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 束の間の非日常は払拭され、シヨにいつもの日々が戻ってきた。
 だが、その時間を共有する仲間は減ってしまったが。隣から去った者達が皆、いなくなった訳ではないと心に結ぶ。道を違えども、進む先は同じ……そう思えるから今、かろやかにシヨの毎日は訪れる。

「シヨー、いるかー? 新型、納入されたぞ。747J、しかも角付きの新品だ」

 オフィスで書類整理に追われていたシヨは、相棒の声にモバイルから顔を上げた。
 彼女の相棒は相変わらず眠そうな半目で、扉を開け放つや声をかけてきた。ぼそぼそと聞き取り難いのに、その声音は不思議とシヨの耳に心地よい。自然と向ける表情が笑顔になる。

「あ、ルイン君。ほんと? うわー、ついにウィスタリア分署にも747型導入だねっ」
「おう。できたてホヤホヤの新品だ。まだ起動すらしてねぇ。リーインが手ぇ回してくれたからよ」
「そっか。でもよかった、これで一応定数揃うね。テンパチは先週持ってかれちゃったし」
「別の分署で使うらしいな……この一週間、俺等の一機だけで正直ヒヤヒヤしたぜ」

 癖っ毛をいらうルインの溜息に、シヨはついクスクスと笑みを零した。
 二人は今、一機のバーチャロイドを共有する仲。未曾有の大事件を解決して以来、シヨとルインはアンバランスでじゃじゃ馬なテムジンに乗り続けていた。それはまだ、全てが決着してから数週間しか経っていないのに、もう何年も一緒のような気にすらなる一体感。

「今、隊長が納入の手続きに立ち会ってる。……あいつと一緒に」
「うんっ。じゃあ、わたし達もいこ? わたし、嬉しいな。今日からゆっくりじっくり、心ゆくまで747型のテムジンに触れるんだ。前からずっと、おもいっきり触ってみたかったんだ〜」
「まあ、そうだよな……そう言う気がしてたんだけどよ」

 柔らかな苦笑を零して呆れ半分の相方にシヨは立ち上がる。処理すべき書類は山積みだったが、今はハンガーに運び込まれた新型のテムジンに気持ちが引っ張られた。
 フレッシュ・リフォー陣営の大反攻……747型テムジン、市場に本格介入。そのニュースは、連日アーマーシステム開発室で徹夜続きの元同僚から、シヨは聞き及んでいた。高価な値段に見合う高性能、それに加えてMARZの魔改造。シヨはここ最近は、このウィスタリア分署に747型が配備される日を心待ちにしていた。
 火星戦線は今、新たな局面を迎えようとしていた。

「わたし、747型のマニュアルとかスペックとか、ダウンロードしてたんだ。でも、やっぱり実物」
「だよなあ……その、なんつーか、本当に好きなのな、バーチャロイド」
「だって、フレッシュ・リフォーの……リファレンス・ポイントの最新鋭だよ? しかも、MARZチューンの。わたしだったら絶対見逃さないな。だって、第三世代型のテムジンだもん」

 シヨは自分でも、普通に話す声が弾んでいるのを感じる。
 こうして日々を働く、その瞬間の一つ一つに感じる充足感。今、シヨを満たす多幸感は彼女にとって、胸を張って誇れる仕事にあるものと感じていた。
 それを共有する相棒に、別種の感情があるとも知らずに。

「よしっ。書類、後回しっ。ね、ルイン君。ハンガーにいこう。そっか、747J/Vかあ」
「……なあ、シヨ」
「ん? どしたの、ルイン君」
「俺から隊長に進言してみっか? その、まあ、配置の話……747型、乗りたいんだろ?」

 ルインの言動はこの時、普段にも増して要領を得なかった。彼は彼なりに何かを感じているらしいが、それを表現する術が致命的に稚拙だった。それでも、精一杯の好意を持ち寄り想いを寄せる。寄せてくるその好意がしかし、シヨには通じない。
 シヨには互いに信じあう仲に対して、彩を着色する器量が決定的に欠けていた。

「え? うん、乗りたいけど……何で?」
「何で、って……その、あれだ、ええと……すんません、あー、うん。通じないとは思ったがよ」
「わたし、ずっとあの子に乗るよ? ルイン君と一緒に。あの子、好きだもん」

 シヨは繰り返し、まっすぐルインを見詰めて「好きだもの」と繰り返す。
 真正面から無垢で無邪気な眼差しを受けて、ルインはのけぞり目を反らした。火照ったように赤い顔を手で覆いながら、ぶつぶつ何かを呟き顔を背ける。
 そんなルインに疑問符を浮かべつつ、シヨは彼の手を取った。

「あの子はね、エリオン君やリーインの想いを乗せて、わたしとルイン君が駆る機体なの」
「あ、ああ」
「だからわたし、ずっとあのテムジンに……411号機に乗り続けるよ。勿論、ルイン君と一緒に」
「そ、それってよ……あれだ、うん。その、シヨ、ええと……」

 言葉を澱ませ口ごもりながらも、ルインが身を正した。
 その瞬間、シヨが手にするモバイルがメロディーを奏でる。

「シヨ、あのな! お、俺っ……お前のことが」
「あ、着信だ。……この着信音は。あっ、チーフだ〜」

 軽やかに流れるは、In The Blue Sky。
 アップテンポで心を躍らせるマーチに、シヨはすかさずモバイルを取り出す。一世一代の大告白を遮られて、ルインはただただぎこちなく呻いた。そんな彼に気も留めず、シヨは受信した久々の返信メールに目を通す。
 瞳を輝かせるシヨとは対照的に、一人ルインは自分の甲斐性のなさに歯噛みした。

「おお〜、別の世界に定位リバースコンバート? チーフ、大変だったんだあ」
「……あ、あの、シヨさん? つーかシヨ、お前よう。俺……ま、いっか」
「ん? あ、ごめんルイン君。あのね、恩師なの。ずっとメール出してたけど、やっと返信来て」
「いや、いいぜ。これからも乗るんだろ? 俺とあのテムジンに」

 いまさらな一言に、シヨは大きくブンブンと頷いた。
 それでルインは、どこか納得したように溜息を零す。

「わたし、ルイン君とずっと乗るよ、あの子に。だって、わたし達じゃないと動かせないもの」
「まあ、シフトを今更変えるのも億劫だしな。……じゃあ、ずっと組もうぜ」
「うんっ! あ、そうだ。新型のお披露目のついでに、あの子も調整したかっ――」

 瞬間、MARZウィスタリア分署の館内を切り裂く警報のサイレン。
 レッドアラートを告げるは、この街に非合法の限定戦争が発生した証。そしてシヨ達は、その鎮圧を目的に集められたライトスタッフ。自然と響く音に、二人の思惟が一つに紡がれる。
 シヨに自覚は無いが、確実に今ルインは相棒以上の存在だった。

《408管区にて国戦公の許可なき限定戦争発生! MARZはこれを鎮圧対象と断定、直ちに――》

 元よりパイロットスーツ姿のシヨは、急いでルインを伴い廊下へと躍り出る。
 この街が、ウィスタリアRJがレギュレーションに反した限定戦争に揺れる時、それはMARZが使命を果たす時。シヨが、ルインがその身を戦いへと駆り立てる瞬間。

「シヨ、ルインも。遅い……わたしも出る。機体はさっき届いたもの」
「エイスちゃん! で、でもっ、パッケージングもまだ解いてない機体だよ?」
「いい……動かしながら調整するから。できる、わたしなら……それより、シヨ」
「うん? あ、うんっ。急ごうっ、この街を守れるのは、今はわたし達だけだからっ!」

 オフィスを出てすぐ、小柄な矮躯が無表情でハンガーへと走る背を追うシヨ。勿論、隣には常にそうであるようにルインの姿。彼女等を待つ機体は今、この東部戦線最大の補給施設にして観光名所を守るべくアイドリングを始めていた。

《パイロット各員、機体へ搭乗急げ! ゲート開け! 進路クリア……》

 緊急出動を告げるアナウンスが、いやがおうにもシヨの背中を押す。
 新たな仲間と、勝手知ったる仲間と共にシヨは愛機の待つハンガーへと馳せた。その胸に燃えるは、MARZの一員たる絆の証。今、かつて同僚だった者が有史以来の人類の敵と戦う瞬間。かつて同僚だった者が、その決戦を支える為にテムジンの新たな鎧を開発する瞬間。シヨもまた、自分に課せられた使命を、今の仲間達と果たすべく走った。

《敵性バーチャロイドはVOX系列の改造機と判明。……Get Ready?》
「Get Readyっ! 行こう、ルイン君っ! エイスちゃんっ!」

 シヨはぽてぽてと拙く走る。しかし、その歩みの先には今、彼女だけの……彼女達だけのテムジンがVコンバーターを脈動させて立ち上がっていた。慌しいハンガーの雰囲気が肌を泡立てる。
 MARZのお仕事は今日もまた、絶え間なく続いてシヨ達を戦いへと駆り立てるのだった。

【了】

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