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 光が羽撃く白い翼を、縁取る色はマーズブルー。
 シヨは今、視覚のみならず全感覚がテムジンに一体化するのを感じていた。かつて411号機だった機体の隅々にまで、シヨ自身の思惟が浸透する。それを後押しする相棒が、狭いコクピットの背から小さく叫んだ。

「シヨ、前方。ありゃエリオンだ! ってことは射線上に」
「うんっ」

 ルインの声に視線でロックオン。醜悪な黄金蛇を捉えるや、飛翔するテムジンがスライプナーを構える。その一回り大きな銃身から、ニュートラルランチャーの礫が放たれた。
 同時に、援護射撃を貰った満身創痍のエリオンが落下してゆく。

《先ずそうだな、最初の編集は……!? な、何だ? オ、オイラ今撃たれた? どこさ?》

 シヨとルインは揃って、初めて監督が慌てて挙動を乱すのを聞いた。
 すでに継戦不可能なエリオンを庇うように、シヨが監督の前に躍り出る。その一挙手一投足がテムジンに伝わる。補佐するルインの助力を得て。
 燃えるように赤い日の光を浴びて、最後のテムジンが諸悪の根源に相対した。

「監督さんっ、これまでです。大人しく武装解除して、こちらの指示に従ってください」

 シヨの語気を強めた警告に、乾いた笑いが反射してきた。

《これまで? どれまでさ。だいたい何だい? そのテムジンは……あ、でも一応お約束か》

 シヨが今、ルインと共に駆る機体は、元はテムジン411号機としてエリオン用に……マシンチャイルド用に極限までマッドスペックを追及されたものだ。複座に改造された為、胸部が新装甲で大きく前へと張り出している。手にはリーインが以前使っていたスライプナーMk5を持ち、もう片方の左腕にはホワイトフリートより供給されたレディオ・スプライト。そして膝下の足回りは全て、シヨのテムジン421号機から移植してある。
 つぎはぎだらけの707系テムジンはしかし、綺麗にマーズブルーで再塗装されていた。

《乗り換えロボがやられると、最後の最後で初代ロボが出てくる……うーん、様式美だねえ》

 ゆるゆると宙をただよう毒蛇の名は、バル・ズィ・ナーガ。監督自らが乗り込む、最後の敵。今、その長い胴体を形成するコンテナビットが開け放たれ、無数の浮遊機雷やERLがぶちまけられた。瞬く間にシヨとルインは、敵意の銃口に囲まれる。
 だが、普段にもまして狭苦しいコクピットに内包された二人は落ち着いていた。

「エリオン、大丈夫か?」
《その声……ルインさん?》
「良かった、エリオン君は無事なんだ」
《え? シヨさんも乗ってる? それ、僕の411号機だよね……あんな過敏な機体をどうやって》

 静かに敵を見据えて、タンデムのテムジンがスライプナーを構え直す。そのシヨに同調したメインカメラが、肩越しに擱座したエリオンのテムジンを振り返った。

「わたしとルイン君で分担してるの」
「M.S.B.S.が拾ってるのはシヨだけだ。俺ぁまあ、その補正をする訳だ。このじゃじゃ馬のな」

 呑気にエリオンと言葉を交わす二人を、四方八方から光が襲った。
 だが、会話を途切れさせることなく、そのオールレンジ攻撃を避けるテムジン。

《うひょ? 避けたっ!? やるじゃないの、オタク……面白くなってきたあ!》

 エリオンを巻き込まぬようにシヨが念じれば、ツインスティックを握る手に力が篭る。あんなにも過激で過敏だったテムジンが、今は手に馴染む。ルインがすぐ背後で、マニュアルによる補正をしてくれるお陰だ。操縦以外の全てを相棒が担ってくれるので、シヨはただテムジンを動かすことに集中できる。

「面白くなんかありませんっ。ルイン君、行くね」
「おう。シヨ、思いっきりブン回せっ!」

 瞬間、最後の戦いの場に最強の第二世代型バーチャロイドが生まれた。まさしく二人の駆る707S/Xこそが、MARZの魔改造を極めた世界最高の第二世代型。その狂気にも似た驚異的スペックは、第三世代型に匹敵する力を解放させる。
 まるで舞うように鮮やかに、周囲を取り巻き鋭角的に動くERLを撃ち落としてゆくテムジン。
 群がる浮遊機雷をも的確に射抜き、その奥から繰り出されるビームを左腕のレディオ・スプライトが無効化する。さらには、熟成された粘りのある足回りが回避性能を限界まで引き出す。
 敵が恐るべき巨大なバーチャロイドならば、シヨ達のテムジンもまたMARZの全てを凝縮した最後の一矢だった。

《素晴らしい……素晴らしいぞMARZっ! こんな隠し玉があるなんて!》
「Vコンバーター、出力全開。全ゲージ回復率、平常値で安定」
「ルイン君、もっとM.S.B.S.の感度を上げて。大丈夫、わたし乗れてる……乗りこなせてるっ」

 歓喜を叫んで狂い嗤う敵へと、群がる障害を蹴散らしテムジンが馳せる。その甲高いVコンバーターの駆動音が鳴り響き、マインドブースターから光が翼と迸る。
 徐々に、しかし確実に災厄の元凶を捉えつつあるシヨは、鮮明に澄んでゆく意識の中に悪意を聞いた。

《その声は、あのお嬢ちゃんだね? いいぞう、ラストヒーロー、いやヒロインこそ君だ!》
「そんなの関係ないですっ。――ルイン君、LWを」
「パワーボムに切り替える。ゲージは……OKだ。レディオ・スプライト、強制パージ」

 左腕の盾が発火と共に外れるや、それを置き去りにテムジンが疾駆する。その機動を削ぐように群がるERLの群へと、大きく振りかぶってパワーボムが投擲された。
 巨大な光がドーム状に膨らみ、羽虫のように宙に敷設された敵意を駆逐してゆく。

《あはは、素晴らしい! やっぱ最後は初代ロボが活躍ってのもアリだよなあ、うんうん》

 先程から監督のバル・ズィ・ナーガはいささかも動いてはいない。その空中に鎮座した姿へと近付くも、次から次へと襲い来る遠隔誘導兵器を前に、シヨは懸命に神経を尖らせた。いよいよ激しくなる攻防のなか、不思議と感覚は透き通ってゆく。
 薄氷を踏むような危うい機動を、なんなくこなしてテムジンが爆光に舞う。

《しかし頑張るねえ。ね、何で? 別にいいじゃない、もう。マーズシャフト破壊は阻止できたし》
「シヨ、相手にするな。……ちぃ、左グリンプ・スタビライザーに被弾。流石に数が多いな」
《そうだなあ、何かこう口上が欲しいな。決め台詞というか》
「集中しろ、シヨ。相手に構うな。ダメージコントロール、耐久率二割減」

 その時、シヨは確かに呟いた。
 意外な一言に、背後で小さくルインが笑うのを感じる。
 明確な意思をのせた言の葉が、行き交う広域公共周波数に凛として響いた。

《……は? 今なんと? おいおい、お嬢ちゃん……なん、だって……馬鹿を言うんじゃない》

 不意に監督の猛攻が止まった。同時に白煙をあげるシヨ達のテムジンもまた、一時足を止める。
 シヨは再度、はっきりと明言した。身を声にして、気付けば叫んでいた。

「頑張りますっ。だって、だって……これがわたしの、わたし達のお仕事だからっ!」

 空気が静寂に張り詰めた。永遠にも感じる一瞬の沈黙。
 それを引き裂き、監督の怒声が響いた。

《カァット! カットカット、カットだ! ダメだっ、オタクは何を言ってるんだ!》

 乗り手の動揺を映すように、金色の蛇が身をくねらせる。

《仕事だと? ばかばかしいっ! もっと決め台詞はねえ、正義とか愛とか――》
「ルイン君、あれを使って一気に決めるね。この子は大丈夫、きっと」
「……任せるわ。安心しろ、フルサポートしてやる」
《こらあ、無視するんじゃない! こんな……お嬢ちゃん、仕事だと? 仕事だから頑張るだと!?》

 相手が顔を真っ赤に唾を飛ばしているのが、シヨには手に取るように解った。
 しかし歯牙にもかけず相手にせず、愛機に最後の力を発動させるべく相棒を振り返る。

《この電脳暦でそんなものに価値があるものか! 労働だぞ? ナンセンスだ!》
「……そんなことないです。これがわたしの大事なお仕事……MARZのお仕事ですっ!」
「シヨ、相手にするなって。よし、リスタートOK。もう後戻りはできねぇぞ」
《前時代的だ! 労働に価値を見出すなんて! それで頑張る? ありえないっ!》

 ルインのカウントダウンを聞きながら、シヨは静かに息を吸うと言葉を紡いだ。

「好きなことを仕事にしたから、わたしは最後まで頑張れるんです。好きなことで遊んでる人には、それは伝わらないかもしれない。けど……わたしは、MARZはお仕事してるんですっ!」
《な……ダメだ! 正義の味方がお仕事だなんて、しまらないっ! 王道じゃない、お約束じゃない!》

 気でも違ったように喚く声を遠ざけ、シヨは再びテムジンと一体化した。
 ルインの声がカウントゼロを呟くや、グリンプ・スタビライザーが爆ぜて吹き飛び……二心合一、人機一体のテムジンは背のマインドブースターから巨大な光の翼を屹立させた。

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