暴徒鎮圧の任を奪われつつあった。
 三種の747系テムジンを眺めながら、以前ほど爆発的な興味をそそられるでもなく、ぼんやりとコクピットの上に身を乗り出すシヨ。脱いだヘッドギアはそのままに、無線だけを耳に当てて頬杖をつく。
 隣ではエルベリーデもコクピットを開け放ち、湿った風に豪奢な金髪を遊ばせていた。

《シヨさん、今日はお写真撮ったりしないんですか?》
「あ、いや、それは……初日で、やりつくしましたから」

 ウィスタリア・ガードナー初出動の折に、既にたっぷり、たらふくシヨは情報収集を終えていた。新型のテムジンは、どの機体も素晴らしい仕上がりだった。既に騒動が終わっていたのも手伝って、シヨはモバイルを片手に、子供のように飛び回っていたのである。
 それも、連日続けば、エルベリーデに返す言葉もしなびてしまう。
 それほどまでに、747系テムジンで固めたウィスタリア・ガードナーの力は、圧倒的だった。もちろん、宣伝効果も抜群で、ほどほど高級機にも関わらず、市場での売れ行きもまずまずだった。特にフレッシュ・リフォーの直轄部隊は、いち早く全機を自社カラーの747系に刷新。東部戦線のアダックス優勢が今、にわかに揺らぎだしているところだった。

《えっと、じゃあ……話は署のほうで聞きますんで》
《MARZ! なんでもっと早く来てくんないの! お陰で酷い目にあったじゃないか!》

 ルインに抗議の声を上げているのは、今日の被疑者の片方だろう。

《おたく等が相手ならね、こんなに手酷くやられなかったさ!》
《そっちはダンだからまだいいじゃん。アタシのエンジェラン、どうしてくれんのさ》

 街中で暴れまわっておいて、よく言ってくれちゃう。シヨは内心、そうまで愛機を想ってくれるなら、是非ともウィスタリア内では、その自治法や道交法を守って欲しいと心から願った。
 同時に、心外だとも。自分達MARZとて、鎮圧の為に戦闘はする。勿論、ここまで徹底的に叩きのめせるかといえば、自信もなく……何より、そこまでする必要もないとも思えたが。ダンは既に原型を留めておらず、その上に重なるエンジェランは、見るも無残で痛々しい。

《乱闘っていってもね、右折時にちょっと肩がぶつかっただけじゃんよ》
《そうよ! それでアタシのエンジェランに傷がついたから、言い合いになって》
《はあ》
《だから、あの手の鼓舞用機体には近付きたくないよな! でもまあ、どうすっかって》
《言い合いしてて、そりゃ多少はド突いたりはしたけど……そしたら》
《ウィスタリア・ガードナーが飛んできた、と》

 無線の向こう側で、頷く気配が二重に連なった。
 確かに、エンジェランは希少な機体で、その用途から多少でも傷がつくのは避けたいだろう。どちらに非があるにせよ、交差点内でのよくあるトラブルだったようだ。せいぜい、修理費をダン側の部隊か個人かが補填するか……それとも、エンジェラン側にも手落ちがあったのか。そこらへんは実際、MARZが現場検証すれば、大体はまとまる話なのだが。
 二人はおそらく、興奮していたのだろう。運も悪かった。この街に強力な自警団ができた今、いざこざを起こしてしまった。その結果が、これである。

「どっちの子もかわいそう。エルベリーデさん、この子達……治るでしょうか」
《まず無理でしょうね。ここまで徹底的に破壊されてしまうと、新造した方が安上がりですし》

 シヨの零したため息をかき消して、けたたましいスキール音が飛び込んできた。足元を見慣れたワンボックスが駆け抜け、広域公共周波数に実況を叫びながら、WVCの名物レポーターがすっ飛んでゆく。お目当ては勿論、ずらりと並ぶウィスタリア・ガードナーの面々だ。
 もはや、地味な作業に専心するMARZなどはもう、意中にない様子だった。

《ったく、丁稚のリファレンス・ポイントが、日陰者のTSCドランメンなんかと組みやがって》
《そうよそうよ! 連中おとなしく、フレッシュ・リフォーの下請けやってればいいんだわ》
《兎に角、話は署で聞きますから。すんません、兎に角こっちに》

 どうやら話は纏まったらしく、被疑者二名は文句を口々にたれながらも、ルインに従う。それを見やりながらも、シヨは向こう側で激しい取材攻勢に答える、ウィスタリア・ガードナーが気になった。
 今や彼等が、この街の守護神である。
 その言動や受け答えには、自信が満ちていた。

「シヨさん、もういいでしょう。撤収しましょう」

 機体を大きく寄せ、エルベリーデが直接話しかけてきた。
 確かに今、ルインは現場指揮車に被疑者を確保し、ウィンカーを点滅させながら方向転換している。周囲の野次馬達は皆、ウィスタリア・ガードナーの方へ釘付けだった。

「あっ、は、はい」
「残念そうにしてますね」
「や、そんな……でも、微力とはいえ、本来の任務を達せられないのは、少し」
「彼等の後始末もまた、MARZの仕事でしょう。さ、元気をだして。腐っててもはじまりませんわ」

 エルベリーデの言にも一理ある。自主的に宣伝も兼ねて、街のヒーローをやってる連中とは、MARZは違う。ウィスタリア運営委員会から正式に治安維持を要請された、この街の立派な警察力なのだから。
 気を取りなおすシヨはしかし、次の一言に激しく動揺した。

「シヨさんがしっかりしていてくれないと、エリオンさんやリーインさんも安心できませんわ」
「え、それって……」
「近々、御二人には異動の辞令が出るでしょう」

 寝耳に水とは、まさにこのことだった。
 エルベリーデの話では、MARZの上層部は今回のリファレンス・ポイントの台頭を機に、ウィスタリア分署の規模縮小を検討しているらしかった。その手始めとして、バーチャロイド部隊の定数を半分にする……つまり、第一小隊の廃止である。

「えっ、そ、そんな。ルイン君、聞いてた? エリオン君やリーインが」
《あ? ああ、そんな話もあったな。……まだ、決まった訳じゃねぇよ》

 ルインの嘘が致命的に下手なのを、ここ最近の付き合いでシヨは熟知していた。
 一日を折り返す太陽の光が、黄道の頂点に上り詰める。その日差しを受けながら、シヨは突然のことに驚きながらも、コクピットへ身をもぐりこませる。エルベリーデのテンパチと並んで機体を翻す、そのターンに僅かに動揺が混じり、M.S.B.S.は正確に彼女のゆらぎを拾い上げた。

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