昇る朝日が照らすのは、路地裏を埋め尽くすテムジンの残骸。  フレッシュ・リフォー直営の部隊を示す、鮮やかなリフォーブルーの機体、その数十二機。  シヨは、各々の機体を見上げる兵士達の、忌々しそうにヘルメットを脱ぐ姿に安堵した。辻斬りが横行するようになって一週間、まだ死者は一人も出ていない。それだけが唯一の救いだった。 「隊長、全員無事です。今、支社の方に連絡を回しました。回収、遅れるそうです」 「そう、か。そういうこった、MARZの嬢ちゃん」 「は、はいっ。ええと……もし良ければ、戦闘データの提供をお願いできないでしょうか」 「戦闘データ? おい」 「はっ! ただいま支社の方に問い合わせます」  フレッシュ・リフォーはこの街、ウィスタリアの大手スポンサーでもある。その運営委員会にも太いパイプを持ち、多額の投資をしているのだ。自然と、治安維持の為に招致されたMARZとは、協力的な関係が構築されていた。それはシヨ達の愛機が、テムジンで統一されていることからも明らかだった。  最もMARZも台所事情は厳しく、アダックスから購入した10/80も火星各所にオンステージしていたが。 「多分OKが出ると思うがな。嬢ちゃん、悪いが……あれは戦闘と言えるもんじゃなかった」 「あのっ、せめて機体の全体像が映ってたりとかは」 「影ぐらいは映ってるか? 何せ全機、一撃でやられちまってな」 「一撃、で……」  改めてシヨも、居並ぶテムジン達を見やる。そのどれもが、一刀の元に半身を切り裂かれていた。しかも、綺麗にコクピットを避けて。  ふと、シヨは違和感を感じて、あたりを見回す。 「えっと、まあ、こんな路地裏なら急ぐこともないと思うんで。現場検証は終わりますけど」 「いや、悪ぃがこちとら天下の直営部隊だ。看板ってもんがあんのよ、兄ちゃん」 「は、はぁ」 「WVCのうるさいのが飛んでくる前に、この醜態を片付けてぇ。じゃねぇと」 「今日の株価に影響が出る、か。国戦公も知れば、限定戦争の管理上うるさいでしょう」 「そゆこった。……ん? 兄ちゃん、どっかで見た顔だな? ウチで乗ってたか?」  壮年の小隊長が、怪訝な表情でルインを覗き込む。眠たげな目をぼんやりと向けて、ルインは「すんません」と俯いた。  その姿を尻目に、シヨはまたも地面に這い蹲る。すぐ目の前に、薄っすらと刻まれた足跡があった。今はもう敵の名が解る……辻斬りの名は、景清。サッチェル・マウスが開発した近接戦闘用の最新鋭バーチャロイド。  最も、この件に関してサッチェル・マウスのウィスタリア支社は沈黙を守り通していた。マイザーΩ事件で、あれだけMARZが尽力したにも関わらず。その事に不満を漏らしたシヨは、ルインとエルベリーデ、さらにはリーインにまで言いくるめられた。  即ち、社益優先の電脳暦市場ではよくあることだと。無論、火星に限ったことではない。 「まあいい、支社側も朝の渋滞でこれないってことは……連中の手を借りるしかないな」  率いる部隊を軒並み失った男は、部下達が鋭い視線を投じる先へと目を凝らす。  疑問を確信へと変える作業を中断して、シヨも面をあげるや首を巡らせた。  今、第一小隊の二機のテムジンが、押し寄せる重機然としたバーチャロイド達を押し留めていた。回収業者にとってフレッシュ・リフォー直営部隊の一個小隊は、宝の山にも等しい。  当然、その利を誰もが独占したがっていた。 《下がってください! ウィスタリア内でバーチャロイドを用いた戦闘は禁止されています!》 《うるせぇ! こちとらオマンマがかかってんだ、いつもいつも……》 《回収に関しては各社、フレッシュ・リフォー側の提示した入札条件を守って――》 《アホか! だいたいなぁ、あのガキ最近儲け過ぎなんだよ! 老舗面しやがって》  ――ハイエナが。  苦々しい言葉と同時に、小隊長の男は地面へと唾を吐き捨てた。  今、十を超える回収業者が詰め掛けて、路地の入口は騒動の真っ只中にあった。非武装とはいえバーチャロイド、殴り合いを始めそうな勢いの各機を、エリオンとリーインのテムジンが押さえている。  その中、一番先頭に陣取ったVOX系の手の上で、威勢のいい声が響く。 「やかましいねん! 早い者勝ちやろ、この商売! 自分等、とろいんとちゃいますか?」 《んぎぎぎ……手前ぇの代になってから、随分景気いいなぁ! トモエェ!》 《ここ最近の辻斬り景気、独り占めしようったって、そうは問屋がおろさねぇ!》  事件現場に一番乗りを決めた、有限会社ベルゲパンツァー社長、トモエ=ハーレント。今も自社が保有する回収用バーチャロイドの手の上で、威勢よく啖呵を切っている。遅れて駆けつけた各社の機体が、一斉に殺気立つ気配が伝わった。  それでもトモエの口は矢継ぎ早に言葉を射る。 「フレリフォ直営の一個小隊やで? 一機も譲らへん! ぜーんぶウチ等でやらせてもらいます!」 《全部で十二機、各社で一機ずつ回収して、そっちが多めに取れば》 「いーやっ! ウチ等の総取りでいかせてもらいます!」 《こんガキ……先代さんには世話にもなったが、もぉ勘弁ならねぇ!》  回収用にデチューンされたアファームドが拳を振りかぶった。広域公共回線を怒声が満たす。  しかし、トモエを手にしたベルゲパンツァー社のVOX系、VOX Y-405 "Yang"が身を翻す。鈍重な外観からは想像も付かぬ身軽さは、乗り手の卓越した技術を感じさせた。  驚くシヨは、さらに息を飲む。 「ナイスやで、ノーマン! この商売、なめられたらアカンさかいな」 《御嬢様、どうか……キャリアーに、戻って、待ってて、下さい》 《その声……ノーマン……ノーマン=ライツ大尉? もしや!》  不意に、回収業者達を押し留めていたテムジン412号機のハッチが解放された。血相を変えたリーインが身を乗り出すのが見える。シヨは同時に、呼び声に応える様な空気の抜ける音を聞いた。 「ホァン・リーイン准尉。いや、元准尉、か。きみも、まだ、バーチャロイドに」 「はい……お元気そうで何よりです」  リーインはピシリと身を正して、敬礼をしていた。それに応える男が今、不思議そうに見詰める全員の視線を受け止めている。  シヨの傍らで、フレッシュ・リフォーの男達が騒がしくなり、小隊長が取り出した煙草を落とした。 「ノーマン=ライツ大尉……!? もしや、あのノーマン=ライツ大尉?」 「軍籍は、もう、ない。俺は、今は、ただの……ハイエナだ」 「全員、敬礼っ! お前等、退役大尉に敬礼だっ!」 「はぁ? 何言ってるんスか?」 「隊長、ノーマン=ライツって……ノーマン? あのノーマン=ライツ大尉!?」  フレッシュ・リフォーの兵士達もリーイン同様、整列して敬礼した。 「大尉もあの後、フレッシュ・リフォーを?」 「ああ、辞めた。お前は……ホァン=リーイン、そんな、身体で」 「私は、他に生きる術を知りません。それに、MARZなら長時間のミッションも少ないですから」 「そうか。俺も、そうだな。他に、生きる、術を……見つけられなかった」  異様な空気が朝焼けに溶け込んでいった。何事かとシヨは、ルインへ身を寄せ耳を引っ張る。 「お前さん、全部読んだだろ? レヴァナントマーチ」 「あ、うん。マビーナさんの本でしょ? あ、あっ、ノーマンさんって」 「そ、ノーマン=ライツ大尉。兄貴の……エノア=コーニッシュの左腕さ」  結局、小隊長の強い意向で、全機体がベルゲパンツァーに回収されることとなった。  シヨはただならぬ気配の同僚と、英雄の左腕とを見比べながら……元の作業に戻り、疑問を確信へと置き換える。  それが、事件をより混乱の底へと導いてゆくとも知らずに。