赤き星に沈む。  リファレンス・ポイント所有の工房艦、オビーディエンス・オーダーの一角から射出されたカプセル内で、リーインは大気圏の摩擦を震えで感じていた。彼女を内包するテムジンは今、火星の大気に沈むカプセル内で、静かに震動に耐えている。 「180秒後に大気圏を突破、カプセル解放……同時にテストを開始します」 「了解、ティル。どう? 今日のコンディションは?」  愛機に宿る擬似人格が、リーインへと語りかけてくる。その声音は無機質な電子音声だが、不思議と耳に心地よい。同時に、正面のモニターには情報が濁流と流れ出る。それを一瞥した後、リーインはバイザーを降ろして、愛機と……ティル自身であるテムジン747Jと視界を一体化させた。 「良好です、三査殿」 「でしょうね。まさか私も、こんなまともなアーマーが、あの開発室にあるなんて思わなかった」 「同感です」 「で、模擬戦? いいわね、やっと仕事らしくなってきた。長距離狙撃で先制する」 「了解、カプセル解放と同時に、狙撃ポジションを取ります」  微動に震えるコクピットの中で、リーインは身を硬く強張らせる。  しかし、彼女がバーチャロイドの一部になってから、まだ一時間も経過していない。それでも、普段ならば徐々に高まるプレッシャーが、今の彼女には感じられなかった。 「三査殿、お加減の方は? 自分に搭乗してから、48分と24秒が経過してますが」 「一人じゃないから、ね。さっさと終らせて、外で会いましょう」  瞬間、大気の層を抜け切り、一人と一機が重力に捉まる。同時に解放されて、空へと吸い上げられてゆくカプセルの残骸を振り払って、テムジン747Jが空中に四肢を広げた。  素早くリーインの視界内に、ティルが目標のデータを送ってくる。  空中で姿勢を制御しながら、リーインが思うままに、彼女の拡張した五体が射撃体勢に身を固めた。 「ラジカルザッパー、両手で撃つんだ」 「スライプナーMk6/mzの出力は、通常のそれを上回ります」 「なるほど、っと! そこっ、いただきっ!」  ティルと一体化した視覚が、どこまでも研ぎ澄まされて集束される。それが目標を捕らえるや、空中でリーインはトリガーを引き絞った。同時にターボスロットルを叩き込み、ラジカルザッパーの苛烈な光が周囲の雲を蒸発させる。  強力な射撃のバックラッシュに、一瞬だけ機体が姿勢を崩す。  だが、リーインが次の一撃を試みる間に、相棒が即座に着地体制を取った。 「いいじゃない、747J……でも、博士も突然どうしたのかしらね」 「MARZに供給するアーマー・システムは、開発がストップしていたと聞きますが」 「あの人、昨日から突然やる気出したけど……上に突っつかれたのかしら?」 「自分には解りかねますが……この、ジャスティス・アーマーは性能良好です」  熱砂の大地に身を起こす、テムジン747J。その中枢でもあるティルの声は、心なしか弾んでリーインには聞こえた。  確かに、現在装備されたアーマー・システムは、今までのどれよりもまともなものだった。何しろ、制式採用されて初号機が運用された実績まであるのだ。改めてリーインは、その高性能なセッティングに感嘆の溜息を零す。 「……で、単機でアレを落とせって訳ね。そーとー自信あるんだ、博士ってば」 「それだけ三査の腕が見込まれているということです。移動を、反撃がきます」  ティルの言葉をなぞるように、リング状のレーザーが殺到した。反射的に身を躍らせるテムジン747Jの中心で、リーインがツインスティックを介してその思惟をティルに伝える。それを拾う意思は忠実に、最新鋭の超高性能バーチャロイドに回避性能を取らせた。  しかし、目の前に近付く処刑戦機が、無数の浮遊機雷を四方へ発する。 「三査殿、囲まれました。手動で回避を」 「オッケェ、回避後の攻撃オプション、選択よろしくっ!」  発した気勢に乗るように、リーインは迫る空中機雷原を、前進で突破する。機敏にして精緻な操作で、愛機を操る。まるで点から点へと、針で縫うような機動で、人機一体となったテムジンが馳せた。  連なる爆発を引き連れ、目標へと肉薄するテムジン747J。そのメインカメラが捉える映像が、そのままリーインの網膜に焼きつく。巨体を震わせ、全身から敵意を発散する、処刑戦機……ジグラット。 「零距離、取れます。三査殿、回り込みつつ――」 「ブリッツセイバー! ……ったく、博士はどこからこんなものを?」 「調達自体は難しくはないでしょう。相手に不足はありません」 「楽しそうね、ティルッ! 叩っ斬る! モーション記録よろしくっ」  赤錆びた砂を巻き上げ着地すると同時に、そびえる巨体へとリーインは斬撃を念じる。倒すスティックの微動に、トリガーを叩き込む。砂塵を巻き上げ疾駆するテムジン747Jは、振りかぶるスライプナーに光の刃を灯して、勢いよく振り下ろした。  火花を散らして、ジグラットの装甲をブリッツセイバーが溶断する。さらには、斬り抜けるや今度は横へ一閃、薙ぎ払う。マニュアルでイメージする通りの十文字を刻むや、リーインは機体を翻した。 「どう? 落とせそう? ……チィ、ゲージがっ」 「回復まで10秒、9、8、7――」 「これもテストの内か。ティル、ごめんっ」 「耐久値、サンプリング開始。お気になさらず、三査殿」  離脱するリーインの機体を、無数のビームが襲った。雲を引いて地を這うように疾走する、テムジン747Jの軌跡に粒子の矢が追い付いてゆく。追い詰めてゆく。  ダメージの震動を感じて、顎を引きながらリーインは身を硬くした。  セフティハーネスが身に食い込み、耐久値を示す表示が僅かに減少する。 「――っ! この程度ですんじゃう? 二、三発は直撃だった筈だけど」 「ジャスティス・アーマーの防御力には、驚くべきものがありますね、三査殿」 「あんま驚いてるように聞こえないけど。それよりっ、トドメいくわよっ」 「全ゲージ回復、耐久値は二割減……三査殿、ジグラットが主砲の発射体制に入りました」  視界に映る目標が、その装甲表面を変色させてゆく。後方からせりあがる巨大な砲身が、ずしりと前部へ展開した。同時に旋回して、その砲口をこちらへ向けてくる。  処刑戦機ジグラットの、最大にして最強の攻撃が、今まさに発射されようとしていた。  瞬間、リーインの脳裏を銀髪の少年が過ぎる。 「あいつみたいに上手くいくかしら……ううん、上手くやるっ!」  確かに、マニュアルの動作だった。事前にモーションパターンをインプットしておいた訳ではないのに、ティルはリーインから注がれるイメージのままに、テムジン747Jを飛翔させる。空中へとその影を追う砲塔へ、リーインは迷わずブルースライダーを起動させた。 「ティル、機首ちょいさげ! 砲撃と同時に、射線をくぐってブチ抜けるわよ」 「了解、三査殿……高度修正よし、突貫します」  真っ白に霞む視界の中で、壮絶な粒子の奔流を吐き出すジグラットを見据えて。リーインは迷わずブルースライダーで降下した。その機動はかつての同僚に似て、すれすれで高熱エネルギーの濁流を避けつつ、その根源へと飛び込んでゆく。  全身刃となったスライプナーに乗って、リーインとティルは処刑戦機を擦過した。  ざっくりとその側面を抉られ、ビームを放ったまま、ジグラットが崩壊してゆく。 「はーい、いっちょあがりっと」  着地と同時にハッチが解放され、外の空気がコクピットへと雪崩れ込んでくる。  気付けばリーインは、圧縮されたコクピットに押し込められていたことを忘れていた。ティルとのミッションで、その一体感に身も心も解放させていた。改めて頭上を見上げ、青空を切り取った搭乗口に嘆息を一つ。 「三査殿、データの採取、終了します。ミッション・コンプリート」 「ティルもお疲れ……ふう。後はそうね、時間あるんだっけ?」 「回収部隊が降下してくるまで、2時間と27分14秒ありますが……三査殿?」 「んー、そうね。どれ、古巣の仲間にティルを見せびらかしてくるかな」  ダメージをもろともせず、テムジン747Jは再びゲージがMAXまで再充填され、変わらず臨戦態勢を維持している。その中心から這い上がると、風を浴びてヘッドギアを脱ぐリーイン。彼は、コクピットを見下ろし、相棒に進路を近くの街へ……ウィスタリアRJへ取るよう頼んだ。  遠く砂嵐の吹きすさぶ彼方に、その街は今も騒がしく存在していた。