《正面に八機、右六機! エルベリーデさんは隊長のフォローを! シヨ、お前さんは頭を探せ!》  鋼鉄の津波となって押し寄せる、トリコロールのアファームド。その数は底が知れず、倒しても倒しても尚、数倍もの数で迫ってきた。MARZウィスタリア分署の防衛線は今、決壊すれすれ。それを辛うじて支えているのは、一騎当千で敵を駆逐するリタリー。彼女そのものとなった蒼いフェイイェンと、それをフォローするエルベリーデ。そして何より、後方から的確な情報を送りつつ援護する、ルインの存在が大きかった。  シヨは言われるままに視線を巡らせ、それをなぞるようにテムジン421号機のセンサーがアファームドの群を撫でてゆく。白いガラヤカの姿は、今はまだ見えない。 「ガラヤカ……きっと、あの子だ」  スティックを繰りつつ、並み居るアファームドを蹴散らしながら、シヨのテムジン421号機が疾駆する。数を頼みに面で攻撃してくる敵に対し、一点突破を試みる。彼女は既に、フルパワーを解放させたMARZチューンの707Sを乗りこなしていた。  規則的で機械的な動きで襲い来る敵を、薙ぎ払い、斬り伏せてゆく。  加速するシヨの集中力が、一人の少女を脳裏に浮かび上がらせていた。 「これが監督って人の仕業なら……それに、あの声。間違いない、エイスちゃんだ」 《エイス……知ってるのか、シヨッ! あのおっさんに引っ付いてた、無愛想なガキだ》 「うん、基地祭で会ったことあるよ。監督と一緒だった」  そしてどこか、同僚に……仲間のエリオンに似ていた。  古式ゆかしい、白地に濃紺のセーラー服を纏った、灰色の少女。無造作に刈られた頭髪の、虚ろな目をしたその表情。思い出せばシヨは、その背後に肥満体の下卑た笑いが重なり、怒りに震えた。 「きっと、エイスちゃんは騙されてるとかなんだ。教えてあげないと――」 《お嬢さん、大正解っ! 悪の組織は美少女を洗脳……小さい頃にテレビで見なかったかな?》  不意に、仲間達の声だけがこだまする広域公共周波数へ、嫌に癇に障る声が差し込まれた。同時に、アファームド達が一斉に引き下がる。物言わぬ鋼鉄の歩兵は、手にするライフルを捧げて整列しながら、その中央に純白のガラヤカを現出させた。  そしてガラヤカの背後に、まるで邪悪な蛇のように、長大な下肢を宙へ漂わせる、異形のバーチャロイド。不気味で悪趣味な黄金色に輝く、醜悪な大蛇。 《エイス、手際良くやってるじゃないかあ。……でも、少し苦戦してるねえ》 《まだ足りる、駒は。敵が強かったの……意外にも》  白いガラヤカを取り巻くように、絡め取るようにそのバーチャロイドは宙に浮いている。辛うじて人型をなす上体は、独特なERLと呼ばれるビットを両手に配している。そのことから、フレッシュ・リフォーのリリースするバル・シリーズであることは誰の目にも明らかだった。  しかし、あらゆるバーチャロイドを記憶するシヨでも、その異形の長躯は初めて目にする姿だった。  下肢は嫌に長く、無数の節でグネグネとうねり、宙でとぐろを巻いている。 《貴様が監督を自称する首謀者か。私は隊を預かる、リタリーという者だ》 《おお! なんたるレア機体っ! MARZ広報課のアクセル・ハートじゃないか!》 《侵攻の目的および要求がある場合は述べよ。……もっとも、当方には容れる意思はない》 《エイス、ごらんあれを。オイラ、実物は初めてみちゃったよ。たっは!》  剣を地に突き、リタリーが典雅な声を僅かに強張らせる。しかし、通じてはいるが、会話は成立しなかった。謎のバル系に乗っているらしい監督は、ただ感嘆の声をあげながら、一人ではしゃいでいた。戦況が硬直した中、ただガラヤカだけが、内包する少女を体現するように、退屈に足をぶらつかせている。 《あ、さて……MARZの諸君。今日は挨拶も兼ねて、キャスティングを伝えに来たんだな、オイラ》  銃を捧げて整列する、アファームドの群が再び陣形を築き上げてゆく。その鉄のカーテンの奥に引っ込みながら、タクトを振るうガラヤカを、異形のバーチャロイドが抱き上げた。 《諸君は正義の味方、ヒーローだ! んでもって、オイラ達が悪の秘密組織って訳。オーケー?》  監督の声は嫌に弾んで、興奮した子供のようだ。自分に陶酔した狂気が、そのまま回線から鼓膜に浸透してくる。シヨは怖気が背筋を駆け上がるのを感じた。 《今から24時間後、オイラ達はマーズシャフトを破壊するよん。この意味、わかっかな〜?》  仲間達の息を飲む気配が、重なり連なって感じられる。  マーズシャフトを破壊する……まるで、今後の撮影日程を述べるような気楽さで、監督はサラリと言ってのけた。それはしかし、この火星全域の、全ての人類の生存権を脅かす行為に他ならない。マーズシャフトとは、コアを貫くテラフォーミング施設……それを失えば、たちまち火星は極寒の星に逆戻りだ。当然、呼吸できる大気は失われ、重力も元の弱さに戻るだろう。 「なっ、何でそんな……何でそんなこと、するんですかっ」 《何で? 如何して? うーん、今回はそういう脚本だからなあ。オイラ達、悪役だし》  シヨの声にとぼけて応える、監督の声をルインの苛立ちが追い駆けた。 《何の得があって、こんなことをする! 何が目的だ》 《得かあ……そうやって損得を考えるから、肝心なとこでお約束が守れないんだ。限定戦争は》 《な、何を言って……俺の質問に答えろっ》 《静かにしたまえよ、狂犬君。目的は明快……悪しき徹底資本主義との決別。明るく楽しい、勧善懲悪の王道さ》  ――ただし、正義の味方を試させてもらうけどネ。  監督の言葉を皮切りに、再びガラヤカのタクトが振り下ろされた。第二楽章がはじまるや、アファームド達は脛の銃剣を抜き放ち、それを銃へ着剣して襲い来る。  毅然と迎え撃つリタリー達に並んで、シヨは握るスティックに力を込めた。 《話になんねぇ! くそっ、隊長! マーカー回します……数が多過ぎるっ》 《各機、コーニッシュのマーカーに従い、効率よく各個に迎撃。タチバナは――》 「隊長っ、わたしが行きます。あの子、止めなきゃ……監督さんも、止めなきゃ」  ルインが後方から、視界を埋め尽くすアファームドにナンバーを割り振る。その順に手際よく、シヨはスライプナーの射撃を浴びせた。最初の一機が二斉射を浴びて膝を突くや、それを乗り越えてくる次を大上段から両断する。まるで、テムジンが自分の身体になったような一体感。 《おおっ、おっかしいなあ。エースは不在、421って書いてある方は前はもっと……》 《強くなってるわ、監督。昔とは違う、あのテムジン。……乗り手も》 《小気味いいねえ、うんうん……流石は、オイラが見込んだ正義の味方役だ。いいぞう!》  Vコンバーターが唸りを上げて、高まるシヨの鼓動に感応する。M.S.B.S.を解して繋がり、我が身となったテムジンはじりじりと、アファームドの群を蹴散らし、その首魁へと迫る。後方には、左右から迫るアファームドを次々と鉄クズに変える、リタリーのフェイイェンとエルベリーデのテンパチ。更に後方、分署格納庫前には、今や司令塔となったルインのテムジン422号機がいる。  止めなければ……焦れる思惟をM.S.B.S.が拾って、テムジン421号機が馳せる。  救わなければ……仲間を、火星を、何より少女を。シヨにはまだ、どこか監督の歌う戯曲に現実感は持てなかったが。幼い少女を傀儡に操り、限定戦争の秩序を乱し、星の命運さえ趣味でもてあそぶ行為が許せなかった。何より、そんな狂戯に散っていった、親しい人の面影が背中を押す。 《いいぞう! その調子だ! ああ、もう今日がラストシーンでもいいくらいだ! 最っ高だ! ……うーん、でももう一山欲しいな。ほら、アレだ。ヒーローは挫折を、犠牲を経験しないといけないネ》  それは、ガラヤカが大きく身を捩って、分署の建物へとタクトを向けると同時だった。  突如、伏兵……秘して身を隠していたアファームドの一隊が、分署を飛び越え裏手から躍り出た。丁度、分署の建物を背にした、ルインのテムジン422号機頭上に、幾重にも銃剣の煌きが殺到する。 《しまった! コーニッシュ、避けろ! エルベリーデ、422号機をこっちへ――》 《了解、ルインさんっ! あなたは視界が……速くこちらへ》  バイザーを通しての視覚同調をしていないルインは、正面のサブモニターだけで戦況に介入し、僚機へデータを送っていた。それが今、身を投げ出すように回避運動で大地に転がる。彼がテムジン422号機を立たせていた場所には、既に舞い降りたアファームドの一個小隊が、一斉射撃の姿勢で片膝を突いていた。  刹那、シヨの脳裏を閃きが走る。それは電流となって体に、反射とでも言うべき速度でツインスティックを操作させた。攻め手から一転、ガラヤカを目前に宙へと身を翻して、シヨが翔ぶ。 「ルイン君っ」 《バカッ、くんな! これくらい……くそっ! 隊長、すんません! 後は任せ――》  無様に大地に身を起こす、ルインのテムジン422号機を十字砲火が襲った。  ――筈だった。 「MARZ戦闘教義指導要綱09番、『挺身決守』……もう誰もっ、死なせないものっ」  宙でブルースライダーを起動するや、シヨが敵意の射線に割り込んだ。何とか援護、救出しようとするリタリーやエルベリーデの頭上を追い越す。そのまま彼女は大地を抉って着地するや、いまだ変形を解かぬスライプナーを、ブルースライダー起動時の武器を巨大な盾に、テムジン422号機を庇った。  直後、大盾に隠れる二機のテムジンを、砲火の銃声がくまなく覆った。  シヨはスライプナーを盾に、自らも盾にして、ルインを守った。 《バッ、おま、何やっ――シヨ、やめろ! よせ、削られるぞ! 俺ぁいい、逃げ――》 《シヨさん!? いけません、相手の火力が……数がっ》 《タチバナ! 愚直に指導要綱を守る必要はない! コーニッシュと離脱しろ》  もはやシヨの耳には、爆音しか届いてこなかった。展開されたスライプナーが粉々に弾け飛ぶ。直撃を受けたテムジン421号機が激震に揺れる。アファームドの一隊は容赦なく、持てる全火力を投入して、絶え間ない射撃を浴びせてくる。シヨは我が身を盾に、チームの司令塔を……仲間を、ルインを守った。  蜂の巣になったテムジン421号機が倒れ、シヨの意識が遠のく。  彼女が最後に背後に見たのは、漆黒に澱んでゆく僚機の姿と……地の底から湧き上がるような、獰猛で野蛮な狂犬の咆哮だった。