《さぁ、土曜のこの時間がやって参りました! 事件のなかった今週、非常にありがたいです!》 《気楽に言ってくれるぜ……シヨ、警告は与えた。海賊退治、今週こそとっ掴まえようぜ》  夕映えを背に、二機のテムジンが倉庫街を疾駆する。  日時を指定しても、場所までは教えてくれないのが海賊達の面倒なところで。前の週には食料や酒等の輜重品を奪ったかと思えば、次の週にはベビー用品を根こそぎ持っていく。木星でどんな戦いが行われているのか、シヨには皆目見当もつかなかった。  解っているのは唯一つ。略奪は、これを全力を持って阻止する事。  そして定数を欠いたMARZウィスタリア分署は、その阻止に失敗し続けている事。 《エルベリーデさんは隊長と別件だ。ま、テンパチより707系の第二小隊の方が、戦力的に……》 「今日は、今日こそは。ルイン君、先行するね」  相棒の狭い視界に見えるよう、肩越しに振り返ってテムジン421号機が小さく手を振る。そうしてシヨの些細な意識の律動を拾って、地を蹴る機体は僚機を置き去りに抜きん出た。  忽ち足元をWVCのワンボックスが通り過ぎ、鎮圧対象が近付いて来る。大きな髑髏マークが迫る。ツインスティックを握り直すシヨの脳裏を、エルベリーデの言葉が過ぎった。 『シヨさんはバーチャロイドにお詳しいのですが、それが良くないという事もありますね』  天へと舞い上がるコンテナ郡を守るように、四機一小隊のマイザー・イータが展開している。その中央へとシヨは愛機を飛び込ませた。パワーボムを投擲すれば、簒奪者達は一斉に散開……変形して宙へと逃げるや、次々と交戦サインを重ねてくる。  ――エンゲージ。 『例えば、シヨさんはマイザー・イータの詳細なスペックは知り尽くしています。そうですね?』  後方からルインの援護射撃が火線を走らせ、一機のマイザーを地面へと引き摺り下ろす。変形を解くやズシャリと降り立ち、左手を地に突き着地……その一点へと、シヨの意識が、次いでテムジン421号機が吸い込まれた。 『MBVであるイータは、爆装時はかなりのウェイトがあります……それを感じたことはありますか?』 「今っ、感じて、ます。ホントだ、重い……遅い。先手が、取れる」  スライプナーに粒子の刃が灯る。それを振るえば、光波が目標へと吸い込まれた。避けるマイザーの機動が見える。「マイザーは機動性に優れる」という先入観が消え、「マイザー・イータは実戦装備では重い」という認識が、シヨに相手の動きを見せつけていた。  急停止と同時にふわりと地を蹴り、愛機に任せて敵機を補足……そのまま着地と同時にシヨは、全力でターボスロットルをツインスティックに押し込んだ。マインドブースターから光りが迸る。 『見たり聞いた数値だけではいけません。実際に接して感じる……先ずはそこからはじめましょう』  消え行く脳裏の声に代って、激しい衝撃音がシヨの耳朶を打った。  慌てて振り向いたマイザー・イータの、狙いもつけずに構えられたレブナントが宙を舞っている。 《メーデー! メーデー! こちらロジャー06、先週とは話が違うっ!》 《こちらロジャー05、おめでとう。当方の初被害だ、後で一杯おごってやる……各機、助けてやれ》 《これはどうしたことでしょうっ! 珍しくMARZが善戦しておりますっ! カメラ、寄っ――》 《シヨ、そいつはいい! 後に一機いるぞ! ああ面倒ぇ、こっちに壁作ってやがる》  混線する通話が交錯する中、シヨは冷静だった。  右手を押さえながら後退するマイザーは、心持ちシヨには痛々しく見える。しかし、相手の心配ばかりもしていられない。素早く超信地旋回でアスファルトを抉り、テムジン421号機は身構えた。  一機のマイザー・イータが突進してくる。右肩の髑髏マークに並んで、二本の黒いラインが走る……頭部をカスタマイズされた小隊長機だ。距離は短い。詰まっている。選択肢は一つ。  シヨは迷わず、身を硬くしてスティックを内側に倒した。 『一番いいのは、実際に乗ってみること。シヨさん、来週からはテムジン以外で特訓しましょう』  優雅な笑みが、一瞬だけ蘇る。にこやかなパーフェクトスマイルは、キラキラと眩しい。  しかし実際にシヨを、テムジン421号機を襲ったのは爆風だった。ダブルロックオンぎりぎりの距離で敵機は、マイクロ・ミサイルを全弾ぶちまけた。それが今、烈火となってシヨの愛機を揺さ振る。視界が真っ白に染まり、シヨは網膜保護の為のブラックアウト状態で首を振った。 《ロジャー08はアンテナ付きを抑えてろ。ロジャー07、こっちを手伝え。カメラはどうか?》 《こちらロジャー06! 隊長っ、せめてカメラの処理くらい自分にやらせて欲しいッス!》 《ロジャー06、そうカッカすんなよ……舐められると面倒だ、ここで一機潰す。そうだな……》  ルインが何か指示を出しているが、重なる海賊達の声にかすんで聞こえない。カメラはまだ回復しない……点滅する"Now Recovering"の表示を待たず、シヨはヘッドギアのバイザーを押し上げる。正面モニターは破損状況を示す警告で真っ赤に染まっていた。 《ロジャー06、WVCの名物レポーターさんをこちらに御案内しろ。キャプテンの許可は得ている》 《了解、隊長……さあ、特等席でばっちりレポートしてくれよな! 解体ショーの始まりだ!》 《ああっと! 今、海賊のマイザーがこっちに――ちょっと、車出して! いいから出し……》 《シヨ! 機体を捨てて逃げろっ! くそっ、こうなりゃ手前ぇ等……い、いや、駄目だ》  一瞬、インジェクションレバーへと手が伸びる。しかしシヨはその手を引っ込めるや、急いで光学キーボードを叩き出した。損傷度をチェックすると同時に、機体の制御をどうにか試みる。テムジン421号機が再起動に半身を起こした瞬間、ゴツンと軽い衝撃にシヨはハッチを見上げた。  敵機のレブナントが今、コクピットに突き付けられていた。  ――死ぬ? 自問しても実感が沸かず、自答する気にもなれないシヨ。 《MARZも最近、ちょいと鬱陶しいんでね……ここいらで少し、大人しくなって貰おうか》 《隊長、自分がやります。休暇前に景気のいい花火、打ち上げさせてくださいよ。それじゃ撃――》  海賊の凱歌が悲鳴に変わった。思わずハッチを開いて外へと飛び出たシヨは見る。  目の前にレブナントを向けて、振り返る小隊長機のマイザー。その視線の先で……光の奔流に頭部を撃ち貫かれて、よろりと一機のマイザーが膝を突く。視界の隅では、ルインのテムジン422号機が別のマイザーと揉み合っていた。  では、誰が……何処から? 《ロジャー07っ! くそっ、どこからだ!? 隊長、狙撃されてる!》 《各機、現状維持! ロジャー07、まだ動けるな? 離脱し――》  その時、光が翼と広がって……一機のテムジンが舞い降りた。  マーズブルーに縁取られた、小さな翼を持つテムジン。411のナンバーが振られたその機体は、頭部を失い彷徨うマイザーを、軽やかに踏み台にして……シヨのすぐ目の前へと跳躍してきた。  慌てて距離を取る隊長機の銃口から、死からシヨは解放される。 《此方はMARZウィスタリア分署第一小隊です! 今すぐ抵抗をやめて機体を停止させて下さい!》  リーインの声。しかし姿は見えず、言葉に応じぬマイザーがまた一機、テムジン422号機の前で頭部を撃ち抜かれる。気付けばどのマイザーも致命傷ではないが、明らかにうろたえた様子で隊長機へと擦り寄っていた。  その前に今、ウィスタリア分署のエースが立ちはだかる。 《クソッ、各機! コンテナを守って母艦へ帰投! 復唱ぉ! 命令拒否は認めんっ!》 《隊長っ……ロジャー08、隊規により指揮を引き継ぎます。全機、撤退っ!》 《こちら、ロジャー06……隊長、一杯おごってくれるんスよね? 俺っ、待ってますから!》 《店の予約は自分が。隊長、母艦のスイングバイまで一時間切ってるんで……信じてますから》  一際甲高いVコンバーターの作動音を響かせ、隊長機が突出する。気付けばシヨは小さく叫んでいた。 「エリオン君っ、あぶないっ。それはフェイントなの……本命は」  迎え撃つテムジン411号機のメインカメラに閃光が走る。瞬間、マインドブースターから迸る光が翼を象った。正しく光の羽根を舞い散らしながら、エリオンは特攻してくるマイザーへと吼えた。 《MARZ戦闘教義指導要綱03番、『鎧袖一触』! おおおっ、この街からっ、出てけぇ!》  ダブルロックオンギリギリの距離で、またもマイザーがマイクロ・ミサイルを放つ。しかし難なく、エリオンのテムジン411号機はブリッツ・セイバーでそれを全て切り払った。同時に返す刀で、体を浴びせてくるマイザーの胴を薙ぐ。そのまま身を捩って回転斬りで払い抜ける。  ズルリと鋭利な切断面を、マイザーの上半身が滑り落ちて沈黙した。 《これが、MARZの流儀だっ! ……リーイン、421号機は……シヨさんはっ》 《無事よ。まあ、機体は小破ってとこかしら。おやっさんにどやされるわね、ある意味》  ブン! とスライプナーを振って地に突き立てるや、カメラへ敬礼するテムジン411号機を見て、シヨは愛機の上にへなへなとへたり込んだ。全てが終わって初めて、死にかけて助かり生き延びたと知る。実感する。彼女は今になって込み上げる恐怖に、己の肩を抱きながら……遂に調整を終えた新たなエリオンの愛機をじっと見詰めた。  この日も結局、略奪自体を止めることは適わず……MARZウィスタリア分署はウィスタリア運営委員会を通じて、地球圏最大の玩具メーカーから強烈な抗議を受けることになった。  しかし当然、新たなエリオンの愛機は、その日のトップニュースを飾った。