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 リバースコンバートの光が圧縮され、その輝きが球状に凝縮されてゆく。今、エリオンのテムジンを包む煌きは、幾千幾万もの数字と記号を迸らせ、文字列を装甲の上に走らせる。それが、白無垢のテムジンを蒼く、マーズブルーに染めてゆく。
 その全身は一回り大きくマッシブに膨れ上がり、角張った頑強な鎧が覆ってゆく。右の背には長大なキャノン砲が突き出て、逆の背にはミサイルポッド。既に捨てた隻剣の代わりには、新たに雌雄一対のクラウドスラップMk1/mzが握られていた。

《着装完了っ! リーイン、援護を……MARZ戦闘教義指導要綱08番、『一網打尽』っ!》

 ズシャリと巨躯を僅かに屈ませ、エリオンのテムジンが大地に立つ。マーズブルーのH型に見えるが、その頭部には指揮官機を……否、エース専用機を表すアンテナが屹立している。
 ただ呆然とシヨは、周囲のアファームド達と同様に、その一挙手一投足を見守っていた。
 クラウドスラップを分割して、左右の両手で別々の敵をロックオンする。右肩に伸びるロケットランチャーも、左肩でスライドするミサイルランチャーも同様に。エリオンは視線だけで次々と、常人ならざる速さで数多のアファームドをロックオンしていった。そして、

《規定にそぐわぬ限定戦争は、これを実力を持って排除する……これがっ、MARZの流儀だ!》

 苛烈な砲火が無数に、点ではなく面の圧力で炸裂した。今やエリオンそのものとなった最新鋭の、テムジン747HUAが全火力を全開にする。機体を中心に前面180度が、無数のビームとミサイルで埋め尽くされた。その光に目を庇いながら、遅れて爆ぜる轟風の奔流に、シヨは地面から引き剥がされそうになる。
 圧倒的な制圧火力に、瞬く間にアファームドが一機、また一機と立て続けに擱座していった。

《それが切り札! MARZの鬼札、ジョーカーかっ! いいぞう、最高だ! 役者ぁ揃った!》
《危険、あれは。損耗率が三割を切った、今ので》
《いいのいいの、アファは使い捨てだから。ほら、悪の戦闘員だから。じゃ、帰るよエイス》

 全弾発射の最大火力放出で、エリオンのテムジンがウェポンゲージを使い切る。硝煙を纏い身を正すテムジンを前に、監督とエイスが機体を翻した。
 だが、相棒の隙をカバーするように、尚も残るアファームドを蹴散らしつつ、その後を追う機影があった。

《逃がすもんですかっ! エリオンの再チャージ中は、私がっ》
《ホァン・リーイン! 奴等を逃がすな……狙い撃てっ!》

 リーインのテムジンとリタリーのフェイイェンが、同時に地を蹴っていた。同じく追いすがる黒い翳、シャドウとなったテムジン422号機には、リタリーがリーインを庇うように相克する。オーバーチューンのフェイイェンといえど、シャドウ現象を前にすれば、旧式の707型とでさえ勝負は互角だった。
 隊長の援護を得て、並み居るアファームドを切り裂きリーインが馳せる。

《ティル、ラジカルザッパー! 口径絞って! 誤差修正!》
《ゲージ残量OK。三査殿、トリガーを回します。スライプナーMk5/mz、フェイズシフト開始》

 縦に一刀両断したアファームドの、その残骸を片足で踏みつけながらも、リーインのテムジンは僅かに腰を落として姿勢を安定させた。その両手が、巨大な砲身に拡張されたスライプナーを構える。
 既に邪龍のような異形のバーチャロイドも、それが連れるガラヤカも、リーインの視界で点と消えている。しかし、迷わず彼女は二つのトリガーをスティックに捻じ込んだ。一直線に光の矢が伸び、その先に敵影が消える。だが、爆発の花は咲かなかった。

《最高の演出だったよ、MARZ! クライマックスはすぐさ……マーズシャフトで待ってるよん♪》
《撮影プラン505発令、時計合わせ。カウント、スタート。せいぜい足掻くのね、MARZ》

 消えた敵の首魁を追って、アファームド達も三々九度、街角へと四散して消えてゆく。その全てを追える筈もなく、最新鋭の747型が二機揃って、ゲージの回復に焦れながら見送った。
 シヨもまた、静かになった分署前で、既に荒地となった惨状に立ち尽くす。

「撮影プラン……はっ、マーズシャフトだ。24時間後って言ってた」

 ふとシヨは、モバイルを取り出し時刻を確認する。時刻は丁度、正午を回ったばかり……このMARZウィスタリア分署前に突如勃発した限定戦争は、とんでもない置き土産を火星の人間全員においていった。
 即ち、マーズシャフトの破壊……火星という環境の、過去へのゆりもどし。

《エリオン、ゲージは? 私はまだ……つぎはアレ、ルインを何とかしないと!》
《待って、リーイン。ゲージの回復が、遅い。エース専用機のチューニング? ……解ったぞ》

 二機の最新鋭テムジンは、揃ってマーズブルーを翻す。その先には、未だ荒れ狂う漆黒の翳が、フェイイェンを相手に暴れていた。広域公共周波数にはただ、懺悔して赦しをこうルインの呟き。
 ついに翳は、力任せに鍔迫り合いを制するや、リタリーのフェイイェンを吹き飛ばす。
 既に肉眼ではっきりと見える、黒い翳から立ち上る闇の陽炎。それが今、背景を揺らがせ捻じ曲げ、徐々に広がってゆく。エリオンとリーインが挟み込むように、しかし手心を加えるような気配を滲ませ機体を繰り出した。
 慌てて駆け出すシヨの前に、フェイイェンが身を横たえ降ってくる。

「ルイン君っ、聞こえてる? もういいんだよ、終ったの。とりあえずだけど、終ったの」

 必死でヘッドギアのレシーバーに叫ぶ。しかし、シヨの声はルインに届かない。
 翳は身を軋ませVコンバーターを咆哮させるや、二機のテムジンを交互に見る。まるで品定めをする肉食獣のように。猫背に前傾しながら、既に手にしたスライプナーも捨てたその姿は、まさしく世に言うMARZの狂犬そのものだった。

「エリオン君、リーインも。ルイン君を助けて……ううん、助けなきゃ。わたしだって、でも」
《タチバナ、そこにいるのか?》
「あ、隊長……ルイン君を助けないと。機体から降ろさないと」

 ゆらりと上体を起こしたフェイイェンを、その見慣れたMARZの礼服姿をシヨは見上げる。アイセンサーの輝きはやはり典雅に、あくまで優美にして流麗な落ち着きを灯していた。
 その手がそっと、シヨの足元に伸べられる。

《タチバナ……私に乗れ!》
「え? 隊長に……だって、今乗ってるのは隊長じゃ――」
《説明は後だ。私の性能を真に解放させるには、やはり有人……パイロットが必要だ》

 躊躇するシヨを、立ち上がるフェイイェンが左手で摘み上げる。訳も解らずシヨは、解放された豊満な胸部ハッチの中へと放り込まれた。普段見慣れたテムジンのコクピットとは細部が違うが、共通規格のツインスティックとサブモニターが目の前にある。ヘッドギアのバイザーを下ろせば、フェイイェンのセンサーに視覚が同調して、その視界の中心に翳を捉える。

《コントロールを回すぞ、タチバナ。ユーハブ!》
「え、あ、ええと、ア、アイハブ……あの、隊長は今、どこで……」
《手短に説明する。私は名目上は、MARZ広報課が作った喧伝用の機体だが》
「私は、というのは……え、隊長ってもしかして」
《そう、私はこのフェイイェン、アクセルハートだ。そしてタチバナ、ここからが重要な話だ、一度しか説明しないからよく聞くように》

 リタリーの声音は、驚くほどに落ち着いている。淡々と、しかし優しげな響きでシヨに語り掛けてくる。シヨ自身を内包しながら。シヨは事実に戸惑いながらも、恐る恐る目の前のツインスティックを握った。
 視界では今、エリオンとリーインが翳を左右から押さえ込んでいる。
 だが、一瞬のうちに力任せに、その拘束は引き剥がされた。最新鋭の747型の、しかもマーズチューンを前にしてもシャドウの猛威は衰えない。そればかりか、その敵意は増す一方。

《ハイチューンの機体は総じて、コントロールが過敏過ぎる。そこでだ……私は今からタチバナ、お前のバックアップに回る。サブパイロットと思えばいい。火器管制や照準、ウェポンゲージ等、細々としたことは忘れろ。操縦に専心……いいな?》
「それはつまり……わたしは、動きに集中と言うことですか?」
《そうだ。タンデムでなら、デリケートな機体でも乗りこなすことが可能だ。そして何よりタチバナ、お前にはその腕がもうある。私とて毎日、ただぼんやり部下を見ていた訳ではない》

 リタリーの最後の言葉が、シヨに固くスティックを握らせる。フェイイェンとの一体感が増す一方で、細かな数値のやり取りが脳裏から遠ざかる。M.S.B.S.は今、操縦をシヨから、その他の処理を全てリタリーから拾って、極限チューンのフェイイェンを疾駆させていた。

「っは、凄い加速……お、おし、つぶされ、る……んんんっ」
《性能を限界まで引き出す! 私の部下を失いなど……コーニッシュを救出するぞ、タチバナ!》
「は、はいっ。コントロールに集中……動かすこと、だけにっ」

 蒼いフェイイェンの装甲表面に金色の輝きが灯り始める。それはたちまち全身に広がるや、機体色を黄金に染め上げた。同時にリタリーが、彼女自身であるフェイイェンが、アクセルハートと呼ばれる由縁が引きずり出された。
 際限なく加速し、影へと迫るフェイイェンの中心で、気付けばシヨは歯を食いしばり正面を睨む。
 瞬く間に肉薄するや、シヨは余計なことを一切考えずに、ただルインのことを想って手を伸べた。手を伸べるという思惟を拾って、煌く黄金のフェイイェンは、シャドウと化したテムジンのコクピットブロックへと左手を差し出した。

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