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 停車する指揮車に倣って、シヨは白線の内側で機体を止めた。
 ウィスタリアの大通りを入った小路、どこにでもある風景。周囲10メートル四方を切り取る、白線のミシン目の内側で、そのままテムジン421号機は片膝を突いた。ウィスタリアのあちこちに、このような場所は点在している。今日この瞬間まで、シヨにはその意味が解らなかったが。

《回線、マーズシャフトへ……オンライン。シヨ、降りるぞ》
「降りる? 降りるんだ」

 瞬間、微動と共に周囲の景色が空へと舞い上がった。
 現実には、エレベーターが作動し、シヨ達は地下へと降りているのだ。機体との視界リンクを切断し、コクピットからシヨは這い出た。そのままリズミカルに、胸から腕、掌を伝って、ぽんぽんと床に下りる。そうして駆け寄る指揮車の中では、ルインがモバイルに向かっていた。

「ねえ、ルイン君。ここ、何?」
「お前なあ、ウィスタリア来て何ヶ月だよ……こんなことも解らないのか?」
「す、すみませんっ〜」

 思わず相棒の口癖が出た。しかし、解らないものは解らないので、謝りつつも答えを強請るシヨ。

「ウィスタリアRJが、もともと旧暦時代の、テラフォーミング施設跡地だってのは?」
「あ、それは聞いたことあるよ。じゃあ、今潜ってるのが」
「マーズシャフト。コアまで貫く、超大規模テラフォーミングシステムの一部さ」
「へー、そいえば火星、基本的に地球と同じだもんね」

 かつて人類華やかりし時代、その英知は火星の大規模改造にまで及んだ。今もその名残の中で、シヨ達は毎日を暮らしている。重力は地球と同じ1Gに保たれ、一日は24時間。場所によっては四季もある。
 だが、火星が緑の星になることはなかった。大気を満たした段階で、計画は頓挫したのだ。
 人類は、外宇宙への進出も含めて、自ら夢見ていたフロンティアを、失ってしまったのだ。

「でも、何でこんなところで、戦闘になったんだろうね?」
「こんなところだから、だろう? それよりシヨ」

 助手席にちょこんと収まったシヨへ、ルインがじとりと半目を向けてくる。

「現場であまりウロチョロするなよな。ナビなしで迷ったら、出てこれなくなるからよ」
「は、はいぃ」
「大小の管理坑は、迷宮だかんな。マーズシャフト自体、コアを通して向こう側に抜けてる」
「へー、じゃあ真っ直ぐ降りてくと、火星の向こう側に出ちゃうんだ」

 視界は先程から、一定のスピードで上へと流れ去る。時々、バーチャロイドでも通れそうな道があったが、ルインは止まらなかった。通報があった区域は、まだまだ下層のようだ。
 最初、シヨは珍しげに、その景色を眺めていた。それに飽きると、モバイルを操作するルインの横顔へと首を巡らす。手はカーラジオに伸びたが、電波は届いてはこなかった。手持ち無沙汰に飛び出た前髪を、その紫色の一房をいらう。

「ん? 何だシヨ、暇か?」
「う、ううんっ」
「もう戦闘はカタがついてんだ。現場検証だけだから、機体はエレベーターに置いてくぞ」
「えっ。あの子、このまま? だ、大丈夫かなあ。ねえ、ルイン君」

 その時、軽い衝撃と共に、エレベーターが停止した。同時に、目の前が開けて、シヨは絶句する。そこには、バーチャロイドが楽々通れる高さの通路があり、その奥に、無残に破壊された残骸が見えた。
 救いを求めるように伸べられた右腕部だけで、シヨはテムジン747Fだと解った。
 サイドブレーキが解除されるや、ルインの運転で指揮車がその奥へと進む。

「おーおー、派手にやられたなあ、おい。ひい、ふう、みい、と……全機オシャカか」

 停車と同時にシヨは、助手席から飛び出した。開けた空間は、何かの資材置き場らしいが、今はただガランとしている。そして、そのいたるところで、ウィスタリアガードナーのテムジンが擱座していた。
 シヨ達の到着に気付いて、一箇所に集まっていたパイロット達が振り向いた。

「おお、MARZの。御覧の有様さ……これじゃ契約切られちまう」
「この惨状には訳があんだが、はてさて上が聞いてくれるかどうか」

 男達は皆、肩を竦めて、歩み寄るルインを迎えた。常々MARZの先手を取って、勝手に街の治安維持を行っているが、ウィスタリアガードナーとはいつでも、敵対関係にない。元よりそのつもりだし、MARZの現保有戦力では、敵にもならなかった。
 そのウィスタリアガードナーが、全滅。思わず固唾を飲んで喉を鳴らすシヨは、現場に無数に残された痕跡を早くも発見する。話し込むルイン達をよそに、彼女は地に伏せ、頬を冷たい合金製の床にひっつけた。

「シヨ! ったく、またか」
「あのお嬢ちゃんは、何やってんだ?」
「ああ、あれです。まあ、その……すんません。あれは、足跡が見えるんですよ」
「足跡って、バーチャロイドのか? アスファルトや土の上なら兎も角、こんなとこで」

 雑音は耳に入ってこない。シヨは今、舐めるような視線で床を精査してゆく。そこから読み取れるのは、まずはウィスタリアガードナーのテムジン達の足跡。そして、それを上回る数の、敵の足跡だった。それはすぐに機種まで特定でき、さらには異様な違和感まで感じ取れた。
 即座に身を起こすシヨは、ぽてぽてと相棒に駆け寄る。

「ルイン君、あのね、アファームドのT型っぽいの。数はいっぱい……うん、沢山」
「――ってのを今、俺は今、このおにーさん達から聞き取りしてる訳だが」
「あっ……う、うん。そだね。それでね、ルイン君。変なの」

 あうあうとルインに、賢明に喋るシヨ。
 その時横から、ウィスタリアガードナーの面々が口を挟んだ。

「変も何も、そうとうおかしかったぜ。なあ?」
「ああ。先ず、あんなアファームドは見たことねぇ。カタログにないタイプだ」
「で、数が尋常じゃねぇ。レーダーがアファで埋まったんだ。俺達ぁハメられたんだよ」
「5、6機は潰したが……その辺に残骸とかないか? 野郎、綺麗に撤収してやがるか」

 それは、シヨにも解る。足跡の数が尋常ではない。だが、シヨが言いたいのは少し違った。

「それもそうなんですけど、あの……足運びが、全部一緒なんです」
「……詳しく話せ、シヨ」
「うんっ。あのね、どのアファームドも、歩幅や重心の移動とかが、全く一緒なの」

 バーチャロイドは本来、全く同じ機体でも、搭乗する人間の差がでるものである。例えば、一歩歩かせただけでも、それは如実に現れる。歩幅や、踏み込む力、そしてその後の姿勢。しかし、シヨが見た限りでは、ここ一帯を埋め尽くす足跡は、どれも同一人物にしか見えなかった。それが無数にある。
 そして――

「でっ、でね、ルイン君。こ、ここっ。ここなんだけど」

 シヨは部屋の隅へと駆けてゆく。そこには、そこだけには、テムジンやアファームドとは明らかに違う足跡があった。そしてそれは、全く移動した形跡が見られない。そこへと舞い降り、終始立ち尽くしたまま、また宙へと消えたかのような足跡。それは酷く希薄で小さい。

「ああ、そこか」
「お嬢ちゃん、そこに確か……お前も見たよな?」
「ああ、見た。あれは、白いガラヤカだった」

 その名を聞いて、足跡と容姿が脳裏で一致し、シヨは目を輝かせた。
 それは、市場でも滅多に見ない、プラジナーブランドの最新鋭バーチャロイドだった。可憐な幼女を思わせる容姿とは裏腹に、癖の強い操縦性と攻撃力を秘めている。
 シヨは、まだ見ぬガラヤカに想いを馳せたが、ルインによって現実に引き戻された。

「つまり、一機のガラヤカと、数え切れないアファに待ち伏せを食った、と」

 男達は無言で頷いた。
 いかに最新鋭のテムジンを各種配備されているとはいえ、数で劣勢にたてば厳しい。増して相手は、全機が同期の取れた並列演算機のように、全く同じ性能で襲い来るのだ。
 シヨは背筋が凍える思いがして、思わずエレベーターの方を振り返る。
 彼女のテムジン421号機は、ただ静かに主を待って、身を屈めていた。

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