《前へ 戻る TEXT表示 登場人物紹介へ オリジナル用語集へ 次へ》

 格納庫に固定されたテムジン747J、そのパイロット補助用擬似人格であるティルは、先程から相棒を見下ろしていた。彼の搭乗者は今、モバイルを手に通話をしながら、忙しく足元を行ったり来たりしている。

「だから待って、エリオン。こっちにも一報は入ってるけど。そりゃ、ある意味――」

 ホァン・リーイン三査は、概ね模範的なバーチャロイドパイロットだった。あのレヴァナントマーチを生き残っただけあって、腕は確かだし、才色兼備という言葉にふさわしい容姿をしている。少々そそっかしい点はあるが、それは自分が埋め合わせるべきだとティルは理解していた。
 勿論、能力のみならず、人格的にもティルは、申し分のない乗り手を得たと満足している。
 不思議なことだが、ある種の好意すら、彼は感じていた。

「いい? 落ち着いて、エリオン……え? 機体はそっちで調達する? 行くって、あ、こら!」

 本日午前十時、MARZウィスタリア分署は、謎の敵性勢力による強襲を受けた。現在も交戦中であること以外、何一つ新しい情報は入ってこない。リーインから頼まれた通り、ティルはこうしている現在も、データベースにアクセスし、情報を収集中だったが。
 解ったことは少ない。例えば、どうやら敵の集団が、ここ最近火星の東部戦線を騒がせる、いわゆる"限定戦争荒し"と呼ばれる一団らしいこと。その戦力が、膨大な数に及ぶらしいこと。そして、MARZウィスタリア分署はまだ、陥落してはいないこと。
 だが、ティルには大きな収穫が一つあった。

「いい、エリオン? 今、こっちでも調べてるから、兎に角焦らないで。ほら、フォワードはバックスの指示に従う、これ基本でしょ? まあ、ある意味、飛び出したい気持ちは一緒だけど」

 ちらりとリーインが、自分を見上げてくる。その表情は、ティルがはじめてみるものだ。こんな顔を覗かせることもあるのかと思えば、ティルは不思議と嬉しかった。
 彼の相棒は今、どうやら元同僚と、件の事件にどう対処するかを話していたらしい。
 勿論、どこの組織にも、増援を出すという話は今のところない。電脳暦の社会は、利益の追求が何よりの美徳、娯楽性こそが尊ぶべきという風潮がある。どこのコーポレートアーミーも、代価の得られぬ派兵はしないだろう。勿論、それは場末のアーマー・システム第三開発室でも同じだ。

「あとね、エリオン。さっきから、その……誰? べ、別にいいんだけどさ。その、後からエリオンさん、エリオンさんって。や、別に私はいいの、ただその、あれよ。ホント、どうでもいいんだけど」

 ティルは即座に、相棒の心拍数が上昇するのを察知した。血圧も脈拍も乱れて、僅かに頬に赤みがさしている。解りやすい人間なのだと思えば、どこからほほえましい自分がティルはおかしかった。
 その時、研究室を兼ねたこの格納庫に、この部署の主が姿を現した。

「っと、一度切るわね。後でまた連絡……え? だから待ちなさ――こら、エリオン・オーフィル!」
「おはよう、諸君! 早速だが今日の実験をはじめる! 準備はいいかね!」

 重役出勤で、ティル達コンビの直属の上司がおでましだ。白衣のハロルド・トウドウは今日も、眼鏡の奥で瞳を燦々と輝かせていた。

「おはよーございます、博士……あの、今日は私、有給取ってもいいですか?」
「ほう! リーイン君、休暇の申請かね? 突然言われても、それはそれで困るのだが」
「あのっ! 私今日、すっごく具合が悪いんです! 何か熱っぽいし、それとなくだるいし!」
「……力いっぱい元気なようだが」

 リーインは嘘をつくのが下手だ。加えて言えば、相棒の健康状態は、誰よりもティルがモニターしているので良く知っている。極めて良好な健康体……唯一つ、精神的な疾患を抱えている以外は。
 ティルが成り行きを見守っていると、彼の相棒はさらにみえみえな嘘を連ねた。

「あと、ティルもなんか調子悪いんです!」
「ほう? そうかね、始業チェックで何か?」
「いやもう、なんというか、そこはかとなく、えもいわれぬ調子の悪さでして……あは、あはは」
「ふむ、本当かね? ティル」

 眼鏡を手で上下させながら、長身の白衣がこちらを見上げた。
 その横で、手の平を合わせてマーズブルーを拝んでくるリーインをみとめて、

「肯定です、博士。三査殿の報告にある通り、言葉にできぬ不調を感じます」

 自分も嘘は得意なほうではないと、ティルは内心舌を出した。同時に、既にリーインの意図するところを察知している。短い期間とはいえ、相棒だから。

「それで、ですね……ティルとちょーっと、火星にでも降りたら、調子も戻るかなー、なんて……」

 ハロルドの顔色をうかがうように、リーインが上目遣いを作って、瞳を僅かに潤ませた。だが、ティルは知っている……自分達の上司が、色仕掛けには全く動じない人間であることを。さらに言えば、人間の異性には全く興味を持っていないことを。
 そして、火星の一言で表情を引き締める、そんなハロルドから知れることがもう一つ。どうやら、ばればれの嘘は、その意図するところも、何が起こってるのかも、知っているようだった。

「ふむ、今日はまた、新しいアーマー・システムの実験をと思ったが、しかたないな」
「すっ、すみませぇん、博士。じゃ、そういうことで――」
「最新鋭の747Jであるティルが、君を乗せて火星に息抜きに出かけて。偶然、古巣のMARZウィスタリア分署に顔を出し、偶然そこが敵に襲われていて、偶然その助太刀に入っても……しかたないな」

 ニヤリ、とハロルドが唇の右端を吊り上げる。
 まるで見えない矢に射られたように、リーインはぎょっと眼を見開き固まった。

「いやぁ……その、私が行かなくても、ってか、止めても行く子がいるもので」
「しかし、何でまた、そんなことをする? J型のデータはもう、取り尽くしたんだがねえ」

 不思議そうなハロルドの、怪訝な表情。それにリーインは身を正すと、真っ直ぐ見詰めて凛と応えた。

「仲間の危機です。恐らく、誰も助けはしないでしょう……私とアイツ以外は、誰も」
「当然だ、利益が出ないのだからな。ああ、もし行くならせめて、この間出来上がった――」
「博士っ、J型を……ジャスティス・アーマーを使わせてください。ティルと私には、これが一番です」

 しばし黙考した後、観念したようにハロルドは大きな溜息を零した。

「やれやれ、流石はタイプ・クロスコードだ。腕のあるパイロットから見れば、一目瞭然か」
「は? いや、確かにJ型のポテンシャルは最高ですが……タイプ・クロスコードとは?」

 首を傾げるリーインに応えるように、パチン! とハロルドが指を鳴らした。瞬間、ティルを囲むケイジの横のコンテナが開封され、小さなユニットが姿を現す。丁度、バーチャロイドの手の平サイズで、人間で言えば乗用車くらいの大きさだろうか? ハロルドが促すので、ティルは自然とそれを手に取った。

「タイプ・クロスコード……MARZ用に、現行のA型、H型、F型を強化したものだ」
「じゃあ、このJ型も」
「でも、ジャスティス・アーマーと言う方が格好よくないかね、リーイン君っ!」
「……は、はあ。その、人にもよると、思いますが」

 つまり、ハロルドの説明するところの、ティルが現在着ているアーマー・システム、ジャスティス・アーマーも、タイプ・クロスコードと以前は呼ばれていたらしい。その正式名称を巡って、件の博士は第一開発室と大喧嘩したという訳だ。本来の開発コードは、AU型……その意は、アドバンスト・アサルト・アーマーである。

「いいかねリーイン君っ! 今後も私はアーマー・システムの改良、開発に全力を注ぐ所存だ。そしてそれは、格好良いネーミングでなければいけないっ! 因みにあれは、G型……ガーディアン・アーマーという名を申請してるんだが。第二開発室と少々揉めててね。前のグラビティ・アーマーと型番が被るというのも問題だ……Gはね、リーイン君! ちょっと魅力的な語呂が多過ぎるのだよ」

 あれ、というのは、今ティルが腰部横のラッチに携帯した、謎のユニットだ。

「ま、まあ、折角配属されてきた、優秀なテストパイロットだ……リーイン君」
「は、はあ」
「無事に帰ってくるように! それと、激戦が予想される。困ったらあのユニットを使いたまえ」
「やだ、意外……じゃない、あ、ありがとうございます、博士。で……あれ、何なんですか?」

 リーインがハロルドと一緒に、ティルが携行した謎のユニットを指差す。マーズブルーに塗られたそのユニットは、747型の共通企画のハードポイントに、ピタリと収まる物だった。

「うむ、あれは変身ベル……ゴホン! ま、まあ、コンバートデータだよ。アーマー・システムの」
「は?」
「MARZから発注された、タイプ・クロスコードの最新鋭データが入っている。もし今のジャスティス・アーマーが破壊された場合、その場でコンバートし、換装したまえ……ガーディアン・アーマーにっ!」

 ティルは、そのネーミングセンス故に、少々の不安を覚えた。しかし、なんのかんので快く送り出してくれるハロルドの人物評価を、改めることにしたのだった。最も、使用時はデータを必ず取るようにと、子供のような笑顔で言われ、再評価を繰り返すハメになったが。

《前へ 戻る TEXT表示 登場人物紹介へ オリジナル用語集へ 次へ》