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 マーズシャフト――それは人類華やかりしころの、夢の残滓。
 火星のテラフォーミングを半ば実現しつつも、黄昏の時代に取り残されたこの施設は、それ自体が星を貫く一本の巨大な坑道である。その内部は今、監督を自称する愉快犯の手で迷宮と化していた。

《三査殿、先のブロックに敵性バーチャロイドを確認しました》
《ナイス、ティル。……これで七度目のエンカウントか。どします? エルベリーデさん》

 鋼鉄のコクピットに華奢な身を押し込め、エリオンは同僚が愛機の報告を上司に伝える声を聞いた。
 こと索敵に関しては、人間よりもテムジンそのものであるティルの機能が勝った。

《無論、立ち塞がるならば排撃、これを撃滅しますわ。先程と変わりません》
《だってさ、エリオン。援護するから、バンッバン突っ込んじゃっていいわよ》

 エリオンの視界で、二機のテムジン――リーインの747Jと、エルベリーデの747FU――が左右に並ぶ。同時に進行方向の巨大なシャッターが開くや、三機のバーチャロイドは天井の高い空間に躍り出た。
 瞬間、エリオンの研ぎ澄まされたマシンチャイルドとしての感性が、無機的な殺意を拾う。
 もはや見慣れつつあるトリコロールのアファームドタイプが、雑多な火器を手に散開した。

「エルベリーデさん、リーインッ! 僕が突出してかき回すっ! 撃ち漏らしをお願いします!」

 握るツインスティックに力が篭り、気炎をあげるエリオンの気持ちをM.S.B.S.が機体へ漲らせる。エースナンバーをふられたテムジン747HUAが、マインドブースターから光の尾を引き流星と化した。
 そのマッシブな外観とは裏腹の運動性と機動力で、押し寄せる火線の波間を縫うように馳せる。

《エリオン三査、連携を提案します。狙撃ポジション確認、トリガーを三査殿に》
《オッケ、ティル。さぁて、今度はどんなステージ? ある意味ゲームみたいなもんよね》
《各機、段差に気をつけてください。ふふ、これではまるでアスレチックですね》

 仲間達の通信を聞きつつ、その響きを置き去りにするようにエリオンは機体を駆る。今、決然とした断固たる意志が、エリオン自身を駆り立てる。それは彼が恐らく、生まれて初めて感じる怒り。
 猛るエリオンを迎えるは、意図的に高低差を作られた旧暦の資材置き場。まるでそれ自体が、何かのアトラクションのように演出されている。配置された障害物から覗くアファームドは、さながらゲームのエネミーというところか。
 だが、この戦いはゲームではない。ゲームにはさせないと断じるエリオン。

「遊びでやってるんじゃないんだっ! それを解れ、エイスッ!」

 自然と裂帛の気合が言の葉に乗り、エリオンに人形遣いの少女を叫ばせる。
 エリオンが操るテムジン747HUAは、搭乗者の気迫が乗り移ったかのようにアファームドを蹴散らした。突進してのクラウドスラップから、苛烈な光弾が一斉射。その弾着に擱座するアファームドを乗り越え、エリオンは敵陣のど真ん中へと単身降り立つ。
 一度仲間に預けた背中は、エリオンを振り返らせはしない。
 たちまち集中砲火を受ける中、小刻みな回避運動に揺さぶられつつ、ウェポンゲージの回復を待つ。

「全ゲージ、マキシマム! ――吹き飛べっ!」

 足場は悪い。接地する脚部が自分の足のように、エリオンには知覚できる。
 それでもエリオンは右旋回と同時に、両方のトリガーを引き絞った。彼の乗機はクラウドスラップを左右に分割するや、その場で竜巻のように回り始めた。無数の荒れ狂う刃の嵐となって、テムジンが群がるアファームドを切り刻んでゆく。身を固くガードする敵影も、有象無象の区別なく飲み込んでゆく。
 エリオンは静かに、確かに怒りを漲らせていた。

「これがMARZの流儀だっ!」
《ちょっとちょっと、エリオン! 突っ込み過ぎだってば。ま、フォローはするけど》
《いいえ、リーインさん。数で劣るわたくし達です……多少強引にでも、主導権を握らなければ》

 エリオンが全力全開の攻撃を終えた時点で、残るアファームドが仲間達に駆逐され消えてゆく。
 それは今まで、このマーズシャフトで遭遇した散発的な戦闘と同じ。
 だが、数えて第七ラウンドにあたる今回は、決定的に違った。

「橋頭堡、確保。……増援? 敵の数が、減らない!」

 まるでそう、ここがファイナルステージ前の難関だとばかりに。アファームドの影は次から次へと、あちこちの作業坑から湧いて出た。その奥、開けたこの空間の最奥に……一際目を引くゲートが、さらなる星の深みへとエリオン達を誘っている。
 行く手を阻む敵影は無数に増え続け、その規則的な機動が駆動音を響かせる。

《リーインさん。エリオンさんと奥へ。突破を……わたくしが援護、ここを死守しますわ》

 マルチアンカーの一撃でアファームドを斬り伏せつつ、エルベリーデの747FUがエリオンの傍らに舞い降りる。後を追って一塊になったリーインは、愛機たるティルより先に異議を唱えた。

《エルベリーデさん! 指揮を執る人間がいなくなります。突破口なら私が――》
《上に立つ人間は時に、率先して前に出るものです。それに》

 あいも変わらずこの状況でと、改めてエリオンはエルベリーデの優雅なる胆力に感心する。淡々とアファームドを処理しつつ、彼女の声音は平静に落ち着いていた。舞うように立ち回る白鷺の騎士を乗せ、テムジン747FUが僅かに抜きん出た。

《あなた達はフォワードとバックス、以前からの仲です。わたくしはシングルですから》
「でも、それでも、エルベリーデさんっ!」
《征ってください、エリオンさん。わたくしはここで、後顧の憂いを断ち切るつもりです》
「……了解。進もう、リーイン。この狂った茶番を、僕等で終らせる」

 エルベリーデが切り開いた道を、エリオンは迷わず進んで奥のゲートを開く。僅かに躊躇いを見せつつも、僚機は阿吽の呼吸で後に続いた。
 エルベリーデの747FUだけが、追っ手を散らしつつエリオン達に背を向ける。
 この場に留まり、遅滞戦闘を継続してエリオン達を先に進ませる……そういう覚悟が読めた。

「エルベリーデさんっ! 征きます、征って監督をやっつけます。……エイスを、助けますっ!」
《それでいいのです、エリオンさん。さあ、リーインさんも。この星の中心へ》

 思えば随分深く潜った。火星のコアに今、エリオン達は脚を踏み入れようとしているのだ。
 その一歩手前で、エルベリーデの機体は脚を止め、手振りでエリオン達を促す。

《三査殿、エルベリーデ一査の提案が現状では一番効率的です》
《解ってる、解ってるのよティル……でも》
「征こう、リーイン。エルベリーデさんの為にも」

 終幕へと、決着へと続く道へと踏み出し、エリオンは機体を振り向かせた。
 数え切れぬ敵意の中にただ、小さくマーズブルーが躍る姿が見えた。
 それも今、数の暴力に飲み込まれてゆく。

《エリオンさん、リーインさんも。心配は無用です……任務遂行されたし! おさらばですわ!》

 直後、爆光。破壊されるアファームドが爆ぜる連鎖に、エルベリーデの声が消えた。
 爆風に煽られつつも、エリオンは機体を翻すやターボスロットルを叩き込む。疾駆する二機のテムジンが、吹き荒れる爆煙に煽られながらも、星の中心部へと降りるエレベーターへと消えていった。

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